48 / 61
第五章◆石ノ杜~Ⅺ
アムアム。モグモグ。
食べ始めたら止まらない。
チェシャの咀嚼 は休み無く。
口が空 になるのは、食べた物を飲み込んだ瞬間のみ。
傍 で見守る執事は、些 か呆気 に取られていた。
主人の連れ子を装 っているとは言え。
血ノ奴隷 と知れては面倒なので。
警戒し、それとなく店内の隅々 まで目を配 らなければならないが。
幼子 の食いっぷりときたら、まあ凄いこと。
つい、見てしまう。
それまでの疲れや緊張等 、一切、感じさせないのだ。
チェシャは、食べかけのパンを左手に持ったまま。
反対の手で皿を持ち、チュル チュルルル ... と、スープを飲む。
コース料理でもなし。順に口に運ぶ必要こそ無い ... とは言え。
次から次へと欲張るものだから、いつの間にやら両手にパン。
あれ ... ... ?
何 れも食べかけなので困っている様子だ。
やむを得 ず。片方を ソッ ... と、皿の端 に置いてから副菜に手を伸ばしたところ。
やや後ろに立って見ていた、カーツェルの口元が若干、緩 む。
「 プッ ... ... 」
と言うか。今後こそ吹き出した。
何が面白かったのかな?
不思議に思って振り向いたのはチェシャ。
目が合うなり視線を逸 らすカーツェルは、気不味 そうに咳 く。
食事の席では、よく味わい。腹 と心を満たす事こそ、より重要。
拒絶感を抱 かせてもいけないので。
興味を持つ前から、逐一 口を出すような事はしない ... が、どちらかと言えば。
これまで空腹 を我慢する事が多かったぶん、今日くらいは好きにさせてやりたい。
そんな気分だったのだ。
追加注文した料理が並ぶ頃には、満腹のチェシャ。
運んで来たのは、あのウェイトレスだが。
彼女は、目も合わせず立ち去る。
幼子 は見ていた。
しかし、まあ、お構い無しといったところ。
隣 の席に座ったカーツェルを見るチェシャは、満面の笑顔で言う。
「 ツェ ル 、 タベ、ル ―― ノ! イッ ... ショ!」
そして、テーブルの端 を トントン と叩いた。
さあ、召 し上がれ ... とでも言いたいのだろうか。
相変わらず、察 するのが難 しいけれども。
カーツェルは答える。
「ええ、頂きます」
「 ン !!」
勿論 、笑顔で。
店の客は、それぞれ会話を楽しんでいるよう。
夜が更 けていく毎 に、賑 やかな声も増していった。
食事を終えたカーツェルが、ナプキンを皿の左隣に置いたのを見計らって、チェシャは席を立つ。
見たところ、教えてもないのに同じ位置に置かれているソース塗 れのそれは、
フェレンスの居た席のそれと、形が揃 えられていた。
つい先頃とは打って変わって、カトラリーも皿の手前上 に並べ置かれている。
宿の階段手前まで駆 けて行きカーツェルを待つ幼子 。
チェシャは、思った以上にフェレンスの所作 を良く見ているよう。
今後は、社交の場でも通じる礼儀作法を教えていかねばならないが。
それほど苦労はしなさそうだと、カーツェルは思った。
むしろ逆に。教えてもらいたいなーなんて。
そんな考えが脳裏を過 ったのは、
フェレンスの待つ客室へ戻ってからの事である。
扉も無い収納と、簡易的な洗い場と。
並ぶ渡 りを照らしているのは、小さくて古いランタン。一つだけ。
部屋の戸 を開くや否 や、駆 けていく幼子 の背を ... 一旦 、見送った後 。
照明に手を伸ばしたカーツェルは、摘 みを回し、ゆっくりと灯 を落とす。
それから、一呼吸置き。
向き直 って見れば。
突 き当り右に位置した部屋から差し込む ... 光と影。
聞こえてくる主人と幼子 の声は、実に穏 やかだった。
そのほとんどが料理の話なのは、ご愛嬌 。
例えば、追加で頼んだムースケーキが思っていたより小さくて切なかっただとか。
チェシャは、身振り手振り楽しそうに話して聴かせている。
け れ ど ... ...
実際には、どうなのだろう。
う ――― ん ... ...
部屋を横切りつつ二人の様子を伺 うカーツェルは、複雑な気分だった。
と言うのも。正直、自分ではとてもチェシャの話す言葉を理解出来ない。
「ツェ、ル、タベ、ォ ... ルノ、サカ ... キ、レイ! ノ、ナ! チェ、シャ、モ!」
んんんんんんんん ... ... !?
最早 、暗号ではないかと思うのだが。
クローゼットを開き、襟締 を緩 めていると。
動揺が隠せず汗ばむ彼の後ろで、フェレンスが答えた。
「そうか。しかし、カーツェルの場合は昔から魚を好んで食していたからだろう。
お前も、嫌いなわけではないと言うなら、直 に上手く身を選 り分けられるようになる」
まさかの魚が、どうしたら タベ、ォ ... ルノ ―――――― ... ... !?
あまりの衝撃に、自分まで訳の分からないツッコミを入れてしまう。
口に出しては言えないけれど。
そう、どんな話をしているのか、内容は全 て
チェシャの話に相槌 するフェレンスの言葉を介 した想像でしかないので。
「なぁ、ちょっといいか? ぁぁ ... ... フェレンス!」
「どうした」
堪 り兼 ねて声を掛けたと見える。
指の先で顳 かみを押す彼は、対 の手で襟締 を抜き取りながら言った。
「あのさ、チェシャが言う片言 の解読のしかた ... ... 教えてくれる?」
フェレンスの受け答えまで聞けば、何となく分かったような気にはなるのだが。
「どうも、聴いてて疲れるんだよな」
「それは ... 口に出せずにいる疑問に継 ぐ疑問のせいか?」
「ぁぁ ... 分かってくれるか」
「言いたければ言いなさい」
「ぇぇ ... だって、一々 つっこんでたらキリ無 ぇーよ」
「そうだな」
「 ... ... 」
「 ... ... 」
「そう。で、お前もさ。そんなのずっと聴いてたら耳に蛸 できちまうだろ?」
「ふむ。ならば聴かないふりを ... ... 」
「うん。そうすれば大丈夫かな。お前は。でもね? 待てよ?
コレな、初めから俺が疲れるから何とかしようって話なんだわ。 話、戻さなきゃダメ?」
ちゃんと聴いて欲しいんだけど? 聴かないふり以前に、馬鹿なふりするのやめてくれる?
「つーか、さっきから何してんの?」
よくよく見たところ、フェレンスは片手間 に話を聴いていたよう。
椅子に座り、丸テーブルの上に散 らばった極々 小さな部品を一つ、また一つ。
精密鑷子 で摘 み取り、手のひらに軽く収まった枠 に組み込んでいる。
フェレンスは暫 し黙ったうえ、手元に集中した。
カーツェルもまた、静かに待つ。
しかし、間 を置いた返答は、全 くの期待はずれ。
彼は言う。
「言葉の解釈 は、各々 が自身の主観と折り合いをつけながら行うものだ。
他人に合わせたところで、難儀 な事に変わりは無い」
「無理って事? つーか。何してる?って聞いたんだけどな。もぉー」
悪い癖 は、そうそう治 らない。
人らしいと言えば、人らしいので。
フェレンスに限 り、良い事と思えなくもないが。
すっかりと肩の力が抜けてしまった。
真面目に尋 ねたのが阿呆 らしくなるなと、カーツェルは思う。
対し、フェレンスは相も変わらず手元ばかりを見ているのだから、尚更 。
「お前の言う事からして解釈に困るの、すっかり忘れてたわ ... ... 」
そう言って、首休めに見上げると。
頭上の梁 には、湾曲 する丸木が使用されていたと知る。
上手いこと組み上げるものだなんて、余計な事を考えていたところ。
またしても、遅れて答えるフェレンスの声。
「無理 ... とは少し違う。お前が努力するのは良い。
しかし、意識し努 めるのが二人のうち、片一方のみでは ... ...
例え理解出来たとしても、お前の疲れの度合いは増すばかりなのでは?」
吐息混 じりの言葉綴 り。
内容とは別の話になってしまうが。
カーツェルは、やや息詰 まり視線を戻した。
テーブルに乗り上がる格好 のチェシャは、フェレンスの対面にいて話を聞いている。
投げ出された足は脱力し、プラーン ... と垂 れ下がったまま。
食事の席での調子といい。
なんて心地 良い声風 だろう。
幼子 は、うっとりと頬杖 する。
カーツェルもまた同じように。目を細め、耳を傾 けた。
すると彼は、手にした物を順に置いて顔を上げる。
〈 コトン、コトン ... ... 〉
卓上 に並べられた器具が僅 かに立てる音。
「来なさい。チェシャ」
不意に呼ばれ、ぶら下がった足がピンと張り上がったかと思えば。
すかさず跳 ね下 りて駆けて行く赤毛の子。
カーツェルは目で追った。
主人の傍 へと寄 り、テーブルの縁 に添 えられた小さな手を。
あのフェレンスが作業を休み向き直 ったとあれば、聞き逃すわけにはいかないのだ。
まぁ、そうだよな ... ...
共感するカーツェルの目に映ったチェシャの瞳は、爛々 として嬉しそう。
片 や二人の主人は、形の乱れた幼子 の襟元 を正 してやりながら、こう述 べる。
「お前は興奮すると言語の末尾が、後 に続く言葉のどこかに紛 れ込むようだ。
一言、言い切る前に、次の文頭に含 まれる語句の一部だけを事前に口走ってしまう点も。
噛 み分けを難解 にしている」
けどね、ちょっと。何、言ってるか分かんない ... ...
ポ カ ――――― ン ... とするチェシャの顔を見れば、一目瞭然 と言うか。
当人と見合うフェレンスにも、その気持は伝わっていたので。
「 ... ... 簡潔 に言おう」
少しだけ間 を置いてから、付け加える。
思考停止状態で固まってしまっている子に対し、真顔で。
「先のお前の話し方では、以前よりも分かりづらいので。
今後は気を付けなさい。聞き手の様子にも気を配 るように。
相手が困っている素振 りを見せたら、少し落ち着いて。
特に意識しゆっくりと、いつものように一つ 々 、順に話すと良い」
懸命 に話を簡略 化しようとする元帝国魔導師と。
懸命に理解しようとして聴く幼子 と。
傍 らで眺 める執事役は、和 みを満喫 中である。
人的災害の代名詞と言えば、異端ノ魔導師。
そんな、世間一般の認識を覆 したいだなんて。
多くの犠牲を伴 うような選択を迫 り、自 ら罪を負ってしまったからには二度と言えない。
だがしかし、今はもう。
蔑 みを受け、忌 み嫌われようと。
当然と割り切る彼の生き様を、この瞳に焼き付け先に進むのみ。
どうしたらこうも、きっぱりと物事を区別できるのか。
気持ちを切り替 えられるのか。
人と向き合えるのか。
不思議でならないのは、今も変わらない。
けれど、いつだってそうだった。
冷徹 を演じてまで、人を避 けてきたくせに。
本当は、優しいくせに。
何なんだ ... ... そう思うと、また、胸を締 め付けられる。
これまで、その殆 どを見る事が出来なかったのだ。
ずっと、傍 に居た〈つもり〉で。そうとは気付かず。
なのに、何故 だろう。
心の底から慕 う者と、寄 り添 い。満たされる。
この幸福感 ... ... ここに来て今更のように知ったはずだが。
実のところ、そうではなく。
以前から知っていたような。
また、竜騎士 の未練 が関係しているのだろうか。
考えていると、理由 の分からない痛みが、胸を刺 す。
チクリ ... ... チクリ ... ...
おかげで、何度も呼ばれているのに気が付かなかったようだ。
... ... カーツェル。
「カーツェル。どうした」
訝 しげに尋 ねる声を聞いて息を呑 む。
「え!? ああ、悪い ... ... 何か、疲れてんのかな。ぼーっとしてた」
適当な事を言って、はぐらかしてはみたものの。
フェレンスは ... どう思ったろう。
いつものように見透かされているかもしれない。
だが意外にも、フェレンスは聞き流して話を続ける。
分かりきっているので、触れるまでもないだなんて。
思われてたら、ちょっとショックだけど。
彼は、こう言った。
「食事の席で声を掛けてきた女性についてだが。
この国、アイゼリアでは現在、入国者の行動が制限されている。
厳密に言えば、手形を身に着けていなければならない。そうでない者は刑罰の対象。
法令により、密告者は報奨 金を得 られるよう定 められているそうなので。
本件も即刻 、対処されるだろう」
思惑 を察 し言葉を返したのはカーツェル。
「それなのに。答える必要は無いとか ... ...
あの時は一瞬、どういうつもりかなぁーって思ったけどさ。
帝国の連中がお前を放 っておくわけないんだし。
居るなら返せよって言ってくるまでは、簡単に想像がつくもんな」
「ともすれば、出来るだけ鳴 りを潜 めておいて欲しいのが、アイゼリア国交関係者の本音」
「それを無下 にするってんだから。お前って本当 イカレテル」
でも正直、そういう所が好き ... ...
会話していて、ふと思った。
カーツェルの顔に、裏腹な笑みが浮かぶ。
彼 ノ尊 。霧 ノ病 の元凶。
初皇帝ユリアヌスが帝国の過激派 を相手に、そう易々 と取引に応 じるはずはないのだ。
〈禁断ノ翠玉碑 〉の所在に纏 わる情報ともなれば。
より莫大 な対価を要 すだろう。
それに値 すると思わしき唯一 の存在が、ここに居る男。
異端ノ魔導師 ... ... フェレンス。
「お前が、〈石ノ杜 国境侵蝕 問題〉で帝国と険悪 な
この国 ... アイゼリアに逃げ込んだ理由も、ちょっと絡 んでたりする?」
追って尋 ねると、彼は答えた。
「 ... ... 少しだけな」
現在必要な情報を得 るには、
可能な限 りアイゼリアの裏事情に精通する人物を、引きずり出さなければならない。
直接的な遣 り取りから心当てを模索 する事も出来るからだ。
つまりは、ある程度想定し。
こちらの要求に見合う相手を望むと、行動で伝えているのだろう。
「そのため早速 だが。明日にはギルド総連を訪 ねようと思う」
「仲介人 を探すんだな?」
「そう。アイゼリアの諜報 員と通じる者が少なからず居るはず。
先立つ物も必要だ。資金調達をしながら、あちらの出方を待つ」
「よっし! そう来るだろうと思って、準備だけはしといたぜ」
「準備?」
「実入 りの良い仕事を探すなら、やっぱコレだろ?」
ジャ ―― ン! と声に出すカーツェルが自慢 げに広げて見せたのは、真新しい燕尾服 。
「お前が〈アレ〉を売っぱらった日、腹 いせに新調してやったんだ!
料金割増 の急拵 えだぞ、コンチクショーめ!」
アレ ... ... ?
アレって、あの時のアレの事だろうか。
主人と幼子 は、それぞれ思う。
いつの間にか荷物が増えていると思ったら、それか ... ...
お金が無くて仕方なく売ったと思うんだけど、何してくれてんの、この人 ... ...
と言うか。そう。
〈アレ〉で思い出したが。
奥歯を噛 み締 めるカーツェルは、意識し一呼吸置いた。
フェレンスの奴め。随分 とアイゼリアの情勢 に詳しいじゃないかと。
余計な事だが、聞いてみたくなったのだ。
「つーかさ。お前、この国に来るの何回目?」
「初めてだが?」
「へ―――― ... ... マジかよ。
で? どっから来んの。そういう予備知識みたいなの」
「地上の国々の慣習 、情勢は軍役 中、粗方 、学んだ」
「それを、よくもまぁ憶えてるもんだよなぁ ... ... 」
会話しながら回り込む彼は、フェレンスの後ろまで来て椅子 の背に両手を掛けた。
その口ぶりは、どこか嫌味 ったらしい。
この期 に及 んで何がしたいやら。
耳元まで唇 を寄 せる彼は、 ボソリ ... と小声で言った。
「俺との約束は忘れるくせに」
けれどもチェシャは真横に居る。
聞こえてしまって当然なのだ。
なのに、さっぱり話が見えない。
逆に聞きたかったが、あえて黙り通す。
この手の話に水を差 した時のカーツェルは怖いと。
ここ数日で思い知ったので。
まさか、言えなかった。
片 や主人は余裕そう。
組んだ足の上に置かれていた右手が、肩に落ちる黒髪に触れ、結 止めを解 く。
その間 、聞こえるのは。
カーツェルの長い髪を梳 き流すフェレンスの、動作に伴 う静音だけ。
返す言葉も一つきり。
「何を拗 ねている?」
答えたくない気持ちを無言で表 すと、また一つ撫 でられた。
テーブルの上を見れば、先日、質 入れした〈アレ〉の代替 品を作成中だったのだと知る。
作りかけの多機能機器 。
魔青鋼 製魔導素子 を抱 える中央処理装置 の接合 から何から。
単眼顕微鏡 越 しに作業するフェレンスを、ただ、眺 めて待った。
あれは ... ... いつの事だったろう。
思いを馳 せていると、カーツェルの口を衝 いて出る。
「それ、次に新調するなりして使わなくなったら ... 今度こそ俺にくれるんだろうな?」
「今度こそ?」
「そう、今度こそ ... っ て、しつこいようだけど。
俺も欲しいって話してた時、新調することがあったらって言ったのは、お前なんだからな!?
それなのに、あっさり売り飛ばしやがって」
フェレンスは暫 しの間 、記憶を辿 った。
言われてみれば、そんな事もあったような気がする。
いや、確かにあった ... ... と、思うや否 や。
サッ ... と血の気が引き、背筋が凍る。
「よく ... 憶えているな」
しかしながら悟 られるわけにはいかない。
会話を続けるしかなかった。
「ああ。俺はまだチビだったし、何でそんな話になったかとか、色々疎覚 えなんだけどな」
「そうか ... ... 」
「まったく。約束したのに。忘れてたなんて最低 」
あれは確か、長期遠征 のため帝都を離れる事になるより前。
それまでは長くても三ヶ月弱で帰還 していたと思う。
それなのに ... ...
「お前は、任を終えるまでの数ヶ月が待てず。
頻繁 に私の部屋を訪 れ寝泊まりしていたらしいな」
「それはもう忘れていい!!」
修道院施設、預かりの身だったフェレンスの部屋への不法侵入。無断使用。
公爵家第二子の犯行を黙認した修道士等 は共謀者 と言ってもいい。
彼らは懺悔 に明け暮 れた。
掃除管理をしていた修道士が居眠り中、腰 に下げられた鍵を コッソリ ... 盗み取った事。
ドラグニティ公爵として在位 した祖父 が、大金を積んで詫 び入れした事。
剰 え帝国軍大佐の父が土下座までした事。
等々 。
知らさせたのは、出入りを許可されたカーツェルが
事ある毎 、訪 れるようになってからであって。
部屋の主 の意に反す理不尽 には、頭を悩ませたものだった。
嗚呼 ... 憶えているとも。
フェレンスは作業を再開する素振 りを見せながら、かつてを振り返る。
報道関係者の目を極力 、避 けたいとして。
帰還の日程は内密にされていたというのに。
カーツェルはいつも先回りし、待ち構えていたのだ。
そして、視線や言葉を交 わすでもなく行き過ぎるフェレンスの背を、追って抱 く。
当時の監視役が彼の制止を躊躇 ったのは、
クロイツの前任とされる監視官がカーツェルの実兄 であった為 。
官職を務 める父は役職の都合以前に、堅実 で特にも口の固い男。
信頼を損 なうと分かっていて頼 るわけにもゆかず。
伝手 を持つなど況 して難 しいはずだが。
彼の兄にとっては造作 もない。
実の弟が異端ノ魔導師と親 しむに際 し。
それとなく情報を与 え続けたフォルカーツェの目的は推測 しきれぬ。
然 れども。
現状において、最 も危 うきは。
カーツェル ... ...
彼が自 ら望んで封じたはずの〈記憶ノ断片 〉を、
今 ... ... 口にしたという奇事 。
余計な事まで思い出させてしまったと言いながら、荷物の整理に乗り出す友の背を見て。
フェレンスは、胸を押さえた。
それは本来、忘れ去られていなければならない想い出だったのだ。
実の弟を、異端ノ魔導師のもとへ。
差し向けたのは、彼の兄。
カーツェルが恋心を抱いた頃に取り上げたのも、そう。
「あの御方 は元々 、あの男を避 けていたのに。
押し切られるかたちで親 しみ合うようになってから、別れを仕組んだのは何故 なのでしょう」
肘 置きに両腕を預け、組み下ろした脚 の上で手指を合わせる。
アレセルは、自身の邸宅 に招 いた ... とある人物を前に、問いかけた。
鈍色 に煙 る街。
帝都に降り続く雨は、各上層区、各塔 に置かれた空調設備の熱を吸って、薄靄 を生じる。
夕暮れ時。
部屋の片一面に広がる街景色は、白灰 に霞 むよう。
それらを横目に、軽く見開かれた榛 色の瞳は、どこか冷めた情操 を宿 していた。
ともだちにシェアしよう!