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【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】 第五章◆石ノ杜~ⅩⅢ | 嵩都 靖一朗の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】
第五章◆石ノ杜~ⅩⅢ
作者:
嵩都 靖一朗
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第五章◆石ノ杜~ⅩⅢ
街頭
(
がいとう
)
で空を指差す石像。 そして、
街角
(
まちかど
)
の植え込みを
彩
(
いろど
)
る花の葉に
滴
(
したた
)
る
朝露
(
あさつゆ
)
も ...
乾
(
かわ
)
かぬうちから。
日雇労働者
(
ひやといろうどうしゃ
)
と、朝市に
訪
(
おとず
)
れる人の
往来
(
おうらい
)
で
賑
(
にぎ
)
わう城下を行く。
見慣
(
みな
)
れぬ
装
(
よそお
)
いの男二人と、
幼子
(
おさなご
)
が一人。 行き過ぎる人の中には、わざわざ振り向いて見る者もいた。 それはそうだろう。 何せ、いつもならロングジャケットの下にしまっている
杖
(
つえ
)
を わざわざ
昇華
(
しょうか
)
させた状態で持ち歩いているのだから。 まぁ、目立つ ... ... けれども、そういう作戦なのだろうなと思っていたので。
一先
(
ひとま
)
ず役に
徹
(
てっ
)
していたのだ。 ギルド総連合館の扉を開くまでは。 主人を通す執事の横目に写り込んだのは、 求人の張り紙を見上げる人々の合間から
見据
(
みす
)
えてくる、何者かの視線。 窓口の向こうに居るからには、安定所職員の一人と
察
(
さっ
)
するが。 どうやら、あちらも
既
(
すで
)
に対応を
改
(
あらた
)
めた
模様
(
もよう
)
。 フェレンスは迷わず、視線を向けてくる男性職員のもとまで歩いて行った。 気を
利
(
き
)
かせ適当な場所から
帳票
(
ちょうひょう
)
を取り代わりに差し出したのは、警戒を強め前に立つ執事役。 すると、職員の手元で スルリ ... 帳票が入れ
替
(
か
)
わる瞬間を目撃し、彼は思う。 フェレンスが逃げも隠れもしないものだから、上から対応を
急
(
せ
)
かされたのだろうなと。 「この仕事の
依頼主
(
いらいぬし
)
は同連合の
司書
(
ししょ
)
になります。 あちらへは今、私から連絡しておきますので。
詳
(
くわ
)
しくは建物の三階、図書室まで行ってお
尋
(
たず
)
ね下さい」 そう案内する職員の話を聞く
間
(
あいだ
)
、左右の窓口を
塞
(
ふさ
)
いでいた男達も。 おそらくは
隠密
(
おんみつ
)
。あるいは、その手先に違いない。 中央の折返し階段を行く
間
(
ま
)
に
杖
(
つえ
)
の
昇華
(
しょうか
)
を
解
(
と
)
いたフェレンスは、 それとなくストールの
裾
(
すそ
)
をカーツェルへと
預
(
あず
)
けた。 黒ノ
羽衣
(
はごろも
)
を肩に巻き、口元を
隠
(
かく
)
したのも ... 不審人物を
装
(
よそお
)
うため? 主人の肩から
衣
(
ころも
)
を巻取り、自身の
腕
(
うで
)
に掛けて預かる執事の
憂
(
うれ
)
いを見ていたのは、 彼らに連れ
添
(
そ
)
う
幼子
(
おさなご
)
。 三階の踊り場から上は吹き抜けの
書房
(
しょぼう
)
。
囲
(
かこい
)
い廊下を真っ直ぐ行った先には、日の差す
広間
(
サロン
)
と司書室への扉があった。 〈 コンコンコン ... 〉 先に立つカーツェルが三回、早めにノックしたところ。 部屋の中から聴こえてくる ...
司書
(
ししょ
)
らしき男の声。 「ああ、
丁度
(
ちょうど
)
いらしたようだ」 その時チェシャは、どこかで聞いた気がするなと思った。 しかし二人を見上げて様子を
伺
(
うかが
)
っても、何ら反応は返って来ない。 「どうぞ。お入り下さい」 入室を許可する言葉を聞いて扉を開くカーツェルもまた、チェシャと同じことを考えていたが。 開いた扉の正面にある机の向こう ... 革張りの回転椅子に座る男の横顔を見て
納得
(
なっとく
)
する。 つま先で軽く床を
蹴
(
け
)
り振り向いたのは、いつぞやの紳士だったのだ。 「お待ちしておりました。その
節
(
せつ
)
は、実に
珍妙
(
ユニーク
)
な自己紹介を
賜
(
たまわ
)
りまして ... どうも。 私は当
書館
(
しょかん
)
の司書を
務
(
つと
)
めるアンドレイ・ホプキンスと申します」 演じる必要のない場面とは言え、
些
(
いささ
)
か投げやりな
息遣
(
いきづかい
)
い。 気だるそうに吐き出される声は、どこか不気味。 司書は続ける。 「
極
(
きわ
)
めて純度の高い魔石というものは、
素人目
(
しろうとめ
)
にも分かるものなのですね。 調べさせて頂きましたところ。判定結果は、第二等:
赫尖晶石
(
クリムゾンスピネル
)
であるとの事でした」 要するに、帝国が
行方
(
ゆくえ
)
を追う
彼
(
か
)
の容疑者。
噂
(
うわさ
)
に名高い〈異端ノ魔導師〉に間違いないと。 ここに来て、ようやく
立証
(
りっしょう
)
されたわけだが。 「
奇
(
く
)
しくも
我
(
わ
)
が国アイゼリアに、このレベルの血を身に
宿
(
やど
)
す者はおりません。 ここまで洗練された
凝縮法
(
ぎょうしゅくほう
)
を
扱
(
あつか
)
える錬金術師さえ ... ... 」 第一等、
紅玉
(
ルベウス
)
にこそ
及
(
およ
)
ばぬものの。 第二等に
格
(
かく
)
される血を持ち
得
(
え
)
ながら、
尚
(
なお
)
不足をきたし、
屍
(
しかばね
)
の血を
炙
(
あぶ
)
り魔力を
集取
(
しゅうしゅ
)
していたと言う彼の身の上は、とうに国境を
越
(
こ
)
えている。 一般に
腕
(
うで
)
の立つ錬金術師と認識され名を
馳
(
は
)
せる者のうち、 別格と言われる
賢才
(
けんさい
)
すら第三等が手に入れば十分と
頷
(
うなづ
)
く
時世
(
じせい
)
だと言うのに。 「恐れ
慄
(
おのの
)
く者は少なくありませんでしたよ」 どおりで、あの帝国が
領土
(
りょうど
)
問題を理由に対話の機会を
得
(
え
)
ようと、しつこいわけだと。 しかし帝国の引き渡し要求に関する声明は、まだと聞く。 紳士との会話を
傍受
(
ぼうじゅ
)
し耳を
傾
(
かたむ
)
けるは、クロイツをはじめとする一行だった。 まず一つ、
注釈
(
ちゅうしゃく
)
を入れたのは傍受機器を操作するエルジオ。 「逃亡経路が判明したと言ってきているらしいですが。はったりに決まってますからね」 「事実、こちら側に形跡は無い。あんたらの言う〈それが可能〉な人物で救われたよ」 補足したのは会話の記録を行うヴォルトである。 クロイツは、それらを同時に聞く側だが。 はっきり言ってしまうと ... そんな事よりも気になって仕方がないので。 ノシュウェル
含
(
ふく
)
む元部下三名を代表してヴォルトに問う。 「ところで。身内であるはずの側を盗聴とは、どういう
了見
(
りょうけん
)
だ?」 「おっと。それは聞かない約束だろうが」
被
(
かぶ
)
せ気味に
諌
(
いさ
)
められたので、つい黙る。 言いたい事は山ほどあるのだけれど。 では
何故
(
なぜ
)
、連れて来たのかと ... ... すっかり横並びするクロイツ達の真顔を振り向いたエルジオは心底、同情した。 帝国に
面
(
めん
)
する東の山脈は、自然的国境として
双方
(
そうほう
)
の
領
(
りょう
)
を
分
(
わ
)
かつ。 石ノ
杜
(
もり
)
の
侵蝕
(
しんしょく
)
が
及
(
およ
)
んで以来、帝国の軍事圧力は増す一方だが。 先制的自衛、
行使
(
こうし
)
の可能性を
示唆
(
しさ
)
するようになったのは、つい
先頃
(
さきごろ
)
の事。 制裁戦争は帝国の
生業
(
なりわい
)
とも言われる
世相
(
せそう
)
にあって。 資源輸出停止などの対抗措置は、ほぼ無意味とまで
囁
(
ささや
)
かれていた。 とは言え、例外はある。 帝国であろうとアイゼリアへの
侵攻
(
しんこう
)
だけは極力、
避
(
さ
)
けたいはずなのだ。 石ノ
杜
(
もり
)
をはじめとする
この土地
(
アイゼリア
)
の毒は、
扱
(
あつか
)
い
慣
(
な
)
れていない者にとって
驚異
(
きょうい
)
。 危険
因子
(
いんし
)
であり続ける事に変わりはないため。
高位貴族、及び上院議員
(
マグナート
)
の勢。
奴等
(
やつら
)
ですら関わりたがらない。 それは、公然の事実。 信教徒の一派、
過激派
(
パルチザン
)
の連中と
尊
(
みこと
)
が取引し、 主従の契約を
断
(
た
)
とうとするなど
強硬
(
きょうこう
)
な手段に
及
(
およ
)
んだ件も
含
(
ふく
)
め。 アイゼリアへの逃亡を
見越
(
みこ
)
していたようにも思える。 ともすれば、帝国に罪を着せられた異端ノ魔導師が
廻者
(
スパイ
)
である可能性を
念頭
(
ねんとう
)
に置がざるをえず。
当該国
(
とうがいこく
)
アイゼリアが真っ先に警戒するは、
至極
(
しごく
)
当然の事だった。 しかしながら、紳士は言う。 「
杜
(
もり
)
の
制御
(
せいぎょ
)
を可能にするには、
貴方
(
あなた
)
に
縋
(
すが
)
るしかないのも事実。
故
(
ゆえ
)
に、
我々
(
われわれ
)
は
貴方々
(
あなたがた
)
に協力するより他無い ... という
理由
(
わけ
)
、ですのでね」 ここからが本題なのだ。 「
折
(
お
)
り入っては、まず ... ご要望をお聞かせ頂きましょうか。 せめて
暫
(
しばら
)
くの
間
(
あいだ
)
、大人しく身を隠して下されば良いものを。 どうやら、その気も無いようなのでね ... ご期待に
沿
(
そ
)
えるよう
努
(
つと
)
めましょうとも」 これ以上、勝手に動き回られては
我
(
わ
)
が国の外交部だけで
収拾
(
しゅうしゅう
)
がつかなくなってしまう。 そうなる事だけは何としても
避
(
さ
)
けたいとして。 あくまでも、念の
為
(
ため
)
である。 ここまで来て聞く必要などあるのか? 誰もが思うだろう。 異端ノ魔導師こと。フェレンスの狙い ... ... それは。 アイゼリア王国、保護領域〈石ノ
杜
(
もり
)
〉の
検分
(
けんぶん
)
。
主
(
おも
)
な調査対象は最深
毀壊
(
きかい
)
部と呼ばれる
杜
(
もり
)
の
根先
(
ねさき
)
。 人間ばかりか
魔物
(
キメラ
)
も
寄
(
よ
)
り付かぬ
領域
(
りょういき
)
だ。 そこは、32808.4フィート(10km)を
超
(
こ
)
える深度。
坑底
(
こうてい
)
温度は200を上回る地下世界。
杜
(
もり
)
ノ
地下茎
(
ちかけい
)
を
辿
(
たど
)
っても二日はかかる見込みだそう。 酸素の確保も
難
(
むずか
)
しい地中に、一体 ... 何があると言うのか。
尋
(
たず
)
ねるカーツェルに対し、フェレンスはこう答えた。
杜
(
もり
)
の実態を知れば、連中の狙いも見えてくるはず ... ... と。 椅子に座る主人の
傍
(
そば
)
まで顔を
寄
(
よ
)
せた時。 耳元に
吐息
(
といき
)
が吹き掛かる距離での
囁
(
ささや
)
き声は、
下僕
(
しもべ
)
の意識
高揚
(
こうよう
)
を
誘
(
さそ
)
う。 彼ノ
尊
(
みこと
)
が
痺
(
しび
)
れをきらしてしまう前に済ませなければならないのだ。 対応を
急
(
せ
)
かす主人の
意図
(
いと
)
を
汲
(
く
)
み、士気を上げる
下僕
(
しもべ
)
の立ち姿は
毅然
(
きぜん
)
とし。
肩筋
(
かたすじ
)
を
結
(
むす
)
ぶ動線は、
弦
(
つる
)
を
張
(
は
)
った弓のように美しい。 これまで
示
(
しめ
)
してきた通り。 先を急ぐ
旨
(
むね
)
を伝えると、机の引き出しを開いた
司書
(
ししょ
)
の手によって仮の身分証が
差
(
さ
)
し出された。 「では
早速
(
さっそく
)
ですが。一般の
民
(
たみ
)
に
怪
(
あや
)
しまれぬよう、お
待
(
ま
)
ち
頂
(
いただ
)
くために ... これを。
一月内
(
ひとつきない
)
には
手筈
(
てはず
)
を
整
(
ととの
)
えますので」 「
一月
(
ひとつき
)
も?」
不服
(
ふふく
)
を顔に出したのは
下僕
(
しもべ
)
の方。
片
(
かた
)
や魔導師は表情一つ変えない。司書は答えた。 「ええ。早まる事はあっても引き
伸
(
の
)
ばしはしません。 時が来ましたら、城へご
招待
(
しょうたい
)
いたします。 それまでは、どうか ...
我
(
わ
)
が国の
覡
(
かんなぎ
)
を
装
(
よそお
)
ってお
過
(
す
)
ごし
頂
(
いただ
)
きたい。
生来
(
せいらい
)
、聖地に住まう
隠者
(
いんじゃ
)
の
世話
(
せわ
)
となり
暮
(
く
)
らしてきた者として」
覡
(
かんなぎ
)
とは、
男巫
(
おとこみこ
)
の
異称
(
いしょう
)
だ。 三名分の身分証を並べ置いた司書の手は
更
(
さら
)
に。 フェレンスの左
隣
(
とな
)
り、
来客席
(
らいきゃくせき
)
の横を
差
(
さ
)
す。 目を向けたのは、やはりカーツェルだけ。
脇机
(
サイドテーブル
)
の上には、大中小 ... 三つの衣装箱と
青銅
(
せいどう
)
の
鍵
(
カギ
)
が見受けられた。
司書
(
ししょ
)
の話によると。 名を
馳
(
は
)
せた
覡
(
かんなぎ
)
の中には、聖者の称号を
授与
(
じゅよ
)
され聖域に帰る者もいるのだとか。
要
(
よう
)
するに。 聖域の
隠者
(
いんじゃ
)
が育てた捨て子が成長した
後
(
のち
)
。 称号を
得
(
え
)
るため
人里
(
ひとざと
)
に下りて来た ... という
体
(
てい
)
を
装
(
よそお
)
い生活しながら、
暫
(
しばら
)
く待っていて欲しい。そういった内容だったと思う。 「けどさ、よくも シレッ とした顔で言ってくれるよな」
追々
(
おいおい
)
。司書との
遣
(
や
)
り取りを振り返るカーツェルの声が、とある空き家の窓
越
(
ご
)
しに
響
(
ひび
)
いた。 用意された鍵は、城下の
外
(
はず
)
れに
建
(
た
)
つ古家の
施錠
(
せじょう
)
に
用
(
もち
)
いる物との説明を受け。 三人が
訪
(
おとず
)
れたのは、
日暮
(
ひぐ
)
れ時にあたる。 「
装
(
よそお
)
ってとか言って、ふんわりしたコト
抜
(
ぬ
)
かしてたけどさ。 つまり何だ、まずは国王様のお
眼鏡
(
めがね
)
に
適
(
かな
)
う仕事をしてみせろって事だろ?」
危
(
あや
)
うく
暴言
(
ぼうげん
)
を
吐
(
は
)
きそうになったと、カーツェルは言う。 が、
戸口
(
とぐち
)
に立つ彼の
後
(
うろ
)
ろで聞いていて耳を
疑
(
うたが
)
った。 フェレンスはそれとなく、こう返す。 いいや、実際に言っていたと思ったが。あれは私の空耳か ... ... ? え、言ってたかな ... ... 二人の会話は、どこかシュール。 チラチラ と見上げながらチェシャは思った。 日頃から執事を
装
(
よそお
)
う彼の口から、時々
溢
(
こぼ
)
れる本音。 それは、
苛立
(
いらだ
)
ちの
込
(
こ
)
もった
舌打
(
したう
)
ちと共に、小声で
囁
(
ささや
)
かれる。 〈 チッ ... ...
舐
(
な
)
め
腐
(
くさ
)
ってんじゃねーぞ クソ が ... ... 〉 耳元で聞く
羽目
(
はめ
)
になるのは
勿論
(
もちろん
)
、フェレンスだが。 うん、確かに言ってたよね ... ... 実はチェシャにも聞こえてた。 身分証と聞いて思い出し、胸元から取り出した
勲章
(
メダル
)
... ではない方を
袖口
(
そでぐち
)
で
磨
(
みが
)
いている
最中
(
さいちゅう
)
。 夢中になっていたので気に
留
(
と
)
める事こそなかったものの。 今になって思えば、凄い
悪態
(
あくたい
)
ついてたなと。
既
(
すで
)
に来た道を引き返している
街馬車
(
タクシーキャブ
)
を振り向けば、降ろした
積荷
(
つみに
)
が視界に入る。 大きな
箱型鞄
(
トランクケース
)
二つと
更
(
さら
)
に、
積
(
つ
)
み上げられた大中小の三箱 ... と、それから。 馬車を手配する前に買い付けた食料品
等
(
とう
)
。 紙袋
一杯
(
いっぱい
)
のそれらは、それぞれが一袋ずつ
抱
(
かか
)
え。 ようやっと持ち運んだのだけれど。 カーツェルの持つ袋は特別デカイ。
破
(
やぶ
)
れずにいるのが不思議なほどだが。 何せ
幾
(
いく
)
つも
抱
(
かか
)
えていられないので。
丈夫
(
じょうぶ
)
な穀物袋を
態々
(
わざわざ
)
一つ
空
(
あ
)
けてもらい、
詰
(
つ
)
め込んで来たのだ。 ちなみにチェシャの袋は、その
十分
(
じゅうぶん
)
の
一
(
いち
)
もない。 しかも中身は
石鹸
(
せっけん
)
各種。 つまらないなぁ ... ... シュン ... としてフェレンスを見上げてみれば。
芳醇
(
ほうじゅん
)
な香りを
漂
(
ただよ
)
わせる
果実
(
かじつ
)
が、袋の上部から美しい姿を
覗
(
のぞ
)
かせている。 そんな
幼子
(
おさなご
)
の視線を感じる
度
(
たび
)
に、フェレンスは言った。 「あともう少し待ちなさい」 さて、どうして主人にまで袋を持たせたのか。 何度も見上げて落ち着かないオチビの様子から
察
(
さっ
)
するに。 執事はチェシャのつまみ食いを特に警戒したのだ。 無理と分かっていても勝手に手が
伸
(
の
)
びるであろう
幼子
(
おさなご
)
を、
余分
(
よぶん
)
に
叱
(
しか
)
るのも
忍
(
しの
)
びなく。
憧
(
あこが
)
れる人の前では意識して良い子ぶりたいお年頃の
性
(
サガ
)
を利用した
措置
(
そち
)
だが、効果は
覿面
(
てきめん
)
。 そうこうしているうち、受け取った
鍵
(
かぎ
)
を取り出し扉を開ける。 執事が先に立ち
見渡
(
みわた
)
してみたところ。
古家
(
こや
)
は
清掃
(
せいそう
)
済みである
模様
(
もよう
)
。 馬車を降りた直後に
解
(
ほど
)
いたクロスタイを引き
抜
(
ぬ
)
きつつ、進む彼に続いたのは
幼子
(
おさなご
)
。 こぢんまりとした
待合室
(
ロビー
)
と
応接室
(
サロン
)
が手前と奥の左角に位置し。 開け
放
(
はな
)
たれたままになっている右の扉は
居間
(
リビング
)
、そして
炊事場
(
キッチン
)
へと続く。
壁沿
(
かべぞ
)
い
隣
(
とな
)
り合わせの階段を登れば、寝室がそれぞれ三部屋。 主人は執事役が戻るまで、残された
荷
(
に
)
を
見張
(
みは
)
っていなければならなかった。 ところが
間
(
ま
)
もなくして聞く彼の声は思いがけず、荷物の置かれた方から耳に届く。 「
住処
(
すみか
)
から、日用品まで準備済みとはな。ご
丁寧
(
ていねい
)
なこった」 どうやら
勝手口
(
かってぐち
)
が存在したらしい。 「 ... どうする? フェレンス」
荷
(
に
)
の
傍
(
そば
)
で彼は
問
(
と
)
う。 まずは上の三箱を持ち上げながら。 「それこそ四六時中、
見張
(
みは
)
られるコトになると思うんだけど。 ... いいの?」
諜報
(
ちょうほう
)
機関の
仕込
(
しこ
)
みに
抜
(
ぬ
)
かりは無いはず。 盗聴器を始め、監視機器だらけなのは目に見えている。 それでも必要かどうかを
尋
(
たず
)
ねているのだ。 「
一応
(
いちおう
)
、やっとく?」
滞在先
(
たいざいさき
)
での定例について。 安全、
外的非干渉性
(
プライバシー
)
確保のための
探知
(
たんち
)
と不審物の排除。
征
(
ゆ
)
く
先々
(
さきざき
)
で
行
(
おこな
)
っているのは執事役。 並びに、
護衛
(
ガードマン
)
を
務
(
つと
)
めるカーツェルだが。 「そうだな。しかし今回は ... 私がやろう」 あらため中へ入って
居間
(
リビング
)
の中心へと進み出たフェレンスは、 テーブルの上に袋を置いたうえで
腰
(
こし
)
に
差
(
さ
)
した
杖
(
つえ
)
を手に取る。 その
間
(
あいだ
)
に勝手口から戻ったカーツェルが〈ドン!〉と音を立てて降ろしたのは外にあった
荷
(
に
)
の全て。 何と、この男。三つの衣装箱と大型
箱型鞄
(
トランクケース
)
二つを一度に
抱
(
かか
)
え持ち込んだのだ。
流石
(
さすが
)
の
怪力
(
かいりき
)
... ... 階段の
半
(
なか
)
ばに
居
(
い
)
ながら見て思うのは、二階を
視察
(
しさつ
)
し戻ったばかりのチェシャだった。 カーツェルは、じっとして見つめる。
封止
(
ふうし
)
を
解
(
と
)
かれ
昇華
(
しょうか
)
を果たした
杖
(
つえ
)
を
撫
(
な
)
で上げる ... 主人の左手を。 人差し指には新たな
宝具
(
ほうぐ
)
が見受けられた。 赤い魔石を
収
(
おさ
)
める銀ノ指輪には、 魔力の高出力に
耐
(
た
)
え
得
(
う
)
る
抵抗体
(
バリスタ
)
が
備
(
そな
)
えられている。 「これは、私からの
返礼
(
へんれい
)
」
綴
(
つづ
)
られし
印文
(
いんもん
)
を
宿
(
やど
)
すは、
青翠
(
せいすい
)
の
可視光線
(
かしこうせん
)
。
波紋
(
はもん
)
を広げるが
如
(
ごと
)
く各所で
反響
(
はんきょう
)
するそれは、
捜
(
さが
)
し物の位置を
示
(
しめ
)
し
表
(
あら
)
わした。 壁、床、天井の継ぎ目。絵の
額縁
(
がくぶち
)
。家具や置き照明の内部もしくは裏側など。
珍
(
めずら
)
しくもない
箇所
(
かしょ
)
だが、その数の多さには
驚
(
おどろ
)
かされる。 「
酷
(
ひで
)
ぇな、おい ... ... 」 「 ウ ン ... ... 」 カーツェルに共感し、チェシャは
頷
(
うなづ
)
いた。 まるで
祭
(
まつ
)
りの
電飾
(
でんしょく
)
を
眺
(
なが
)
めているかのよう。 開いた口が
塞
(
ふさ
)
がらないのだ。 それに
加
(
くわ
)
え、
囁
(
ささや
)
いたのはフェレンス。 「何一つ
余
(
あま
)
さず受け取ってもらおう」 彼は
詠
(
うた
)
った。 あらゆる
眼
(
め
)
... あらゆる 耳 へと通じる 信号を
絶
(
た
)
て 「 Corta la senal que conduce a todos los ojos y todos los oidos ... ... 」 異端ノ魔導師が
唱
(
とな
)
える
真言
(
しんごん
)
は、
古家
(
こや
)
のそればかりか
傍受
(
ぼうじゅ
)
機器をも破壊する。 〈 バチ ――――― ン! バチバチッ! バチバチバチ!! 〉 手元、耳元で火花が飛ぶ中。 クロイツを
含
(
ふく
)
む
一味
(
いちみ
)
の内、声を上げたのは言うまでもなく。 機器調整と記録を行っていた二人。 「「ぐわあぁぁ!!」」
突如
(
とつじょ
)
、
絶叫
(
ぜっきょう
)
し
耳掛
(
みみか
)
けを
放
(
ほう
)
り投げたエルジオとヴォルトが
略
(
ほぼ
)
同時に言う。 「ああ! やっぱり!!」 「やりやがった!!」 対してクロイツは笑った。 「 ククク ... ! だから言ったのだ」 第一等に
格
(
かく
)
される帝国魔導師ともなれば。 同等の使い手を連れて来るでもしない
限
(
かぎ
)
り、
如何
(
いか
)
なる兵器を
並
(
なら
)
べ立てようが
牽制
(
けんせい
)
になどなりはしない。 例え
単独
(
たんどく
)
であろうとも。 その気になれば複数国相手に戦争し支配権を勝ち取る事すら
容易
(
たやす
)
かろう。
然
(
しか
)
れど国家
機構
(
きこう
)
に
従属
(
じゅうぞく
)
する ...
彼等
(
かれら
)
の望むものとは何か。 「
富
(
とみ
)
と
名誉
(
めいよ
)
。その二つに
結
(
むす
)
びつく力。
様々
(
さまざま
)
ある。 だが、あの男達は知っているのだ。 それらを
欲
(
ほっ
)
する
大勢
(
おおぜい
)
の価値判断に左右される物は
全
(
すべ
)
て ...
統治
(
とうち
)
されてこそ意味を
成
(
な
)
すのだと」 とは言え政治になど興味は無いのだから。 権力に
絡
(
から
)
む
面倒事
(
めんどうごと
)
は
人任
(
ひとまか
)
せ。 逆に
操
(
あやつ
)
れるだけの影響力さえあれば良い。 決して
表
(
おもて
)
に出さない
強権性
(
きょうけんせい
)
。 帝国魔導師の
強
(
したた
)
かさたるや
甚
(
はなは
)
だしい。 「中でも、あの男は
別格
(
べっかく
)
。 かつて
亡国
(
ぼうこく
)
が保有した〈
翠玉碑
(
エメラルド・タブレット
)
〉の
制約
(
せいやく
)
に
反
(
はん
)
し、 魔導兵を
従
(
したが
)
える事が出来るのも、
人外
(
じんがい
)
たる
所以
(
ゆえん
)
に違いないのだ」
誇張
(
こちょう
)
しているつもりはない。 静かに言って
諭
(
さと
)
す。 クロイツの声は、いつになく
控
(
ひか
)
えめだった。 信号変換に作用し発生した
雑爆音
(
ハウリング
)
と、
回路発火
(
ショート
)
時の
破裂
(
はれつ
)
音を同時に聞かされた二人にしてみれば、違う意味で耳の痛い話である。 両耳を手で
抑
(
おさ
)
えたり、
離
(
はな
)
したり。 調子を気にするエルジオの
傍
(
かたわ
)
ら、振り向いて言葉を返したのはヴォルト。 「なるぼどな、よく分かったよ。しかしだな ...
好条件
(
こうじょうけん
)
で仕事できるよう
膳立
(
ぜんだ
)
てしてやりたい、こちとら
堪
(
たま
)
ったもんじゃない」 するとだ。この場に
至
(
いた
)
る
隠
(
かく
)
し通路側に人の気配を感じ、ノシュウェルが見やる。 クロイツも気が付いていて、何やら
意味深
(
いみしん
)
なことを言いかけた。 「 ククク ... 組織内部に
潜在
(
せんざい
)
する
対敵
(
たいてき
)
がどうのという話は良くある事だが」 いやいや。それにしても .... ...
眉
(
まゆ
)
を
顰
(
ひそ
)
めるノシュウェルの横には、
同行
(
どうこう
)
を決めたばかりの二人。 「あの人、見たことあるよね?」 「うん。アイゼリア
絡
(
がら
)
みの
報道
(
ほうどう
)
で、よく見る顔だな」 やっぱり ... ... ? 小声になる二人の会話を聞き、
改
(
あらため
)
めて思う。 ノシュウェルは手に汗を
握
(
にぎ
)
りながらも後ろへ下がり、両者の座る
椅子
(
いす
)
の背を
蹴
(
け
)
って立たせた。 この時点で
起立
(
きりつ
)
していないのはクロイツだけである。 どんだけ
図太
(
ずぶと
)
いんだと。 クロイツに目を向ける者、
皆
(
みな
)
が心で
呟
(
つぶや
)
いた。 それもそのはず。 立たされた二人は初対面であるものの。 クロイツとノシュウェルは目を
見張
(
みは
)
る。 言うなれば、
幕下
(
ばくか
)
の人影 ...
再来
(
さいらい
)
の時。 初めて対面した
際
(
さい
)
は影に
隠
(
かく
)
れていた人物だ。 言葉を
交
(
か
)
わすことすら無かった相手である。 それが、まさか、こんな。
理由
(
ワケ
)
の分からない
拍子
(
タイミング
)
で
訪
(
おとず
)
れようとは思いも
寄
(
よ
)
らなかったと言うか。 ノシュウェルは
度肝
(
どぎも
)
を
抜
(
ぬ
)
かれながら、 なお座っていられるクロイツの神経を
疑
(
うたが
)
った。 まぁ、何だ。
今更
(
いまさら
)
だけど ... ...
位
(
くらい
)
の高い人物である事くらいは予想していたのだ。 とは言え、
正体
(
しょうたい
)
も知らず
終
(
じま
)
いだったのに。 「こいつは ... 予想を
遥
(
はる
)
かに
超
(
こ
)
えてきましたな」 ノシュウェルの口を
衝
(
つ
)
いて出た言葉からは、
動揺
(
どうよう
)
の色が
窺
(
うかが
)
えた。
一方
(
いっぽう
)
で語り
連
(
つら
)
ねる。クロイツの声は、また静か。 「
君主制
(
くんしゅせい
)
であるとは言え。
元老院
(
げんろういん
)
を
据
(
す
)
え、民間議員も
携
(
たずさ
)
わる
国体
(
こくたい
)
。 資源輸出国でありながら、機関を
設
(
もう
)
けてまで
諜報
(
ちょうほう
)
活動に
注力
(
ちゅうりょく
)
するのは
何故
(
なぜ
)
か。
杜
(
もり
)
の
生態
(
せいたい
)
を利用した
侵略
(
しんりゃく
)
と
見做
(
みな
)
されぬよう。 国交に
差
(
さ
)
し
障
(
さわ
)
り無きよう、情報
統制
(
とうせい
)
するために決まっている。 だが ... それだけだと思うか?」 つまるところ。
侵略
(
しんりゃく
)
と
見做
(
みな
)
されようが、国交に
差
(
さ
)
し
障
(
さわ
)
ろうが、
杜
(
もり
)
を利用し権力を
得
(
え
)
たい者が少なからず存在し。目に見えているだけに。 それを望まぬ者とで国政が
二分
(
にぶん
)
するような、
内紛
(
ないふん
)
の
勃発
(
ぼっぱつ
)
を
防
(
ふせ
)
ぐためでもあるのだ。 具体的に言えば。 王家
転覆
(
てんぷく
)
を
図
(
はか
)
りかねない者を見張り、
企
(
くわだ
)
てを
抑止
(
よくし
)
する。 それが、クロイツとの取引に
応
(
おう
)
じた
彼等
(
かれら
)
の
担
(
にな
)
う ...
真
(
まこと
)
の
勤
(
つと
)
め。 クロイツは、そう言って続けた。 「しかしな。
王太子
(
おうたいし
)
、
自
(
みずか
)
らが
隠密
(
おんみつ
)
を
兼任
(
けんにん
)
し
率
(
ひき
)
いていたとは
驚
(
おどろ
)
きだ」 ノシュウェルは心の中で繰り返す。 ホント ...
驚
(
おどろ
)
き ... ...
閣僚首席
(
かくりょうしゅせき
)
ならまだしも。 君主である国王の
子息
(
しそく
)
。王位、第一継承者を前に
踏
(
ふ
)
ん
反
(
ぞ
)
り返るなんて。 あんたにしか出来ねーわ ... ...
等々
(
などなど
)
。考えていると頭痛がしてくる。
現
(
あらわ
)
れた男がフードを
脱
(
ぬ
)
ぎ、
口隠し
(
くちかく
)
を取り
払
(
はら
)
う
間
(
ま
)
に。 引き
連
(
つ
)
れられた
複数人
(
ふくすうにん
)
の
護衛
(
ごえい
)
が部屋の
四方
(
しほう
)
を
固
(
かた
)
め、
一行
(
いっこう
)
を
見張
(
みは
)
った。 右の耳元から後頭部にかけ片面のみ
刈
(
か
)
り上げれた
髪
(
かみ
)
は、彼らアイゼン民族
特有
(
とくゆう
)
とされる
武
(
ぶ
)
の
象徴
(
しょうちょう
)
。
緑漆
(
りょくしつ
)
に
艶
(
つや
)
めく長い髪に指を通し、
外套
(
マント
)
の
襟口
(
えりぐち
)
から左肩、そして胸の前へと
梳
(
す
)
き下ろす。 中心人物はやがて、視線を上げ。
深藍
(
ふかあい
)
の
瞳
(
ひとみ
)
がクロイツを
捉
(
とら
)
えた。 アイゼリア
王太子
(
おうたいし
)
。
現
(
げん
)
国王の一粒種と言われる彼の名は ... ... 《ウルクア・ルタ・トリアスト》
威風
(
いふう
)
に圧倒されると
共
(
とも
)
に、身が引き
締
(
し
)
まる。
姿勢
(
しせい
)
を正した二人より一歩前に出て
踵
(
かかと
)
を
鳴
(
な
)
らし
揃
(
そろ
)
えるノシュウェルは、
敬礼後
(
けいれいご
)
に
辞
(
じ
)
を
述
(
の
)
べた。 「
殿下
(
でんか
)
におかれしまては、お
初
(
はつ
)
に
御意
(
ぎょい
)
を
得
(
え
)
まして光栄に
存
(
ぞん
)
じます」 ここは一つ、元軍人として
恥
(
は
)
ずかしくないよう
努
(
つと
)
めねばならぬと。 それをチラ
見
(
み
)
し短く息を
吐
(
は
)
き捨てるクロイツは、
見栄張
(
みえは
)
りご苦労 ... とでも言いたげ。 一度は対面しているため、
挨拶
(
あいさつ
)
もそこそこに
謝辞
(
しゃじ
)
を返すのは
先方
(
せんぽう
)
。 「はじめまして。自己紹介は不要かと思いますが。まずは、いつぞやの
非礼
(
ひれい
)
をお
詫
(
わ
)
びします」 名を
伏
(
ふ
)
せたままの
謁見
(
えっけん
)
について触れているよう。 対し、こちらの代表は
応
(
こた
)
えもせず口を閉ざしたままなので。 ノシュウェルは気が気ではない。
並
(
なら
)
ぶ二人の
首筋
(
くびすじ
)
にも冷や
汗
(
あせ
)
が流れる。
暫
(
しば
)
しの沈黙を
経
(
へ
)
て、クロイツは一言だけ置いた。 「
要点
(
ようてん
)
だけ聞こう」
白熱灯
(
はくねつとう
)
一つきりの
薄暗
(
うすぐら
)
い空間に
緊張
(
きんちょう
)
が走る。 王太子、ウルクアの視線は
鋭
(
するど
)
さを
増
(
ま
)
した。
僅
(
わず
)
かながら笑みを浮かべる口元で、彼は言う。 「
斯
(
か
)
く言う
人外
(
じんがい
)
を
手懐
(
てなず
)
けるにはどうしたら良いか。 ご意見をお聞きしたく
参
(
さん
)
じました。教えて下さいますでしょうか?」 予測できた質問であるがため。 クロイツの回答もまた、
端的
(
たんてき
)
。 「帝国の
奴等
(
やつら
)
が異端ノ魔導師に血ノ
奴隷
(
どれい
)
を保護させ、逃したのには何か裏があるはず。 それを
代
(
か
)
わりに
探
(
さぐ
)
ってやれば良いのだ。
奴等
(
やつら
)
の
側
(
がわ
)
には、あの魔導師が
配下
(
はいか
)
に
据
(
す
)
える男の
実兄
(
じっけい
)
がいるからな」 アレセルは
既
(
すで
)
に
潜入
(
せんにゅう
)
済みである。 裏切りを
働
(
はたら
)
いてまで。 するとノシュウェルが小声で
尋
(
たず
)
ねた。 「あなたの
弟君
(
おとうとぎみ
)
はやはり、あの
御方
(
おかた
)
が知りたがる事を
見越
(
みこ
)
していたのでしょうか」 「そうとしか考えられんと言うのに。
冗談
(
じょうだん
)
でも手ぶらで帰れるか」 確かに ... ...
互
(
たが
)
いに耳打ちでもするかのような会話。 クロイツの目を
見据
(
みす
)
えるウルクアの
瞳
(
ひとみ
)
にも、
思惑
(
しわく
)
が
浮
(
う
)
いて見えるよう。 「だが、思い違いの無いよう言っておく」 次に言い
放
(
はな
)
つクロイツは、
足組
(
あぐ
)
みを
解
(
と
)
いて
卓上
(
たくじょう
)
に
肘
(
ひじ
)
を付き、
身
(
み
)
を乗り出した。 そして続ける。 「あの男 ... 異端ノ魔導師を
手懐
(
てなず
)
けるなど
到底
(
とうてい
)
、不可能だ。
仮
(
かり
)
に出来たとしても、そんな事を可能にする人物を
果
(
は
)
たして〈人間〉と呼べるのかどうか ... 」 聞いていて息を
呑
(
の
)
む。 ノシュウェルは同時に
違和感
(
いわかん
)
を
覚
(
おぼ
)
えた。 ウルクアが何かやら ... 期待した答えを
得
(
え
)
たかのような、そんな表情をしているので。 クロイツが
示唆
(
しさ
)
しているのは、段階的攻略。
着目点
(
ちゃくもくてん
)
を少し手前に置いてみろという事だろう。 その言葉から連想されるのは、とある
執事
(
しつじ
)
なわけだが。 「これに
関
(
かん
)
する
限
(
かぎ
)
り。あの
化物
(
バケモノ
)
であれば ... もしや ... ... 」 例によって、彼の名は
伏
(
ふ
)
せられた。
化物
(
バケモノ
)
か ... ... その場に
居合
(
いあ
)
わせた者は
皆
(
みな
)
。 ある男の代名詞と
化
(
か
)
した言葉を思い返し、
押
(
お
)
し
黙
(
だま
)
るばかり。 誰一人として、その名を口にする者はいないのだ。 「 カーツェル ... ... 」 その男は今、城下の外れに建つ
古家
(
こや
)
に
居
(
い
)
て。
造
(
つく
)
りを
見渡
(
みわた
)
し ... 何かを
警戒
(
けいかい
)
している。
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嵩都 靖一朗
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