54 / 61
第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅲ
何となく、聞き辛 いだけと思ってたが、どうやらトラウマになっていた模様 。
「昔は散々 、無視されたからな。
けど、もう、後戻 りは御免 だからさ」
彼の呟 きを聞いて、フェレンスは頷 く。
分かっていているはずだった。
どの道、取り返しはつかないのだと。
何度も言い聞かせてきたのだから。
自身にも、相手にも。
なのに足 りない。
互 いの念押 し無くして話は進まないのだ。
察 したフェレンスが、こう繰 り返す。
「安心していい。もう、そんな事にはならない」
そんな事には ... ... 。
しかしそれは、明 らかな〈嘘 〉。
――― その魔導兵は恋心の封止忘却 を繰り返す。
主人と寄 り添 い、生きるためだけに ... ...
秘 めた念 いを自覚 する毎 に
潜在意識 が粛清 を図 るのだ。
封止忘却 の術 は働 きかけているに過 ぎず。
それでいて彼は、決して〈記憶〉を手放 さないため。
顕在 意識が繰り返しを避 け始めたとも推察 できる。
何日頃 からか、心に生 じはじめた亀裂 。
その気配 を一番身近 に感じ取っていたのは ... ... 彼、
カーツェル自身だったのかもしれない。
つい最近までは同程度 と思っていたカーツェルの体格 、
身長は今や、フェレンスの一回り 上をいく。
そんな彼の襟元 に手を添 え、抱 き寄 せる。
フェレンスは次に、こう言った。
「さあ。何を話そう」
まるで民話 でも語りだしそうな口ぶりだが。
改 め考えた時に限 って パッ と出て来ないのは何故 だろうかなどと。
返事も待 たずに話すので、まるで独 り言のようでもある。
耳元で聞く緩 やかな息遣 い、
声色 からは、安寧 を思わす微笑 みまで想像できた。
すると、カーツェルが声を振 り絞 る。
「取り留 めなくても良い?」
対 するは余裕 の回答。
「構 わない。その方が面白そうだ」
なので一つ 々 、思い付いた順 に尋 ねてみようと思う。
まずは、気になっていた事からだ。
「ついこの間 、お前がチェシャの宝物ぶん投 げた時さ。
俺が手伝うって言ったら、何か気が付いた素振 りで嬉 しそうにしてただろ?
実は、あれ凄 く気になってた。 ... ... どうして?」
それから、それから。
密 かに夢見ていた事とか。
「あと、もし ... さ、その。
もし、コレでお前と遊んでみたい ... なんて、言ったらさ。遊んでくれる?」
時系列も滅茶苦茶 。
「つーか、本当 ... 取り留 めなくて悪い。けど」
ここまで来ると止まらない。
挙げ句 には、餓鬼臭 いコト言ってんなとか。
本当は凄 く恥 ずかしいだとか。
自分に対するツッコミすら交 じる始末 だが。
「なあ、フェレンス!」
ある時、一歩身 を引いた彼は思いつめた表情で質問を重 ねた。
「あの頃のお前は、俺のコト ... ...
どう思ってた? 今のお前は、どう思ってる?」
ところが次の瞬間、ギクリ として息衝 く。
半 ば自分自身に返ってくる質問ばかりだと。
今更 のように気が付いたのだ。
気不味 い。
途轍 もなく気不味 い。
カーツェルの目が、あちらこちらへ泳 ぐ。
当然、彼の主人は察 し、思い巡 らせるだろう。
しかし言い留 まった。
やや首を傾 げるフェレンスの仕草 に視線を釣 られ、見てみると。
もう少し待ったほうが良いか? とでも言いたそう。
カーツェルは何故 か、赤面 していた。
溜 め込み過 ぎて言いたいことの整理 がつかないのだと、理解を示 すフェレンスに対 し。
上手 く言えないどころか、逆に聞き返されたらどうしようなどと考えている。
自身の未熟 さを痛感 しているのだろうか。
いや、そうではない。
本来であれば恥 ずべき事。
あるまじき衝動 を自覚してしまい、泥沼 に陥 っているのが今の彼。
カーツェルの現状 である。
敢 て言うなら。
その余裕 に寄 り縋 り、甘え倒 したい ... ... だとか。
何て不謹慎 な。
理性に諌 められ左右に首を振 る彼は、無言で両の手のひらを見せるようにし。
二度、三度、前に押し出したあと。
待て 々 ... ...
心の中で呟 いた。
そして更 に後退 りしていく。
どうしたいのだろう。
よく分からないが。
何と彼は、そのまま スッ ... と、退室 してしまったのだ。
寄 りにも寄って、無言のまま。
〈 は? 〉
自分自身に呆 れ、扉 に背中を預 けるように脱力 したのは当 の本人。
これには流石 のフェレンスも、肩 で小さく溜息 する。
ところがだ。振 り向き元 の席 まで戻る間 に笑 みを浮かべる、目元、口元 。
挙動不審 な彼を一先 ず見送ったのには理由 があった。
大 して時間を要 さないはずなので、扉を見つめ暫 し待 とうか。
するとまた、耳を擽 る。
極々控 えめな打 音。
フェレンスは再 び答えた。
「入りなさい」
――― 繰 り返すのは、ここまでだ。
それは、カーツェルの心の声。
なのに自分ではない何者かの声が、重 なって聞こえたような。
最早 、日常的 。
カーツェルは気にも留 めず。
フェレンスが返す言葉に誘 われ、三度 ... 扉を開いた。
かつて魔導兵としてフェレンスに仕 えていたという男。
竜騎士グウィンが残した記憶から成 る幻聴 だろう。
そう思っていたからだ。
彼の主人は穏 やかな笑みを湛 えた面持 ちのまま。
対 し、取り乱 してしまったことを申 し訳 なく思う。
カーツェルは扉 の影 に隠 れるようにしながら小声で、こう言った。
「 あ ー そ ー ぼ ? 」
すると遂 に、言葉を失 うフェレンス。
だが決 して動じず。向き合った。
彼の内面的本質は幼 い頃 と何 ら変わっていない。
ずっと、ずっと長い間 。
無くすまいと胸にしまい込んできたのだろう。
そうと知ったからには、その情想 を傷 つけぬよう応 じてやりたい。
フェレンスの覚悟 は相当 なものである。
が、しかし。
「 ナンダ コノ カワイイ イキモノ ハ 」
... ... ん?
カーツェルは勿論 、我 が耳を疑 った。
けれども真顔 のフェレンスが淡々 と言い連 ねるので、聞くしかない。
仕方 がないな。良いだろう、来なさい ... ...
とは、彼の主人の思うところだが。
「体格 の良い大人 が、物影 に隠 れて何か言っている。
一般 において〈ツンデレ〉と言われるらしい分野 に属 するであろう男が。
まるで忠犬 属性を隠 し持っていますと言わんばかりの上目遣 いなどして。
うむ。可愛 いな。よしよし。褒 めてやろう」
待て 々 。待て 々 待て 々 ... ...
これ以上は無理 。
堪 らず下を向く彼は、やっとの思いで遮 った。
「待て 々 。待てって。お前、それ、言ってるコトと思ってるコト逆じゃねーの?
て、言うか。おい!! 誰が忠犬 だ! 出任 せ言ってんじゃねーぞ!」
伏 せられた顔は恐 らく真っ赤 。
何故 なら、もう耳まで赤い。
まさかの異端ノ魔導師が。
思っている事だだ漏 れだなんて。
前代未聞 である。
ところが相手に不都合 は無さそう。
何せ反論 すらされない。
え。何。どういうコト ... ... ?
カーツェルが恐る 々 顔を上げ、目で訴 えると。
フェレンスは素直 に答えた。
「私にどう思われているのか、知りたかったのだろう?」
そ う じ ゃ ね ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ... ...
とは言え間違 ってもないが。
微妙 にズレているので。
最早 どっちもどっちと言うか。
カーツェルの思うところも小声になって漏 れはじめているし。
有 り得 ない。
執事役 の大きな両手が。
すっかりと塞 いだ自身の顔から熱を感じ取って狼狽 えているのだ。
しかしもう、いい加減 にしておきたくて。
素早 く深呼吸 し ススッ ... と席 に着 いた彼は、取り繕 うように調子 を合わせる。
「まったく、ふざけやがって。
つーか、もう少しまとめてくれていいんだけどな」
「 ... ... 」
なのにどうして。
黙 り込んでしまった。
フェレンスが。
ああ。もう。どうしたら ... ...
つい先程 、手元に戻 ってきた父の形見 を取り出すカーツェルは、
合 わせづらい顔を背 けたまま。カードを切る。
ただ会話をしているだけなのに。
何故 こうも息苦 しいのか。
相手の言葉に、何か期待しているのかもしれない。
けれど自分では検討 もつかないのだから、お手上げだ。
対 し、彼の手捌 きを見つめながら考える。
フェレンスは次に一言 だけ、こう返 した。
「 愛してる ... ... 」
息の根 を止める衝撃 。
世界から音が消えた瞬間。
カーツェルの目が眩 む。
何もかも錯覚 だ。
思考力 を奪 い去 った言葉のせい。
まるで不意打 ちではないか。
短く、か細 い呼吸 は、喉元 に届 かず吐 き出される。
その時、脳裏 を駆 け巡 った記憶は、誰のモノ?
彼は、その幻 を懐 かしいと思った。
窓際に立つ若 かりし日のフェレンスが白色 の朝日を背 にし、こちらを振 り向く。
事の背景が曖昧 な描写 。
番人 、流刑者 、帝国魔導師。
いつ頃 の姿 かも分からないのに。
縷々切々 と。
その眼差 しに想いを込めるフェレンスの笑 みが、只々 尊 く。
慕 わしいのだ。
幻覚 と現実を重 ね見る。
彼が我 に返るまで、どれほどの時を要 したろう。
感極 まる一方 。
何処 からともなく溢 れた悲哀 に息詰 まる思いがした。
一つの言葉にまとめ、あらわした ... その情 が。
どういった理由から生 じたものかも分かっていないくせに。
彼の視線は、やがて深々 と沈 み込んでいく。
フェレンスは、そう。
無神経 にも人間らしさを装 って。
素 の自分では得 られないであろう知覚 の変幻 を精査 し、楽 しんでいるだけ。
カーツェルは、そう。
思い込もうとしている自分に気付かない。
彼は引き続きカードを切って、交互 に配 り会話を続けた。
「いや。それ ... さ、お前。意味とか別 にしたって、友人 に使うような言葉じゃねーぞ」
「そうなのか。すまない ... 何せ初めて使う言葉なので」
「へぇ。 ... てか、マジかよ」
顔を上げ見合 わせると、フェレンスは頷 いた。
嘘 だろ?
異端ノ魔導師が言う〈初めて〉を頂戴 してしまった。
彼ノ下僕 が抱 いたのは、まさかの高揚 。
生きてきた年数も不明確 な主人 への疑念 ではないところが、ある意味、彼らしい。
「お前って案外 ... いや、やっぱワケ分 かんねーよな」
するともう一度、微笑 んで頷 くフェレンス。
だが、それとなく濁 された言葉に気を止める。
片 や、掴 みどころのない体裁 を鑑 み。
仕方 のない奴 だなと言って受け流すカーツェルは、気のない素振 り。
強く惹 かれる心を、留 めておく必要があった。
錬金術を嗜 む覡 として瞬 く間 に名を馳せた目の前の有名人は、静 かに待 つ。
その気配 を肌 に感じながら。
カードを配 り終えた執事役 が振 り返るのは、このところの日常 。
儀球 を立ち上げれば、誰もが瞳 を輝 かせ、食 い入るように見つめる。
問診中 だって窓の外は人集 り。
主 に町の子だが。
時には子を迎 えに来たはずの親まで加 わっているので。
目が合うなり愛想笑 いをして、やり過 ごす日々。
騒 がしい時には声を掛 け、追 い払 うことも。
「こらこら。見世物 ではありませんよ?」
大人しく退散 していく子の中に、チェシャが紛 れ込んでいる日もあった。
あの人は怒 ると怖 いから ... なんて告 げ口でもしていたに違 いない。
戦線 に立てば、血腥 い攻防 の最中 ですら夢見る。
これが ... 平穏無事 な暮 らし。
的 を外 した銃弾 が砕 く、石積 みの削片 。
風に流れる機関砲 の硝煙 を潜 っては、血を浴 び続ける。
それが、戦役 時の日常 であるからして。
小さな夢が叶 えられていく今を、この幸せな時間を。
出来るものなら、終わらせたくない。
手元のJOKER を見詰 め、彼は思った。
この切り札 を自由に操 れたら良いのにな ... ...
そうして沈黙 を破 る。
その口元 から告 げらたゲームの名は〈Spit 〉。
頭脳 、理詰 めだけでは勝てないが、その逆 も然 り。
とは言え、反射神経、素早さといった運動能力が高いほど有利 ではあるので。
カードを出し合う位置と、手持ちを並 べる距離を互 いに調整 すると言う。
カーツェルの提案 を受けたフェレンスは、彼を ジッ ... と見たまま。
そっ ... と、低卓 を縦 向きに置き直 した。
その上、更 に片手縛 りを要求 する。
無論 、承諾 したが。
「コレ、遊びなんだけど。割 と本気 なんだな」
「当然 。それだけ、お前の能力を高く買っているので」
そう言われると気恥 ずかしい。
「けど、何か ... ... 大分 、吹 っ掛 けてねーか?」
このやり取りも戦略 の内 だろうか。
改 め引き離 された間合 いを見て ハッ ... とした。
この距離だと中腰 を強 いられる。
しかもだ。
片手縛 りされるまでもなく。
テーブルに片手を付き、利 き手を伸 ばしてやっと届 く見立て。
なかなかの鬼仕様 だ。
けれども、そこは彼の主人 。
「これくらいしてもわなければ。お前の本気は引き出せないだろう?」
遊びに於 いても巧言 、抜 かりなし。
「上等 じゃねーか」
受けて立つ ... ...
敢 え無く乗 せられたカーツェルを窮地 に追い込むまで、そう苦労はしなさそう。
だが、いざ始めてみると正 に良い勝負。
カーツェルが時を忘れ集中する程 だった。
俊敏 さで上手 を取り、行けると思った瞬間。
ジョーカーを差 し込んでくる。
その洞察力 に度々 、身悶 えさせられるものの。
腹 が立つほど面白 い。
対 しフェレンスが彼に見せる隙 は、
勝負事に関 するそれとは少し違 った模様 。
何せ年頃 の成人男性が夢中 になって遊んでいる姿 を見せられている。
しかも時々、クネクネ と身 を捩 って悔 しがるものだから、また面白くて。
心が和 めば動作 も緩 むという理由 。
手持ちが十五枚を切るまで暫 く掛 かった気がする。
最終的に勝利したのは、やはりフェレンスだったけれど。
一度、突 っ伏 してから顔を揉 むように頬杖 するカーツェルは、実 に満足気 。
流石 は ... 帝国ノ公爵子息 を無自覚 に口説 き落とし、
魔導兵 として仕立 て上げた男 ... と、誰が思ったか。
闇夜 に紛 れる気配 にも気付かぬまま。
席 を立った彼は主人の傍 へと歩 み寄 り、戯 れ続けた。
互いのソファーは一人掛 け。
だが、お構 いなし。
背凭 れを跨 ぐようにして座 り込 み、主人の背後 を占領 してやるとする。
普段 は生真面目 な執事役 が、退行 したかのよう。
前に押し出されたフェレンスの背に密着 しながら、肩 に顎 を乗せ彼は言う。
「なぁ。手加減 してたろ」
「気のせいでは?」
「ムカつく」
「私が隙 を見せるのは不自然だとでも?」
「だってさ」
「私は ... ただ、何も考えずに触 れてみたかっただけ」
分 かっていた。
フェレンスの言い分を聞き出すには辛抱 が必要 。
だけど、今は、大人対応、お休み中、だから。
「噛 みついていい?」
遠慮 なく。
いつもより端的 に急 かす。
フェレンスは聞き流していた。
けれども、シャツの襟 を立てたりして。
きっちり対策 し続ける。
「先日 、チェシャを泣かせてしまった時。
お前が昔、話していた事を思い出したので」
「俺が?」
「そう」
片 や上 の空 。
襟元 で魔ノ香 を吸 い込む彼は、思った。
シャツの上からでも余裕 でいけるんだけどな ... ...
話を最後まで聞く前から噛 み付く事ばかり考えているよう。
そんなカーツェルの頬 を爪先で撫 で、注意を逸 らす。
フェレンスは当時を振 り返 り。
思い出の中の幼 き友人が泣きながら訴 えかけてくる姿に、声を重 ねた。
「何事 も、やってみなければ分からないと」
すると息を飲み、静止 する当事者 。
彼は、耳を澄 ませて聞く。
「敢 てそうする事に何の意味があるのか。
そう考えた時、当時の私は踏 み出せなかった。
しかし、この通り。
現在 は状況 が異 なる。
ならば今こそ、お前の言う通りに ... そう思った。
記憶は過程 、そして結果 。
より良 い道筋 を見通 すための参考諸事 。
とは言え過 ぎた事に囚 われると、危険予測が難 しい道を避 けがちだ。
それよりも有意義 かつ実 り豊 かな道が開けていたとしても見落 としたりなどする。
お前は、そういった道の先にある隠 れ家 へと誘 ってくれるような友人。
賢者 が齎 した叡智 とは全て、人々が切り開き残した記憶から掬 い上げ、再構成 されたもの。
お前が切り開こうとしている道に興味 がある。
お前が望 む道を、私も歩いてみたい。
教えられてみたい。
そう考えると。
理由 や道理 が分からないままだろうが、どうにでもなる気がして」
話の半 ばには、かつて見た夢のような日々の断片 が脳裏 に浮 かんだ。
在 りし日の姿 で茂 みを掻 き分け、振 り向き。
差 し伸 べた手を見つめているのは、フェレンス。
やがて結 びついた手と手の温 もりは、本当に夢だったのだろうか。
時を経 て決意を改 めたと語 る声は、涼 やか。
それでいて力強い。
「危険 に伴 う対価 、行った先にある障害 、災厄 、全 て私が払 う」
ああ、また。
人間離 れしたことを言いはじめた。
定期 。
聞かされる側 としては、複雑 な気分である。
相手は異端ノ魔導師。
元 より世間 から穢 の塊 のように噂 されてきた男の言葉だ。
ある伝承 によると。
火は神々から盗 まれ、人々に齎 されたのだという。
その報 いとして贈 られたのが、この世を呪 う病 、悪徳 、災 い。
安息ノ地 に囲 われた人に心を宿 した蛇 が、彼 の尊 であるならば。
俺は ... ...
自身 の幸福 と利得 のため力を使うよう唆 す悪魔か。
どうあれ、覚悟 の上だったはず。
なのに ... ...
カーツェルは思う。
そう、今は、とても強く言える立場ではないのだ。
「だから ... ... 」
フェレンスが、そう言いかけた時。
「じゃあ、ずっと ... こうして暮 らしていきたいって言ったら?」
つい、話の腰 を折 ってしまった。
逃避 しかけた彼の言葉を、どう捉 えたか。
フェレンスは一度、口を閉 ざす。
不本意 だ。
互 いの成 すべき事、何もかも投 げ出してしまおうだなんて。
出来 るわけがないのに。
当然 、窘 められるだろう。
彼は答えを待 たずに言い加 えた。
「分かってる ... ... 言ってみただけだ」
ところが逆に遮 られる。
「お前が私のことを、どう思っているかによるかもしれない」
ギクリ ... ...
どうして一々気不味 い思いをしてしまうのだろう。
「また俺か」
頷 く相手の肩 に突 っ伏 し、脱力 。
潔 く清聴 するとしようか。
そんなカーツェルを余所 に、反復 し述 べる。
フェレンスに躊躇 いの色はない。
「先も言ったが。つまり私は、お前の気持ちに応 えたい。
厳密 には、目的 を果 たすため力を尽 くす。
そうさせているのは紛 れもない ... カーツェル。お前だ。
私は、お前を愛している。
そして理屈 に行き詰 まる。
あらゆる意味で、どう形容 し理解 すべきか分 からない。
グウィンには尋 ねることすら出来なかった。
疑問 を抱 くにも至 らなかったので。
だから ... ... 」
手に手を重ねられたカーツェルは息急 く。
「だから、次はお前に答えてもらいたい。
教えて欲しい。カーツェル ... ... 」
「やめとけよ ... ... 」
「何故 ?」
「俺が狂 ったコト言いはじめないとも限 らねーだろうが」
「その時は私が捻 じ伏 せる」
「でも ... ... 」
「落ち着きなさい」
安心して。
答えるんだ。
フェレンスは言う。
「お前は、どうして私と共 に生きたいと思う?」
「俺が聞きたいんだよ!!」
肩 で蹲 るカーツェルの手は、意 に反 して平 を返 し。
指と指を絡 め、やがて強く爪 を立てた。
フェレンスが口を結 ぶのは、痛みを意識せぬよう歯を噛 み締 めているせい。
カーツェルは言う。
「自分の事なのに。
突 き詰 めて考えていくうち、頭が真っ白になって」
導線 が焼き切れてしまったかのように。
思考 が弾 けるのだ。
「お前と同じだフェレンス」
答えられないから。
聞けなかったのだ。
実例 は別 として。
孤高ノ民 。故国ノ番人 。
かつて帝国魔導師を務 めながら、異端ノ魔導師と囁 かれ恐 れられた。
フェレンスが。
話を聞き従 うどころか、望 みを叶 えてやると言っているのに。
剰 え、後述 に至 っては随分 と重い意味合いになる。
尽 くされるとはそういうこと。
上出来 なんてものではない。
度 を越 している。行き過 ぎだ。
つい先程 も言いかけたように。
フェレンスは案外 と、いや、至 って単純 で ... 純粋 。
だけど ... ... そんな風に意識しはじめたら、―― ニ ナッテ シマ ― ソウ。
すると弾 ける。
まるで、意識を断 つかのように。
このところは、いつもそう。
夢から覚 めた時と似 ている。
次には少しだけ気持ちが落ち着いているのだ。
「それに、昔って言うけどさ。
どうしてそんな話になったのか、お前、憶 えてる?」
フェレンスは黙 って首を左右に振 る。
はっきりと言葉にしないのは、何故 だろう。
「すまない。当時は、お前の話を聞き流すようにしていたせいだろうと思う」
詫 びるフェレンスは、また何か言いかけたような。
対 し彼の苛立 ちは、自身に向けられた。
「お前が謝 るコトじゃない。けど、さ ... ... 」
次第 に地を這 う声。
やがて吐 き出される憤 り。
「お前の記憶に残 るほど強く主張 した内容を、俺が憶 えてないのはおかしい」
彼の言葉は、核心 を突 いていた。
そこまで言うからには、何かしらの葛藤 があったはず。
それをまさか、忘れてしまうなんて。
この俺が? そんな、まさか ... ...
胸が締 め付けられる。
フェレンスと過 ごす時間。
当時は貴重 だったのだ。
そんな大事なことを、この俺が忘れるわけがない。
憶 えていないなんて、有 り得 ない。
「ローレシアとの思い出だってそうだ」
フェレンスは ハッ とする。
彼は何を言おうとしているのだろう。
「カーツェル?」
名を呼んでも、彼は応 えない。
ともだちにシェアしよう!