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第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅳ
その幻 は、あどけない少女の姿 をしていた。
混乱 を鎮 めなければ。
せっかく留 めた意識 が何処 かへ飛 んでいきそう。
追想 を重 ねる本人は、自身 に言い聞かせるばかり。
「俺は、ローレシアと約束 したんだ」
いずれは彼女を帝国、皇室 の檻 、柵 から救 い出すつもりだと。
何故 なら彼女は ... ...
「ローレシアは ... ... 」
「待ちなさい。カーツェル」
制止 するため席 を立ち、向 き直 ると。
幻 に囚 われる眼差 しが、フェレンスの後ろを駆 け抜 けるかのような影 を追 う。
気配 を確認 したが。勿論 、そこには何も無い。
彼は引き続き、思いを馳 せた。
フェレンスの話をする時、ローレシアは嬉 しそうに笑う。
ローレシアの話をする時、フェレンスはいつもより熱心 に聞いてくれる。
何故 なら。
ローレシアは、お前の味方 だから ... ...
すると思い出の中の彼女が繰 り返 した。
『そう、私はフェレンス様の味方 よ。
けれど、このことは秘密 にしておかなければいけないの』
事情 は耳打 ちで告 げられる。
『だから、カーツェル様は ... ね? お願い。
約束して? このことは誰にも言わないって。
フェレンス様のために ... ... ね?』
彼女に特別 な好意 を抱 いたのは、その時かもしれない。
然 して当時 の彼は、こう考えた。
フェレンスの味方である彼女を守らねば。生 かさねば。救 わねば。
そう。フェレンスの魔導兵 となるため、禁断ノ契約 を交 わす際 。
決定的な影響 を及 ぼしたのが彼女、ローレシアの存在 だったのだ。
彼女と、彼女の秘密 を守り。
約束 を果 たすため。
『 ならば ... ... 力をかそう ... ... 』
斯 くしてフェレンスは彼を受け入れる。
だか、おかしい。
違和感 を覚 え、我 に返 った。
すると目の前の主人 が、口を閉 ざし首を横に振 る。
何も言うなとの事 だろう。
けれども、納得 なんて出来 ない。
「だって。聞いてくれるって。話そうって、お前が ... ...」
「彼女のことについては、独自 に情報 を得 ている」
答えにもなっていない。
「それだって正確 とは限 らないよな?」
「それはそう。だが心配ない。手は打 ってあるので」
アレセルが当 たっている筋 の話をしているのだろうか。
「敵 になるかもしれない奴 の情報 なんか!」
「懸念 されるというだけ。策 はある」
「そんなの 当 てになんねーだろ!!」
「そう。根本 にある不安要素 は今も昔も変わらない!
私と関 わったがため常々懸 け引きされるのが、お前の命 なのだから!!」
始末 に負 えず、互 いが語気 を荒 げる。
隣 の部屋で眠 る幼子 のこと。
意識し、静 かな遣 り取 りを心掛 けていたのに。
肩 を揺 さぶられ、勢 いに押 されたのはカーツェルの方 だった。
フェレンスは更 に強く言う。
「真 に用済 みと見做 されぬよう、気を配 れと言っている!
彼女の秘密 を、そして約束 を守り抜 け ... ... !!」
明 かさぬ限 りは、生かされるためだ。
気を静 めるように深呼吸 し立ち直 った相手 の姿 に目を瞠 る。
カーツェルが気付かされたのは、ローレシアの真意 。
『フェレンス様のために ... ... 』
と言うのは、つまり。
秘密を守り、生きろということ。
彼女は知っていたのだろう。
カーツェルが生き存 えることこそ、フェレンスのためになるのだと。
与 えられた秘密は、それを可能 にするためのもの。
だがしかし。フェレンス本人にすら言ってはいけない理由 が分からない。
疑問 を抱 いた末 。
やがて思い至 る。
交 わした約束がフェレンスのためだなんて、当人 が知ったら。
きっとフェレンスは、俺を受け入れなかった ... ...
だとすると。
まさか ... ... 俺は、フェレンスに受け入れられたい一心で ... ...
思い込んだ。
いや、有 り得 ない。
無意識なんて。
そう都合 よくいくはずがない。
そもそもが契約 する以前の事だ。
グウィンの未練 さえ影響 しようがないのに。
息 が、できない。
地に足がつかない。
これ以上、考えてはいけない。
そんな気がする。
なのに回想 が止 まない。
フェレンスの話をする時、ローレシアは嬉 しそうに笑う。
ローレシアの話をする時、フェレンスはいつもより熱心 に聞いてくれる。
ローレシアは、フェレンスの味方 だから。
守らねば。生 かさねば。救 わねば。
彼女との秘密を、約束を守ろうとする俺のことなら、フェレンスは受け入れてくれるから ... ...
「いや ... 待 てよ。フェレンス」
それじゃまるで、俺が ... ... お前のことを、昔から ... ...
好 き 、 だ っ た 、 みたい ... ...
その時、受けた衝撃 は、
戦神 の撃 ち下 す雷 を彷彿 とさせた。
脳髄 を走る信号の紡 ぎを灼 き、痕跡 を断 つが如 く。
熱情 だけ、持 ち去 られていくのだ。
次 いで途切 れる意識。
より深刻 な自失 を招 き。
周辺 を見渡 す彼は、まるで抜 け殻 のよう。
ハッ ... と、浅 く息 を吸 い、状況 を飲み込む。
フェレンスの両手 が彼の頬 を包 み、やがて撫 で下ろした。
悲壮感 、漂 う。
しかし実 に愚 か。
傍聴者 の誰もが思った。
住処 として主従 に与 えた古家 の、ほぼ向かい。
水路 を挟 んだ集合住宅路 の物陰 に二人。
屋上 にも、また二人。
隠 れ潜 む計四名は呆 れ返 って、こう話す。
「あの二人 ... マジで未 だに、お互 い友人同士 なんて思ってんだよね?」
「あぁ、うん、たぶん」
ノシュウェルの元部下二人は物陰 から。
「多分 !?」
「てコトはだ。なぁ、おい。もしかして、あいつら馬鹿 なのか?」
諜報員 のエルジオ、そしてヴォルトは屋上 から。
それぞれ通信を交 わしていたところ。
「いや、えぇと。そーだなぁー ... ...」
それぞれ聞いて言葉を濁 したのはノシュウェルだった。
やや遠方 。吊 り展望 の片隅 にて。
額 に四つ指 。
冷 や汗 を拭 っていると。
「 馬 鹿 な の だ 」
唸 るようにして答える元上司 。
クロイツに明言 されると、ああ、仕方 がないんだなという気がしてくるので。
返す言葉も無い。
不思議 と皆 が黙 って聞いた。
「そればかりか出来 もしない情想 の裏打 ちを
友人に抛 つ人で無し め。 吐 き気 がする!!」
言い過 ぎじゃね ... ... ?
思っても言えない事情 あり。
クロイツの不機嫌 は今に始 まった事ではなかった。
それと言うのも、主従 の待機 期間中に遣 り取りした内容に由来 するのだが。
「でも、分 かる気がするなぁ」
などと呟 く猫被 りの発言を耳にし、それどころでは無くなった。
元部下のもう片方 が隣 で絶句 。
驚愕 の顔面芸をしている。
シにたいの ... ... ?
被 った猫 が脱 げそうな空気。
なのに。
いや、だって。
こんな茶番劇 を小一時間 、見守って。
クロイツは兎 も角 、同じくらいイライラしてそうなのお前じゃん!
という顔。顔。顔。顔。
実 はクロイツ以外 、皆 してた。
あくまでも驚 きをあらわす、顔芸。
これには、感傷的 猫被 りの猫、吹 っ飛ぶ。
「クソかよ! 全員、殴 りたくなるからやめろ!!」
〈 ドドォオォォォン ... !! ゴゴゴゴゴゴ ... ... 〉
ところが、その爆発音は彼等 が背 にする都 の中心部から聞こえた。
衝撃波 は上向 き。
相当 な距離 のため、遅 れ到達 する爆風 も緩 やか。
振 り返 るクロイツの髪 を、フワリ ... 靡 かせるに留 まる。
古都 の岩盤 を支 える石柱 の一部が、破壊 されたのだ。
クロイツの傍 でノシュウェルが思い返すのは、
情報共有 に纏 わるフェレンスとの遣 り取 り。
それらは全 て、暗号 により交 わされた。
とっくに気付いているとは思うが ... ...
まずは、この国。アイゼリアにおいて。
魔物 の存在 を確認 することは難 しいとの提議 に関 する。
返信には、こうあった。
確 かに。魔物 に絡 んだ相談 、依頼 は未 だに無い。
杜 を迂回 している時ですら気配 を感じなかった。
現地民の見方 によると。
土地を侵蝕 する杜 の毒 にやられてしまうのだとか。
あらゆる物質 を溶錬 する機能 を有 した何かが、石ノ杜 を形成 している。
その地下茎 らしきは、放射性元素 に基 づく毒性の強い鉱物 から成 るとも予測 されていた。
予測に留 まる理由は、言うまでもなく。
それら強毒に耐 えうる術 を持った技術者、錬金術師 、魔導師 が存在しないため。
杜 の謎 を解 く手掛 かりは、
諜報員 をはじめとするアイゼリアの民が、説明に持ち込む言い伝 えのみ。
心を病 んだ者、死が近い者は皆 、忽然 と姿を消すらしいのだ。
そのため、この国には墓地 が無い。
策略 、陰謀 によるものではないのか。
当然 、誰しも考えるものの。
〈 杜 に ... 呼 ばれるんですよ 〉
とのこと。現実的な見解 を引き出すには至 らず。堂々巡 り。
けれども遣 り取 りする両者 にとっては、十分 とも言える。
心を病 んだ者、死が近い者は皆 ... ...
杜 に、呼ばれる ... ...
要 するに、待 てばいい。
異端ノ魔導師の下僕 を餌 にして。
クロイツからの要望 だった。
『 ククク ... あの化け物 も、さぞや欲求不満 を溜 めていることだろうからな』
ほんの数日前。クロイツがそう漏 らしていたのを彼等 は聞いている。
だがしかし、フェレンスに対 しては話を聞いてやれとしか伝 えていない。
『あの男が真摯 になればなるほど。
あの化け物 は堕 ちていく。
何故 なのかは知らんがな。
いずれ暴 いてやるとしよう。
今はまず、アレセルへの手土産 を用意 せねばならぬのだ』
嘲笑 の交 じる口振 り。
敵 に回 さずに済 んで良かった。
そう心の底 から思ったのは、諜報員 ばかりとも限 らない。
次 に評議 された内容は、カーツェルの不振 に纏 わる。
元 より疑問視 されていた。
禁断ノ法 による錬縋 を受け、魔物 同等 の才覚 、
並 びに強靭 な肉体を得 る亡国 の精鋭 。
魔導兵ともあろう者が、杜 の呼 び声に反応すらしないとは奇妙 だと。
しかしそれには杜 、特有 の毒 が影響 しているとの事。
身体器官 の機能 を超 え、発達 した組織のみ麻痺 させるというのだ。
当国の覇権 を握 る側 にとって異端ノ魔導師は、杜 を焼き払 い兼 ねない火、そのもの。
操 れるようになるまでは、下僕 だけでも封 じておきたいという理由 。
だが、その程度 の推測 など容易 。
まだ裏 があるというのが、暗号 を交 わした双方 の見解 である。
差 し当たって、まずクロイツが目を付けたのは。
フェレンスのもとへ通 い詰 めていた ... あの老人 。
「この老耄 が色 への執着 に寓 け、
しつこかったのは、血を嗅 ぎ分ける魔導兵の衰 えを巡察 するため」
その言葉には、アイゼリア王太子 、ウルクアの見立 ても含 まれていた。
すると足元に目を向けるノシュウェル。
視線の先には、クロイツによってタコ殴 り、
ならぬタコ蹴 りされた老人、かと思いきや。
変装 を破 られ素顔 を晒 す、比較的 高年層の男が。
数本、歯を欠 き、顔面血塗 れの状態 で気を失 っている。
実 は、少し前に捕 らえ尋問済 みだったのだ。
「ウルクアを付け狙 う王党派 の一人が、勝手 に口を滑 らせたぞ」
居合 わせた者は皆 、思う。
よく言うなぁ ... ...
尋問中 のクロイツは目を見開 き、こう語 った。
『口を割 らずに済むような対価 どころか!
交渉術 さえ持ち合わせぬ有様 で!
偵察 に駆 り出される者など!
構成員同士 で足を引っ張り合う卑怯者 と!
相場 が決まっているのだ!
口を割 ったところで! 上層の都合 など! 知るものか!!』
要 するに、役立 たずはこうなるってわけね ... ...
言葉尻 に一々蹴 り込む姿は狂人的 。
あれで、よく死ななかったなと考えれば。
そこそこ加減 はしていたのかな?
全然 、そうは見えなかったけど。
クロイツが苛立 つのも無理 はない。
時が、差 し迫 っていた。
「つまり、貴様 は杜ノ王 から直々 に招 かれたのだ。行け ... ... 」
フェレンスは話を聞き入れ、やがて立ち返 る。
窓 から見通す先 には、吊 り展望 、クロイツと、そして ... 爆撃 を受けた中心部に立つ煙 。
自失 したままのカーツェルは、何処 を見ているのかも分からない。
それでいて主人 の言動 には反応 するのだから、不思議 。
席 を立ち寄 り添 う気配 を感じながら、フェレンスは言った。
「お前は ... 待 っている間 、有志 から事情 を聞いておきなさい」
ところが、聞かせている相手 は扉 の向 こう側 に居 る。
「チェシャ。カーツェルを頼 んだ」
息 を飲 んだのは、声を掛 けられた当 の幼子 。
開けた扉 の隙間 から、中の様子を覗 き見していたらしい。
いつの間 に起 きて来たのだろう。
先頃 の大声を聞きつけたに違 いないが。
察 し、頷 いたところ。
丁度 、駆 けつけるエルジオ。
チェシャにとっては初対面 の相手だ。
けれども一先 ず部屋の中を差 した指を、口の前に立て添 えた様子から。
フェレンスと通じる者と知って駆 け寄 る。
ところが、ここに来て猛烈 な寒気 に襲 われ。
二人は同時に青褪 めた。
足元を漂 う冷気 。
床 に霜 が降 りた瞬間。
危機感 を覚 え、即座 に対応 すべく。
予 め渡 されていたらしい盾ノ印符 を切ったのは、エルジオだった。
彼ノ下僕 が察知 したのは、主人の出征 。
そこにあるのは兵 としての本能 のみ。
古家 の周辺 には霧 が生 じている。
異変 の兆 しを遠目 に見ながら。
クロイツはフェレンスに、こう問 いかけた。
「鼻 が利 かなくなった従僕 が、付いて行ったところで足手纏 なのは分かる。
が、その化け物 ... ... 貴様 の言うことを大人しく聞いた事が、一度でもあるのか?」
主人の前に立つカーツェルは、部屋の壁 に向 かい手を翳 す。
放 たれたのは、冥府ノ焔 。
極低温 を浴 びた一面 が、バキバキ と音を立て内 へ歪 む様 を見ながら。
フェレンスは手短 に答えた。
「無いな ... ... 」
そう。繰 り返 しになるが。
ここぞという肝心 な時に限 る話。
彼、カーツェルがフェレンスの言うことを大人しく聞いた事など、ただの一度たりとも無いのだ。
追 って叩 き込まれたのは氷波 の一撃 。
薙 ぎ払 われた壁 の残骸 が塵 のように降 る中。
先陣 を切ろうと更 に踏 み込むカーツェルの背後 に佇 み、
やや俯 くフェレンスの表情 は苦 しげ。
一同 は思う。
ふむふむ。そうですか。なんてね。
「 ふ ざ け る な !!」
対 して、真っ先 に不満 をぶちまけたのはクロイツである。
ほんと、それ ... ... !!
皆 が同意 するのも当然 。
このところ、ずっと苛立 っていたクロイツの
八 つ当たりを受けてきたのは、ノシュウェルだけではないのに。
ここに来て、そのイライラを最高潮 まで爆上 げするなど、何たる非道 。
元 はと言えば。
遣 り取 りを重 ねるうち、交 わされた密約 が原因 。
それは、フェレンスの持 ち掛 けによるものだった。
ある日、送られた暗号 を読 み解 いたところ。
クロイツは不敵 に笑う。
内容は主に、カーツェルの状態 に触 れるもの。
冒頭 にはこうあった。
『彼を今、杜 に近づけるわけにはいかない』
要約 すれば。
接触 してきた紳士 を含 む王党派 の動きは、
どう見ても魔導兵の心的不調 を狙 い、画策 されたとしか思えないとの事。
まあ、分かる。
末尾 には協力 を見越 し、条件 が記 されていた。
『杜 に呼ばれるのは、心 を失 いかけている者。
そうと知りながら。それでもカーツェルを囮 にしようと言うなら、どうか ...
心を乱 した彼を止 めて欲 しい。
彼の相談役 になって欲しい。
それが、私からの条件。
その代 わり。
今後、私が得 る情報の一切 を ... あなたにだけ知らせると約束 しよう』
なるほど。クロイツが笑うわけだ。
『 ククク ... クク ... 勝 った。
この駆 け引き、帝国の奴等 に勝ったぞ』
しかし何だ。
一旦 、興奮 を抑 えてだ。
冷静 に考えてみると。
物凄 く、えげつない事を言われているように感じる。
相談役、だと ... ... ?
寄 りにも寄って、馬鹿 だの化け物 だの。
常日頃 カーツェルを嫌悪 し、罵 っているクロイツに。
何故 、頼 む。
考えが全 く読めない。
どこまで外道 なのかと言いたい。
周 りからすれば、とんだとばっちりである。
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