55 / 61

第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅳ

      その(まぼろし)は、あどけない少女の姿(すがた)をしていた。 混乱(こんらん)(しず)めなければ。 せっかく(とど)めた意識(いしき)何処(どこ)かへ()んでいきそう。 追想(ついそう)(かさ)ねる本人は、自身(じしん)に言い聞かせるばかり。 「俺は、ローレシアと約束(やくそく)したんだ」 いずれは彼女を帝国、皇室(おうしつ)(おり)(しがらみ)から(すく)い出すつもりだと。 何故(なぜ)なら彼女は ... ... 「ローレシアは ... ... 」 「待ちなさい。カーツェル」 制止(せいし)するため(せき)を立ち、()(なお)ると。 (まぼろし)(とら)われる眼差(まなざ)しが、フェレンスの後ろを()()けるかのような(かげ)()う。 気配(けはい)確認(かくにん)したが。勿論(もちろん)、そこには何も無い。 彼は引き続き、思いを()せた。 フェレンスの話をする時、ローレシアは(うれ)しそうに笑う。 ローレシアの話をする時、フェレンスはいつもより熱心(ねっしん)に聞いてくれる。 何故(なぜ)なら。 ローレシアは、お前の味方(みかた)だから ... ... すると思い出の中の彼女が()(かえ)した。 『そう、私はフェレンス様の味方(みかた)よ。  けれど、このことは秘密(ひみつ)にしておかなければいけないの』 事情(じじょう)耳打(みみう)ちで()げられる。 『だから、カーツェル様は ... ね? お願い。  約束して? このことは誰にも言わないって。  フェレンス様のために ... ... ね?』 彼女に特別(とくべつ)好意(こうい)(いだ)いたのは、その時かもしれない。 ()して当時(とうじ)の彼は、こう考えた。 フェレンスの味方である彼女を守らねば。()かさねば。(すく)わねば。 そう。フェレンスの魔導兵(まどうへい)となるため、禁断ノ契約(きんだんのけいやく)()わす(さい)。 決定的な影響(えいきょう)(およ)ぼしたのが彼女、ローレシアの存在(そんざい)だったのだ。 彼女と、彼女の秘密(ひみつ)を守り。 約束(やくそく)()たすため。 『 ならば ... ... 力をかそう ... ... 』 ()くしてフェレンスは彼を受け入れる。 だか、おかしい。 違和感(いわかん)(おぼ)え、(われ)(かえ)った。 すると目の前の主人(しゅじん)が、口を(くち)ざし首を横に()る。 何も言うなとの(こと)だろう。 けれども、納得(なっとく)なんて出来(でき)ない。 「だって。聞いてくれるって。話そうって、お前が ... ...」 「彼女のことについては、独自(どくじ)情報(じょうほう)()ている」 答えにもなっていない。 「それだって正確(せいかく)とは(かぎ)らないよな?」 「それはそう。だが心配ない。手は()ってあるので」 アレセルが()たっている(すじ)の話をしているのだろうか。 「(てき)になるかもしれない(やつ)情報(じょうほう)なんか!」 「懸念(けねん)されるというだけ。(さく)はある」 「そんなの ()てになんねーだろ!!」 「そう。根本(こんぽん)にある不安要素(ふあんようそ)は今も昔も変わらない!  私と(かか)わったがため常々懸(つねづね か)け引きされるのが、お前の(いのち)なのだから!!」 始末(しまつ)()えず、(たが)いが語気(ごき)(あら)げる。 (となり)の部屋で(ねむ)幼子(おさなご)のこと。 意識し、(しず)かな()()りを心掛(こころが)けていたのに。 (かた)()さぶられ、(いき)いに()されたのはカーツェルの(ほう)だった。 フェレンスは(さら)に強く言う。 「(しん)用済(ようずみ)みと見做(みな)されぬよう、気を(くば)れと言っている!  彼女の秘密(ひみつ)を、そして約束(やくそく)を守り()け ... ... !!」 (あか)かさぬ(かぎ)りは、生かされるためだ。 気を(しず)めるように深呼吸(しんこきゅう)し立ち(なお)った相手(あいて)姿(すがた)に目を(みは)る。 カーツェルが気付かされたのは、ローレシアの真意(しんい)。 『フェレンス様のために ... ... 』 と言うのは、つまり。 秘密を守り、生きろということ。 彼女は知っていたのだろう。 カーツェルが生き(ながら)えることこそ、フェレンスのためになるのだと。 (あた)えられた秘密は、それを可能(かのう)にするためのもの。 だがしかし。フェレンス本人にすら言ってはいけない理由(りゆう)が分からない。 疑問(ぎもん)(いだ)いた(すえ)。 やがて思い(いた)る。 ()わした約束がフェレンスのためだなんて、当人(とうにん)が知ったら。 きっとフェレンスは、俺を受け入れなかった ... ... だとすると。 まさか ... ... 俺は、フェレンスに受け入れられたい一心で ... ... 思い込んだ。 いや、()()ない。 無意識なんて。 そう都合(つごう)よくいくはずがない。 そもそもが契約(けいやく)する以前の事だ。 グウィンの未練(みれん)さえ影響(えいきょう)しようがないのに。 (いき)が、できない。 地に足がつかない。 これ以上、考えてはいけない。 そんな気がする。 なのに回想(かいそう)()まない。 フェレンスの話をする時、ローレシアは(うれ)しそうに笑う。 ローレシアの話をする時、フェレンスはいつもより熱心(ねっしん)に聞いてくれる。 ローレシアは、フェレンスの味方(みかた)だから。 守らねば。()かさねば。(すく)わねば。 彼女との秘密を、約束を守ろうとする俺のことなら、フェレンスは受け入れてくれるから ... ... 「いや ... ()てよ。フェレンス」 それじゃまるで、俺が ... ... お前のことを、昔から ... ... 好 き 、 だ っ た 、 みたい ... ... その時、受けた衝撃(しょうげき)は、 戦神(せんしん)()(おろ)(いかずち)彷彿(ほうふつ)とさせた。 脳髄(のうずい)を走る信号の(つむ)ぎを()き、痕跡(こんせき)()つが()く。 熱情(ねつじょう)だけ、()()られていくのだ。 ()いで途切(とぎ)れる意識。 より深刻(しんこく)自失(じしつ)(まね)き。 周辺(しゅうへん)見渡(みわた)す彼は、まるで()(がら)のよう。 ハッ ... と、(あさ)(いき)()い、状況(じょうきょう)を飲み込む。 フェレンスの両手(りょうて)が彼の(ほほ)(つつ)み、やがて()で下ろした。 悲壮感(ひそうかん)(ただよ)う。 しかし(じつ)(おろ)か。 傍聴者(ぼうちょうしゃ)の誰もが思った。 住処(すみか)として主従(しゅじゅう)(あた)えた古家(こや)の、ほぼ向かい。 水路(すいろ)(はさ)んだ集合住宅路(しゅうごうじゅうたくろ)物陰(ものかげ)に二人。 屋上(おくじょう)にも、また二人。 (かく)(ひそ)む計四名は(あき)(かえ)って、こう話す。 「あの二人 ... マジで(いま)だに、お(たが)い友人同士(どうし)なんて思ってんだよね?」 「あぁ、うん、たぶん」 ノシュウェルの元部下二人は物陰(ものかげ)から。 「多分(たぶん)!?」 「てコトはだ。なぁ、おい。もしかして、あいつら馬鹿(ばか)なのか?」 諜報員(ちょうほういん)のエルジオ、そしてヴォルトは屋上(おくじょう)から。 それぞれ通信を()わしていたところ。 「いや、えぇと。そーだなぁー ... ...」 それぞれ聞いて言葉を(にご)したのはノシュウェルだった。 やや遠方(えんぽう)()展望(てんぼう)片隅(かたすみ)にて。 (ひたい)四つ指(よつゆび)()(あせ)(ぬぐ)っていると。 「 馬 鹿( ば か ) な の だ 」 (うな)るようにして答える元上司(もとじょうし)。 クロイツに明言(めいげん)されると、ああ、仕方(しかた)がないんだなという気がしてくるので。 返す言葉も無い。 不思議(ふしぎ)(みな)(だま)って聞いた。 「そればかりか出来(でき)もしない情想(じょうそう)裏打(うらう)ちを  友人に(なげう)人で無し(ヒトデナシ)め。 ()()がする!!」 言い()ぎじゃね ... ... ? 思っても言えない事情(じじょう)あり。 クロイツの不機嫌(ふきげん)は今に(はじ)まった事ではなかった。 それと言うのも、主従(しゅじゅう)待機(たいき)期間中に()り取りした内容に由来(ゆらい)するのだが。 「でも、()かる気がするなぁ」 などと(つぶや)猫被(ねこかぶ)りの発言を耳にし、それどころでは無くなった。 元部下のもう片方(かたほう)(となり)絶句(ぜっく)驚愕(きょうがく)の顔面芸をしている。 シにたいの ... ... ? (かぶ)った(ねこ)()げそうな空気。 なのに。 いや、だって。 こんな茶番劇(ちゃばんげき)小一時間(こいちじかん)、見守って。 クロイツは()(かく)、同じくらいイライラしてそうなのお前じゃん! という顔。顔。顔。顔。 (じつ)はクロイツ以外(いがい)(みな)してた。 あくまでも(おどろ)きをあらわす、顔芸。 これには、感傷的(センチメンタル)猫被(ねこかぶ)りの猫、()っ飛ぶ。 「クソかよ! 全員、(なぐ)りたくなるからやめろ!!」 〈 ドドォオォォォン ... !! ゴゴゴゴゴゴ ... ... 〉 ところが、その爆発音は彼等(かれら)()にする(みやこ)の中心部から聞こえた。 衝撃波(しょうげきは)上向(うわむ)き。 相当(そうとう)距離(きょり)のため、(おく)到達(とうたつ)する爆風(ばくふう)(ゆる)やか。 ()(かえ)るクロイツの(かみ)を、フワリ ... (なび)かせるに(とど)まる。 古都(こと)岩盤(がんばん)(ささ)える石柱(せきちゅう)の一部が、破壊(はかい)されたのだ。 クロイツの(そば)でノシュウェルが思い返すのは、 情報共有(じょうほうきょうゆう)(まつ)わるフェレンスとの()()り。 それらは(すべ)て、暗号(あんごう)により()わされた。 とっくに気付いているとは思うが ... ... まずは、この国。アイゼリアにおいて。 魔物(キメラ)存在(そんざい)確認(かくにん)することは(むずか)しいとの提議(ていぎ)(かん)する。 返信には、こうあった。 (たし)かに。魔物(キメラ)(から)んだ相談(そうだん)依頼(いらい)(いま)だに無い。 (もり)迂回(うかい)している時ですら気配(けはい)を感じなかった。 現地民の見方(みかた)によると。 土地を侵蝕(しんしょく)する(もり)(どく)にやられてしまうのだとか。 あらゆる物質(ぶっしつ)溶錬(ようれん)する機能(きのう)(ゆう)した何かが、石ノ杜(いしのもり)形成(けいせい)している。 その地下茎(ちかけい)らしきは、放射性元素(ほうしゃせいげんそ)(もと)づく毒性の強い鉱物(ミネラル)から()るとも予測(よそく)されていた。 予測に(とど)まる理由は、言うまでもなく。 それら強毒に()えうる(すべ)を持った技術者、錬金術師(れんきんじゅつし)魔導師(まどうし)が存在しないため。 (もり)(なぞ)()手掛(てが)かりは、 諜報員(ちょうほういん)をはじめとするアイゼリアの民が、説明に持ち込む言い(つた)えのみ。 心を()んだ者、死が近い者は(みな)忽然(こつぜん)と姿を消すらしいのだ。 そのため、この国には墓地(ぼち)が無い。 策略(さくりゃく)陰謀(いんぼう)によるものではないのか。 当然(とうぜん)、誰しも考えるものの。 〈 (もり)に ... ()ばれるんですよ 〉 とのこと。現実的な見解(けんかい)を引き出すには(いた)らず。堂々巡(どうどうめぐ)り。 けれども()()りする両者(りょうしゃ)にとっては、十分(じゅうぶん)とも言える。 心を()んだ者、死が近い者は(みな) ... ... (もり)に、呼ばれる ... ... (よう)するに、()てばいい。 異端ノ魔導師の下僕(しもべ)(えさ)にして。 クロイツからの要望(ようぼう)だった。 『 ククク ... あの化け物(バケモノ)も、さぞや欲求不満(よっきゅうふまん)()めていることだろうからな』 ほんの数日前。クロイツがそう()らしていたのを彼等(かれら)は聞いている。 だがしかし、フェレンスに(たい)しては話を聞いてやれとしか(つた)えていない。 『あの男が真摯(しんし)になればなるほど。  あの化け物(バケモノ)()ちていく。  何故(なぜ)なのかは知らんがな。  いずれ(あば)いてやるとしよう。  今はまず、アレセルへの手土産(てみやげ)用意(ようい)せねばならぬのだ』 嘲笑(ちょうしょう)()じる口振(くちりぶ)り。 (てき)(まわ)さずに()んで良かった。 そう心の(そこ)から思ったのは、諜報員(ちょうほういん)ばかりとも(かぎ)らない。 (つぎ)評議(ひょうぎ)された内容は、カーツェルの不振(ふしん)(まつ)わる。 (もと)より疑問視(ぎもんし)されていた。 禁断ノ法(きんだんのほう)による錬縋(れんつい)を受け、魔物(キメラ)同等(どうとう)才覚(さいかく)(なら)びに強靭(きょうじん)な肉体を()亡国(ぼうこく)精鋭(せいえい)。 魔導兵ともあろう者が、(もり)()び声に反応すらしないとは奇妙(きみょう)だと。 しかしそれには(もり)特有(とくゆう)(どく)影響(えいきょう)しているとの事。 身体器官(しんたいきかん)機能(きのう)()え、発達(はったつ)した組織のみ麻痺(まひ)させるというのだ。 当国の覇権(はけん)(にぎ)(がわ)にとって異端ノ魔導師は、(もり)を焼き(はら)()ねない火、そのもの。 (あやつ)れるようになるまでは、下僕(しもべ)だけでも(ふう)じておきたいという理由(わけ)。 だが、その程度(ていど)推測(すいそく)など容易(ようい)。 まだ(うら)があるというのが、暗号(あんごう)()わした双方(そうほう)見解(けんかい)である。 ()し当たって、まずクロイツが目を付けたのは。 フェレンスのもとへ(かよ)()めていた ... あの老人(ろうじん)。 「この老耄(おいぼれ)(いろ)への執着(しゅうちゃく)(かこつ)け、  しつこかったのは、血を()ぎ分ける魔導兵の(おとろ)えを巡察(じゅんさつ)するため」 その言葉には、アイゼリア王太子(おうたいし)、ウルクアの見立(みたて)ても(ふく)まれていた。 すると足元に目を向けるノシュウェル。 視線の先には、クロイツによってタコ(なぐ)り、 ならぬタコ()りされた老人、かと思いきや。 変装(へんそう)(やぶ)られ素顔(すがお)(さら)す、比較的(ひかくてき)高年層の男が。 数本、歯を()き、顔面血塗(ちまみ)れの状態(じょうたい)で気を(うしな)っている。 (じつ)は、少し前に()らえ尋問済(じんもんず)みだったのだ。 「ウルクアを付け(ねら)王党派(おうとうは)の一人が、勝手(かって)に口を(すべ)らせたぞ」 居合(いあ)わせた者は(みな)、思う。 よく言うなぁ ... ... 尋問中(じんもんちゅう)のクロイツは目を見開(みひら)き、こう(かた)った。 『口を()らずに済むような対価(たいか)どころか!  交渉術(こうしょうじゅつ)さえ持ち合わせぬ有様(ありさま)で!  偵察(ていさつ)()り出される者など!  構成員同士(こうせいいんどうし)で足を引っ張り合う卑怯者(ひきょうもの)と!  相場(そうば)が決まっているのだ!  口を()ったところで! 上層の都合(つごう)など! 知るものか!!』 (よう)するに、役立(たた)たずはこうなるってわけね ... ... 言葉尻(ことばじり)一々蹴(いちいち け)り込む姿は狂人的(きょうじんてき)。 あれで、よく死ななかったなと考えれば。 そこそこ加減(かげん)はしていたのかな? 全然(ぜんぜん)、そうは見えなかったけど。 クロイツが苛立(いらだ)つのも無理(むり)はない。 時が、()(せま)っていた。 「つまり、貴様(きさま)杜ノ王(もりのおう)から直々(じきじき)(まね)かれたのだ。行け ... ... 」 フェレンスは話を聞き入れ、やがて立ち(かえ)る。 (まど)から見通す(さき)には、()展望(てんぼう)、クロイツと、そして ... 爆撃(ばくげき)を受けた中心部に立つ(けむり)自失(じしつ)したままのカーツェルは、何処(どこ)を見ているのかも分からない。 それでいて主人(しゅじん)言動(げんどう)には反応(はんのう)するのだから、不思議(ふしぎ)(せき)を立ち()()気配(けはい)を感じながら、フェレンスは言った。 「お前は ... ()っている(あいだ)有志(ゆうし)から事情(じじょう)を聞いておきなさい」 ところが、聞かせている相手(あいて)(とびら)()こう(がわ)()る。 「チェシャ。カーツェルを(たの)んだ」 (いき)()んだのは、声を()けられた(とう)幼子(おさなご)。 開けた(とびら)隙間(すきま)から、中の様子を(のぞ)き見していたらしい。 いつの()()きて来たのだろう。 先頃(さきごろ)の大声を聞きつけたに(ちが)いないが。 (さっ)し、(うなづ)いたところ。 丁度(ちょうど)()けつけるエルジオ。 チェシャにとっては初対面(しょたいめん)の相手だ。 けれども一先(ひとま)ず部屋の中を()した指を、口の前に立て()えた様子から。 フェレンスと通じる者と知って()()る。 ところが、ここに来て猛烈(もうれつ)寒気(さむけ)(おそ)われ。 二人は同時に青褪(あおざ)めた。 足元を(ただよ)冷気(れいき)(ゆか)(しも)()りた瞬間。 危機感(ききかん)(おぼ)え、即座(そくざ)対応(たいおう)すべく。 (あらかじ)(わた)されていたらしい盾ノ印符(たてのいんふ)を切ったのは、エルジオだった。 彼ノ下僕(かのしもべ)察知(さっち)したのは、主人の出征(しゅっせい)。 そこにあるのは(へい)としての本能(ほんのう)のみ。 古家(こや)周辺(しゅうへん)には(きり)(しょう)じている。 異変(いへん)(きざ)しを遠目(とおめ)に見ながら。 クロイツはフェレンスに、こう()いかけた。 「(はな)()かなくなった従僕(じゅうぼく)が、付いて行ったところで足手纏(あしでまとい)なのは分かる。  が、その化け物(バケモノ) ... ... 貴様(きさま)の言うことを大人しく聞いた事が、一度でもあるのか?」 主人の前に立つカーツェルは、部屋の(かべ)()かい手を(かざ)す。 (はな)たれたのは、冥府ノ焔(めいふのほのお)極低温(きょくていおん)()びた一面(いちめん)が、バキバキ と音を立て(うち)(ゆがみ)(さま)を見ながら。 フェレンスは手短(てみじか)に答えた。 「無いな ... ... 」 そう。()(かえ)しになるが。 ここぞという肝心(かんじん)な時に(かぎ)る話。 彼、カーツェルがフェレンスの言うことを大人しく聞いた事など、ただの一度たりとも無いのだ。 ()って(たた)き込まれたのは氷波(ひょうは)一撃(いちげき)()(はら)われた(かべ)残骸(ざんがい)(ちり)のように()る中。 先陣(せんじん)を切ろうと(さら)()み込むカーツェルの背後(はいご)(たたず)み、 やや(うつむ)くフェレンスの表情(ひょうじょう)(くる)しげ。 一同(いちどう)は思う。 ふむふむ。そうですか。なんてね。 「 ふ ざ け る な !!」 (たい)して、真っ先(まっさき)不満(ふまん)をぶちまけたのはクロイツである。 ほんと、それ ... ... !! (みな)同意(どうい)するのも当然(とうぜん)。 このところ、ずっと苛立(いらだ)っていたクロイツの ()つ当たりを受けてきたのは、ノシュウェルだけではないのに。 ここに来て、そのイライラを最高潮(さいこうちょう)まで爆上(ばくあ)げするなど、何たる非道(ひどう)(もと)はと言えば。 ()()りを(かさ)ねるうち、()わされた密約(みつやく)原因(げんいん)。 それは、フェレンスの()()けによるものだった。 ある日、送られた暗号(あんごう)(よみ)()いたところ。 クロイツは不敵(ふてき)に笑う。 内容は主に、カーツェルの状態(じょうたい)()れるもの。 冒頭(ぼうとう)にはこうあった。 『彼を今、(もり)に近づけるわけにはいかない』 要約(ようやく)すれば。 接触(せっしょく)してきた紳士(しんし)(ふく)王党派(おうとうは)の動きは、 どう見ても魔導兵の心的不調(しんてきふちょう)(ねら)い、画策(かくさく)されたとしか思えないとの事。 まあ、分かる。 末尾(まつび)には協力(きょうりょく)見越(みこ)し、条件(じょうけん)(しる)されていた。 『(もり)に呼ばれるのは、(こころ)(うしな)いかけている者。  そうと知りながら。それでもカーツェルを(おとり)にしようと言うなら、どうか ...  心を(みだ)した彼を()めて()しい。  彼の相談役(そうだんやく)になって欲しい。  それが、私からの条件。  その()わり。  今後、私が()る情報の一切(いっさい)を ... あなたにだけ知らせると約束(やくそく)しよう』 なるほど。クロイツが笑うわけだ。 『 ククク ... クク ... ()った。  この()け引き、帝国の奴等(やつら)に勝ったぞ』 しかし何だ。 一旦(いったん)興奮(こうふん)(おさ)えてだ。 冷静(れいせい)に考えてみると。 物凄(ものすご)く、えげつない事を言われているように感じる。 相談役、だと ... ... ? ()りにも寄って、馬鹿(ばか)だの化け物(バケモノ)だの。 常日頃(つねひごろ)カーツェルを嫌悪(けんお)し、(ののし)っているクロイツに。 何故(なぜ)(たの)む。 考えが(まった)く読めない。 どこまで外道(げどう)なのかと言いたい。 (まわ)りからすれば、とんだとばっちりである。      

ともだちにシェアしよう!