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【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】 第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅶ | 嵩都 靖一朗の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】
第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅶ
作者:
嵩都 靖一朗
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58 / 61
第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅶ
厚
(
あつい
)
い
雲
(
くも
)
を
貫
(
つらぬ
)
いたのは、
月灯
(
つきあかり
)
を
導
(
みちび
)
く
秋風
(
しゅうふう
)
。
竜巻
(
たつまき
)
の
対現象
(
ついげんしょう
)
たる
下降気流
(
かこうきりゅう
)
は、
晴夜
(
せいや
)
を切り
開
(
ひら
)
き。
移動中
(
いどうちゅう
)
だった人々の多くが、
強風
(
きょうふう
)
を
避
(
さ
)
け
屋内
(
おくない
)
へと
駆
(
か
)
け
込
(
こ
)
んだ。
山岳
(
さんがく
)
の
峰
(
みね
)
に
寄
(
よ
)
り
集
(
あつ
)
まる
雲
(
くも
)
はやがて、
国境
(
こっきょう
)
に雪を
降
(
ふ
)
らせるだろう。
片
(
かた
)
や
都
(
みやこ
)
の
礎
(
いしずえ
)
となる
岩盤層
(
がんばんそう
)
、
直下
(
ちょっか
)
にて。
戦線
(
せんせん
)
を
張
(
は
)
るアイゼリアの
兵士達
(
へいしたち
)
が
捕捉
(
ほそく
)
したのは、どす黒く肉々しい何か。
全貌
(
ぜんぼう
)
を
捉
(
とら
)
えきれず、
実態
(
じったい
)
こそ
不明確
(
ふめいかく
)
だが。
石塔
(
せきとう
)
に根を
張
(
は
)
る巨大樹の
梢
(
こずえ
)
に見え
隠
(
かく
)
れするそれは、 ズルズル と
部分的
(
ぶぶんてき
)
、
浮
(
う
)
き
沈
(
しず
)
みを
繰
(
く
)
り
返
(
かえ
)
す。
触手
(
しょくしゅ
)
のよう。
何処
(
どこ
)
からともなく聞こえてくる
息吹
(
いぶき
)
は
唸
(
うな
)
り声にも
似
(
に
)
て。 とある兵士は
大気質
(
たいきしつ
)
の
検知
(
けんち
)
を
試
(
こころ
)
みた。 そして
挙手
(
きょしゅ
)
。 彼は一言で結果を
周知
(
しゅうち
)
する。 「
沼気
(
メタン
)
です」 発生源は言うまでもない。
対象
(
たいしょう
)
を
見張
(
みは
)
る兵士の一人が言った。 「となると ...
迂闊
(
うかつ
)
に
火器
(
かき
)
は使えんな」 可燃性
瓦斯
(
ガス
)
単体に爆発性は無い。 注意すべきは
燃焼範囲
(
ねんしょうはんい
)
と
火源
(
かげん
)
のほう。
要
(
よう
)
するに、酸素を
孕
(
はら
)
んだ
当周辺
(
とうしゅうへん
)
こそ
危機的
(
ききてき
)
という事だが。
都
(
みやこ
)
に吹く風は、
彼等
(
かれら
)
に
味方
(
みかた
)
している。
先頃
(
さきごろ
)
の
損害
(
そんがい
)
を
差
(
さ
)
し引いても。 人命被害に
至
(
いた
)
ってはいないだけ、
追
(
お
)
い風に
救
(
すく
)
われている気分だ。 そんな
彼等
(
かれら
)
のもとへと。
吹
(
ふ
)
き下ろす気流をまとめあげ、送り込んでいたのは
彼
(
か
)
ノ魔導師である。
携
(
たずさ
)
えた
杖
(
つえ
)
を
振
(
ふ
)
り下ろし、
腕
(
うで
)
と
肩
(
かた
)
を
軸
(
じく
)
に
回
(
また
)
した
等身
(
とうしん
)
を
絡
(
から
)
め取るように、左から右へ。 また、同時に
描
(
えが
)
かれる大小様々な魔法陣は、
蒼
(
あお
)
き光を
宿
(
やど
)
す
印
(
いん
)
により
紡
(
つむ
)
がれた。
次
(
つ
)
いで前方を
指
(
さ
)
し
示
(
しめ
)
すと。 波打つ大気が
暴風
(
ぼうふう
)
となって、城下街を、人々の背後を押し通る。 大人の体が浮きかける
風圧
(
ふうあつ
)
。 中には前のめりに吹き飛ばされ、人々の足元を転がる子供もいた。 しかし誰かしらが受け止め、
共
(
とも
)
に
避難
(
ひなん
)
している様子。 そんな
状況
(
じょうきょう
)
にあっても。 期待の
覡
(
かんなぎ
)
を見上げる若者の
瞳
(
ひとみ
)
は
憧
(
あこが
)
れに
満
(
み
)
ちて、キラキラ と
輝
(
かがや
)
いているのだから。
見届
(
みとど
)
け
役
(
やく
)
としては
複雑
(
ふくざつ
)
な
心境
(
しんきょう
)
である。 若者から視線を
逸
(
そ
)
らすヴォルトの表情は
暗
(
くら
)
い。
何故
(
なぜ
)
だろう ... ... その時、
何処
(
どこ
)
かで、誰かが思った。 このところの
日常
(
にちじょう
)
を
振
(
ふ
)
り返りながら。 魔法って何? 錬金術って何?
合間
(
あいま
)
を見て子供達の質問に答えてやっている若手の
覡
(
かんなぎ
)
は、 あえて
小難
(
こむずか
)
しい話を聞かせているようだった。 『
光子
(
こうし
)
が
多元量子
(
たげんりょうし
)
を各次元へ
透写
(
とうしゃ
)
し、
結
(
むす
)
び付け。 また、それら無数の情報は第六次元へ
帰属
(
きぞく
)
する記憶に
揺
(
ゆ
)
らぎを
生
(
しょう
)
じ、この世の物理に
反映
(
はんえい
)
する』 『 キャハハ! 』 『 フフフ! 』 『わかんない!』 まあ、当然。 すると彼は
応接室
(
おうせつしつ
)
の
窓掛け
(
カーテン
)
を閉め、
小椅子
(
スツール
)
に本を数冊ほど
積
(
つ
)
んで電灯で
照
(
て
)
らし。
周辺
(
しゅうへん
)
を歩きながら、こう話す。 『では、ある物体を光で照らす。 私と君達とでは、目に見える
影
(
かげ
)
の形も、位置も面積も
異
(
こと
)
なり、様々。 そこで私は呪文をとなえる。君がいる角度から見た影にまつわる情報が
欲
(
ほ
)
しいと』 『イヤだ!』 『イイよ!』 フェレンスは
朗
(
ほが
)
らかに笑った。 『そう、自身とは
異
(
こと
)
なる見え方、意見をあらわす他者の
影響
(
えいきょう
)
もあって、君達の心は
揺
(
ゆ
)
らぐ。 第六次元の揺らぎも、それに近い』 『やっぱり、わかんないって!』 神秘学上の第六次元とは
神々ノ意識
(
スフィラ
)
を
示
(
しめ
)
す言葉。 魔法や錬金術というのは、人の心を動かす力と
似
(
に
)
ている。 『て言うか、
覡
(
かんなぎ
)
様って何でも自分で出来るんじゃないの?」 フェレンスは
黙
(
だま
)
って首を横に
振
(
ふ
)
った。 そして続ける。 『けれど、君達が私の言葉に
応
(
おう
)
じてくれたなら、 私は自分では見ることのできなかった角度の情報を
得
(
え
)
ることが出来る」 『それなら俺にも出来るでしょ!』 『誰が、お前の言うコトなんか聞くんだよ』 『そこは魔法の言葉を考えてだな』 『うわ、何か鳥肌たった。キモっ!』 子供達のやり取りを聞きながら
微笑
(
ほほえ
)
む彼は、 同じ目の高さで
寄
(
よ
)
り
添
(
そ
)
う
姿勢
(
しせい
)
を見せた。 『私も、君達が考え
導
(
みちび
)
き出した答えに
興味
(
きょうみ
)
がある。知りたい。だから ... 教えて欲しい』 『えー』 『そんなの、俺、まだ ... よく分かんないし』 『 ハハハ! でも考えとく!』 すると子供達は
皆
(
みな
)
、
照
(
て
)
れくさそうに走り
去
(
さ
)
る。 やっと他の事をして遊ぶ気になったようだ。 けれども、それだけが
理由
(
りゆう
)
ではない。
興味
(
きょうみ
)
の
対象
(
たいしょう
)
が自分達と
同様
(
どうよう
)
、興味を
示
(
しめ
)
してくれた事に満足したのだ。
覡
(
かんなぎ
)
を
装
(
よそお
)
うフェレンスは、以前と打って変わり。 人々に
慈愛
(
じあい
)
を
示
(
しめ
)
すように
接
(
せっ
)
している。 愛情に
関
(
かん
)
する
解釈
(
かいしゃく
)
の仕方、理解するに
至
(
いた
)
らぬ者の
演技
(
えんぎ
)
とは思えないほど。 温かく、優しく、
包
(
つつ
)
み込むように。 そして、あの若者もまた、そんな彼に
惹
(
ひ
)
かれた者の一人なのだ。
朦朧
(
もうろう
)
としながらも、
散乱
(
さんらん
)
した記憶の
整理
(
せいり
)
をしていく。 これまでの出来事を
振
(
ふ
)
り返っていたのは、カーツェルだった。 若者は、誰かに
相談
(
しうだん
)
したかったのだそう。
実
(
じつ
)
の父親が、息子である自分と他者を
比較評価
(
ひかくひょうか
)
し
嘲
(
あざけ
)
る事について。
周
(
まわ
)
りの人間に話しても、返ってくる
応
(
こた
)
えはだいたい想像がつく。 傷つきたくない。嫌な思いをしたくない。
逃避
(
とうひ
)
ばかり。 何のためそうしているのか、意味すら分からなくなってきたと言う。 『こんなちっぽけなコト ... あなたのほうが、きっと、ずっと大変ですよね。ごめんなさい』
前屈
(
まえかが
)
みに
俯
(
うつむ
)
く彼は、
膝
(
ひざ
)
に乗せた
両手
(
りょうて
)
を強く
握
(
にぎ
)
り
締
(
し
)
め。 ついには
黙
(
だま
)
ってしまった。 父親の言う最低限の
範疇
(
はんちゅう
)
に
収
(
おさ
)
まったところで、反応は変わらない。 どこまで行っても出来て
当然
(
とうぜん
)
。 初めから出来ない時点で
底辺
(
ていへん
)
と
見做
(
みなさ
)
されてしまう。
環境
(
かんきょう
)
や
状況
(
じょうきょう
)
、
辛
(
つら
)
いと感じる
度合
(
どあ
)
い、何もかもが人それぞれなはずなのに。 自分自身でさえ、
情
(
なさ
)
けないと感じてしまうのだ。 聞いていると、そうやって見下してきた相手の
訴
(
うった
)
えに耳を
貸
(
か
)
すような父親ではなさそう。 上手くやっていくため努力しても
否定
(
ひてい
)
されるなら、彼の成長を
望
(
のぞ
)
んでいるのではなく、 自身の不幸を彼のせいにしたいだけではないだろうか。 自分が変われば、
改善
(
かいぜん
)
するのではないかというような
視点
(
してん
)
の置き
換
(
か
)
え、 可能性を
考慮
(
こうりょ
)
しようとしないばかりか。 そうせざるを
得
(
え
)
ないのは他者が
劣
(
おと
)
るせいと考え、不満を
抱
(
いだ
)
いてしまうような。
固執
(
こしつ
)
した価値観、
他責思考
(
たせきしこう
)
の持ち主と思われるので。
転嫁行動
(
てんかこうどう
)
に
至
(
いた
)
る
要因
(
よういん
)
を
探
(
さぐ
)
り。
別途
(
べっと
)
、
解決
(
かいけつ
)
する必要がある。
一通
(
ひととお
)
り
考察
(
こうさつ
)
を
述
(
の
)
べ
終
(
お
)
えたところ。 フェレンスは次に、若者を気に
掛
(
か
)
けた。 彼の前には、手付かずのお茶。 主人の
目配
(
めくば
)
せを
察
(
さっ
)
したカーツェルは、すぐに引き取って
淹
(
い
)
れなおす。
暫
(
しばら
)
くして
差
(
さ
)
し出されたのは、ふわりと
湯気
(
ゆげ
)
の立った紅茶。 『良ければ ... 一度、
喉
(
のど
)
を
潤
(
うるお
)
して、
深呼吸
(
しんこきゅう
)
を』 言う通りにすれば、
救
(
すく
)
われる ... ... ? 若者は少しだけ
震
(
ふる
)
えながら、ゆっくりとした動作で
従
(
したが
)
った。
僅
(
わず
)
かな期待を
見受
(
みう
)
け、フェレンスは
提案
(
ていあん
)
していく。 『あなたはまず、
比較
(
ひかく
)
されている対象を自分と置き
換
(
か
)
えてみてはどうだろう。 あなたが先に見る誰かの背中、それは未来にいるあなた自身の姿かもしれないと』 『未来の俺、ですか』 『そう。いずれあなたは
辿
(
たど
)
り
着
(
つ
)
くのだから。 そこにある
差
(
さ
)
は
伸
(
の
)
びしろでしかない。 何でも好きなものを取り入れていける』 『でも、何をしたらいいのか』 『
無理
(
むり
)
に、考えなくても良いのでは?』 『え?』 『何か理由があるのかも。 しかし、それらは気付きにくい。 新たな知識を
得
(
え
)
たりなど。
備
(
そなえ
)
えが必要な事もある。 きっと
焦
(
あせ
)
るだろう。
辛
(
つら
)
くないわけはない。 悲しい思いもするはず。 だから
俯
(
うつむ
)
いてもいい。 立ち止まってもいい。 けれど ... どうせ目指すなら、出来るだけ早く立ち上がった方が
有利
(
ゆうり
)
だ。 前を向いて、歩きなさい。 あなたはこれから先、ずっと成長し続けていくのだから。 どうしても進めない時は、その場で出来る事で良い、方法を探して。 考えて。分からなければ、少し
休憩
(
きゅうけい
)
するといい。 そうして時間を
持
(
も
)
て
余
(
あま
)
すようなら ... また、私と話をしよう』 フェレンスに
憂鬱
(
ゆううつ
)
を打ち
明
(
あ
)
けた者は
皆
(
みな
)
、 彼の言葉を忘れぬよう、無くさぬよう、閉じこめる。 胸の中。心の
奥底
(
おくそこ
)
に。 自分もそうしてきた。 だからこそ、分かってしまうのだ。 カーツェルは思う。 この感情は ... フェレンスに
想
(
おも
)
いを
寄
(
よ
)
せる者への ...
共感
(
きょうかん
)
、だろうか。 いや、違う ... ... 答えを
導
(
みちび
)
き出すための
鍵
(
かぎ
)
は、 若者が
訪
(
おとず
)
れた日の
深夜
(
しんや
)
にフェレンスと
交
(
か
)
わした会話の中。
悩
(
なやま
)
まし
気
(
げ
)
な彼を待ち
構
(
かま
)
えていたのは
当
(
とう
)
の
主人
(
しゅじん
)
。
戸締
(
とじま
)
りを
済
(
す
)
ませた
後
(
あと
)
の事だった。 『今日、仕事の
最中
(
さいちゅう
)
。何か
納得
(
なっとく
)
のいかない事でもあったか?』 カーツェルは顔を
背
(
そむ
)
けて弱々しく答える。 『
私
(
わたくし
)
が
幼
(
おさな
)
かった
頃
(
ころ
)
も、
彼等
(
かれら
)
と同じように ...
気兼
(
きがね
)
ねなく
旦那
(
だんな
)
様と話せたなら、どんなに良かったかと』 『そうか。それは
奇遇
(
きぐう
)
だな』 『奇遇?』
対
(
たい
)
して
清々
(
すがすが
)
しいほど、
意外
(
いがい
)
な反応を見せる。 フェレンスは、とても
嬉
(
うれ
)
しそうな表情。
何故
(
なぜ
)
だろう ... ...
皮肉
(
ひにく
)
を込めて言ったつもりなのに。 カーツェルは
驚
(
どろ
)
きを
隠
(
かく
)
せず、目を
見張
(
みは
)
った。 するとフェレンスが言い
加
(
くわ
)
える。 『私も。当時のお前と、そのような話をすることがあったなら何と言って答えようかと。 いつもお前の
面影
(
おもかげ
)
を
重
(
かさ
)
ねて会話していた』
愛敬
(
あいきょう
)
を
示
(
しめ
)
そうにも、なかなか
難
(
むずか
)
しい。
見抜
(
みぬ
)
かれても
困
(
こま
)
るので、より
親身
(
しんみ
)
になって考えられるよう意識したとの事。 ああ ... なんて
残酷
(
ざんこく
)
な ... ... そうは思っても、悪い気がしない。 『
私
(
わたくし
)
との
遣
(
や
)
り取りを
念頭
(
ねんとう
)
に置き、
抜
(
ぬ
)
かりなく
演
(
えん
)
じてらっしゃると?』 フェレンスは
素直
(
すなお
)
に答えた。 『そう。何せ ... 私が愛しているのは、お前しかいないので』 その時、彼を
駆
(
か
)
り立てたのは、 言葉であらわせるような
心情
(
しんじょう
)
ではない。 主人を
蔑
(
さげす
)
む者も、
恋慕
(
れんぼ
)
する者も、
許
(
ゆる
)
せない ...
認知的不協和
(
にんちてきふきょうわ
)
を。
欲情
(
よくじょう
)
に
塗
(
まみ
)
れた
執念
(
しゅうねん
)
で
上書
(
うわが
)
きし、
自我
(
じが
)
を
保
(
たも
)
っている
状態
(
じょうたい
)
だ。 フェレンスが
学
(
まな
)
び、
示
(
しめ
)
そうとしている愛情を
独
(
ひと
)
り
占
(
じ
)
めするためには、どうしたら良いだろう。 気付けば、そんなことを考えている。 カーツェルは知っているはずだった。
某英雄
(
ぼうえいゆう
)
が
寄
(
よ
)
せた
特別
(
とくべつ
)
な
愛情
(
あいじょう
)
について。 当時は
疑問
(
ぎもん
)
を
抱
(
いだ
)
くにも
至
(
いた
)
らず、
尋
(
たず
)
ねることすら出来なかったと言う相手が。 あらため人の
情
(
じょう
)
に
触
(
ふ
)
れ、自己拡張に
努
(
つと
)
めるようになった
経緯
(
けいい
)
を。 ただ、忘れていただけ。
何故
(
なぜ
)
だろう ... ...
朦朧
(
もうろう
)
としながら、カーツェルは
繰
(
く
)
り返す。
何故
(
なぜ
)
なんだ ... ... ! お前は、何度も俺に言ってた。 お前は、何度も俺に
嘘
(
うそ
)
をついた。 アイシテル? 初めて使う言葉なんかじゃないだろう? それなのに俺は ... 忘れてた。 どうして。どうして忘れなきゃならない! 「フェレンス ... どうして、お前は ... 」 何のための
演技
(
えんぎ
)
か、
嘘
(
うそ
)
か。
混乱
(
こんらん
)
していると、
意図
(
いと
)
せず向き合う事になる。 ああ、でも、
待
(
ま
)
てよ ... ...
腹
(
はら
)
に
据
(
す
)
えかねる
憤
(
いきどお
)
り。 これは、お前のものでもあるのか ... グウィン ... ... 目の前に
現
(
あらわ
)
れた
幻影
(
げんえい
)
は、目を
見開
(
みひら
)
いてカーツェルの胸の
中央
(
ちゅうおう
)
に手を
伸
(
の
)
ばした。 ところがだ。またしても意識を
失
(
うしな
)
いかけていたはずのカーツェルが、その手を
突
(
つ
)
き
返
(
かえ
)
す。 フェレンスに
寄
(
よ
)
り
添
(
そ
)
っていいのは俺だけ。
慕
(
した
)
っていいのは俺だけ。 愛していいのは俺だけ。
負ノ共感
(
ふのきょうかん
)
は、決して
相容
(
あいい
)
れぬもの。
散り々
(
ちりぢり
)
になった
某英雄
(
ぼうえいゆう
)
の記憶を
再生
(
さいせい
)
したところで、
反発
(
はんぱつ
)
し
合
(
あ
)
うだけなのだ。 それは
最早
(
もはや
)
、
敵対意識
(
てきたいいしき
)
。
寒気
(
さむけ
)
がする。 その時ヴォルトは
堪
(
た
)
だならぬ
気配
(
けはい
)
を感じ、
身震
(
みぶる
)
いした。
更
(
さら
)
に向き
直
(
なお
)
ると。
路地裏
(
ろじうら
)
から
姿
(
すがた
)
をあらわした男が、フラリ ... フラリ ... 足を引きずるようにして歩く。 カーツェルだった。 どうして
奴
(
やつ
)
が!? 今、ここに ... ... !? クロイツの
瞳
(
ひとみ
)
に
捕
(
と
)
らわれ、
機能不全
(
きのうふぜん
)
による
墜落後
(
ついらくご
)
、
気絶
(
きぜつ
)
したはずの
侍従
(
じじゅう
)
が、まさか二人いるわけはないし。
我
(
わ
)
が目を
疑
(
うたが
)
ったのも
束
(
つか
)
の
間
(
ま
)
。 頭を
抱
(
かか
)
え
呻
(
うめ
)
く
様
(
さま
)
は、
正気
(
しょうき
)
を
失
(
うしな
)
い
彷徨
(
さまよ
)
う
薬物中毒者
(
やくぶつちゅうどくしゃ
)
のよう。
遅
(
おく
)
れて
避難
(
ひなん
)
する人々の誰もが危険人物と思い、
避
(
さ
)
けて
通
(
とお
)
った。 彼の
心
(
こころ
)
は、ここに無い。 ただ
本能的
(
ほんのうてき
)
に。
危険因子
(
きけんいんし
)
を
排除
(
はいじょ
)
すべく、
辿
(
たど
)
り
着
(
つ
)
いたのだ。 そして、
鬼
(
おに
)
の
形相
(
ぎょうそう
)
で
迫
(
せま
)
る。 カーツェルに気が付いた
若者
(
わかもの
)
は、
危
(
あや
)
うく
腰
(
こし
)
を
抜
(
ぬ
)
かけた。 けれども
踏
(
ふ
)
み
留
(
とど
)
まって逃げ出す。 そこへ、すかさず
割
(
わ
)
って入ったのは、ヴォルト。
腕
(
うで
)
と
肩
(
かた
)
を
順
(
じゅん
)
に
捻
(
ひね
)
り
返
(
かえ
)
し、乗り上がると。
呆気
(
あっけ
)
なく
倒
(
たお
)
れ
込
(
こ
)
んだので
拍子抜
(
ひょうしぬ
)
けしたが。 相手には
抵抗
(
ていこう
)
するどころか、頭の向きを変え
辺
(
あた
)
りを見る
余力
(
よりょく
)
も無いよう。
朦朧
(
うろう
)
としているくせに。
吐
(
は
)
き
散
(
ち
)
らしながら、ここまで来たらしい。 彼の何が、そうさせているのだろう。 思い
詰
(
つ
)
まったヴォルトが、
息
(
いき
)
を
吐
(
は
)
き
捨
(
す
)
てたところ。
逆光
(
ぎゃっこう
)
の中、目の前に
映
(
うつ
)
り込む。
見覚
(
みおぼ
)
えのある
人影
(
ひとかげ
)
。 「やるではないか。ウルクア ... 思いの
外
(
ほか
)
、
見識高
(
けんしきたか
)
い男だな」 クロイツの声だ。 思いがけぬ
展開
(
てんかい
)
と
相俟
(
あいま
)
って。
些
(
いささ
)
か
気不味
(
きまず
)
い。 ヴォルトは
尋
(
たず
)
ねた。 「おいおい。とんだ
臆病者
(
おくびょうもの
)
と言ってなかったか? さっきまでのあんたに、こんな
猿芝居
(
さるしばい
)
を見に来る
余裕
(
よゆう
)
なんて見えなかったが ... 何しに来た?」
対
(
た
)
し、答えたのはノシュウェル。 「それが、
割
(
わり
)
と今でもギリギリなのに。 この人ときたら ... 一度、言い出すと聞かなくてねぇ」
勿論
(
もちろん
)
、止めはした。 こちらにとって
要
(
かなめ
)
ノ人であるからして。 無理だけはして
欲
(
ほ
)
しくない。
連
(
つ
)
れて行けと
脅
(
おど
)
されたところで
食
(
く
)
らうのは、へなちょこパンチだし。
逆
(
さか
)
らいようはあったのだ。 しかし
遮
(
さえぎ
)
られる。 クロイツは言った。 「王党派の
諜報員共
(
ちょうほういんども
)
が
貴様
(
きさま
)
達を野放しにしておく
理由
(
りゆう
)
について、少し話したい」
逆光
(
ぎゃっこう
)
の中。
気怠
(
けだる
)
そうな
足取
(
あしど
)
で、一歩、二歩、
詰
(
つ
)
め
寄
(
よ
)
るうち。 クロイツは、
挑発的
(
ちょうはつてき
)
に
語気
(
ごき
)
を強める。 「まあ、
安心
(
あんしん
)
しろ。共有された情報の
齟齬
(
そご
)
など気にしてもないぞ。
我々級
(
われわれ クラス
)
になれば、むしろ
有益
(
ゆうえき
)
。 国境問題に
託
(
かこつ
)
け
会談
(
かいだん
)
を繰り返す帝国の
官僚
(
かんりょう
)
とアイゼリア
王党派
(
おうとうは
)
の
蜜月
(
みつげつ
)
。
双方
(
そうほう
)
の
営利
(
えいり
)
など知ったところで
今更
(
いまさら
)
。
興味
(
きょうみ
)
は無いのだ。 例え
貴様等
(
きさまら
)
が
共々
(
ともども
)
... 同じ弱みを
有
(
ゆう
)
する立場であり、
我々
(
われわれ
)
の
独断的介入
(
どくだんてきかいにゅう
)
を
牽制
(
けんせい
)
するための当て馬だったとしてもな」 耳を
傾
(
かたむ
)
けるヴォルトは何を
察
(
さっ
)
したか。 少しばかり
俯
(
うつむ
)
いて
溜息
(
ためいき
)
する。 「だが、しかしだ」 耳が
痛
(
いた
)
い。 「
配下
(
はいか
)
の
動員
(
どういん
)
にあたるウルクアの
独断専行
(
どくだんせんこう
)
が目に
余
(
あま
)
る。 これ以上は
看過
(
かんか
)
できぬのだ。分かるか?」 見ると、
不意
(
ふい
)
に
滑
(
すべ
)
り落ちていく視線。 クロイツの
瞳
(
ひとみ
)
は、ヴォルトが
抑
(
おさ
)
え込む男を
見詰
(
みつ
)
めた。
内通
(
ないつう
)
を
疑
(
うたが
)
われているだけと思ったが、そうではなさそう。 という事は ... ... ヴォルトの
額
(
ひたい
)
に、
汗
(
あせ
)
が
滲
(
にじ
)
みはじめる。 取り
繕
(
つくろ
)
うしかなかった。 「待て。今ここで話せることじゃない。あともう少し、いや、せめて場所を変えよう」
対
(
たい
)
し相手は
断
(
だん
)
じて
拒否
(
きょひ
)
する。 「いいや ... 今でなければならぬ!」
事情
(
じじょう
)
を
加味
(
かみ
)
している場合ではない。 立ち上がりかけたヴォルトの声を
遮
(
さえぎ
)
るように
肩
(
かた
)
を
押
(
お
)
し
退
(
の
)
けるクロイツの手が。
正面
(
しょうめん
)
の
射程
(
しゃてい
)
を
開
(
ひら
)
いた時。 その
後方
(
こうほう
)
で
待
(
ま
)
ち
構
(
かま
)
えていたのは、ノシュウェルだった。 彼の手には
曳光弾
(
トレーサー
)
を
装填
(
そうてん
)
した
信号拳銃
(
フレアガン
)
。
夕闇
(
ゆうやみ
)
を
裂
(
さ
)
く
旋光
(
せんこう
)
は、誰に、何を
伝
(
つた
)
えたのだろう。
漂
(
ただよ
)
う
硝煙
(
しょうえん
)
の向こうから
現
(
あらわ
)
れた
何時
(
いつ
)
ぞやの
紳士
(
しんし
)
は、
不気味
(
ぶきみ
)
に笑う。 血に
飢
(
う
)
えた
亡者
(
もうじゃ
)
を引き
連
(
つ
)
れて。 ヴォルトは
状況
(
じょうきょう
)
を
把握
(
はあく
)
し、やがて
向
(
む
)
き
直
(
なお
)
った。
迫
(
せま
)
り来る
徒党
(
ととう
)
を。かつての
同志達
(
どうしたち
)
を。 時を同じくして。
臨戦間近
(
りんせんまじか
)
にして、フェレンスは悲しげに
瞳
(
ひとみ
)
を閉じる。 その時、彼の背後から
撃
(
う
)
ち上げられた
曳光弾
(
えいこうだん
)
の
残照
(
ざんしょう
)
は、
自身
(
じしん
)
と
鼓動
(
こどう
)
を
重
(
かさ
)
ねる男の
裏切
(
うらぎ
)
りを
示唆
(
しさ
)
していた。
後
(
のち
)
にヴォルトは、こう
釈明
(
しゃくめい
)
する。 俺達は
元々
(
もともと
)
、
異国ノ刺客
(
いこくのスパイ
)
。 他国へ
潜入
(
せんにゅう
)
し権力者を暗殺後、顔を変え、声を変え、なりすます。
背乗
(
せの
)
りを
繰
(
く
)
り返してきた。 王党派はローランドの同業者が取り
仕切
(
しき
)
っている。 対し俺達はハイランドの
出身
(
しゅっしん
)
。 アイゼリアを
含
(
ふく
)
む、それら三カ国は
元々
(
もともと
)
が
同民族
(
どうみんぞく
)
であり。
互
(
たが
)
いの
治世
(
ちせい
)
に
詳
(
くわ
)
しく。
資源目当
(
しげんめあ
)
ての
領土
(
りょうど
)
問題は
尽
(
つ
)
きなかった。 しかし、現在の帝国がそうであるように。 資源国との
敵対
(
てきたい
)
は
避
(
さ
)
けるべきであるとして。 石ノ
杜
(
もり
)
が
喰
(
く
)
らった土地と、残される
鉱物資源
(
ミネラルしげん
)
を
独占
(
どくせん
)
する アイゼリアとは
冷戦状態
(
れいせんじょうたい
)
。
近隣
(
きんりん
)
、
各国
(
かっこく
)
が
牽制
(
けんせい
)
しあう中。
内部侵略
(
ないぶしんりゃく
)
が進んでいったわけだが。 『 何もかも、
罠
(
わな
)
だったんだ 』 今も昔も、 アイゼリアの王族をはじめとする政界、そして一般に
至
(
いた
)
るまで。
当該国
(
とうがいこく
)
に
民
(
たみ
)
など存在しない。 何世代にも渡る
収賄
(
しゅうわい
)
と
暗殺
(
あんさつ
)
によって権力者を
排除
(
はいじょ
)
し、入れ
替
(
か
)
わってきた
刺客達
(
しかくたち
)
は、
逆
(
ぎゃく
)
に
囚
(
とら
)
われてしまったのだと。
馬鹿々
(
ばかばか
)
しい。 誰がそんな話を信じるだろう。 しかし
疑
(
うたが
)
い
否定
(
ひてい
)
する者すら、ここには
居
(
い
)
ない。
石ノ杜
(
いしのもり
)
が
芽吹
(
めぶ
)
いた時。 アイゼリアの民は
糧
(
かて
)
となり ...
姿
(
すがた
)
を消した。 『俺達が生かされている理由は、そう、あんたの言うとおり。
近隣国
(
きんりんこく
)
の
治政干渉
(
ちせいかんしょう
)
に
対処
(
たいしょ
)
する当て馬として利用するため』 ウルクアは
杜
(
もり
)
に
囚
(
とら
)
われた
同志
(
どうし
)
の
筆頭
(
ひっとう
)
として、
杜ノ主
(
もりのあるじ
)
と
交渉
(
こうしょう
)
してきたという。 ところが、彼の
動向
(
どうこう
)
には
不審
(
ふしん
)
な点があった。 例の紳士をはじめとする王党派の
同志等
(
どうしら
)
はウルクアを
信用
(
しんよう
)
していない。 『 俺達は ... ウルクアの
潔白
(
けっぱく
)
を
証明
(
しょうめい
)
したかった』
片
(
かた
)
やクロイツは、こう
指摘
(
してき
)
する。
時期尚早
(
じきしょうそう
)
... ... 。
不本意
(
ふほんい
)
ながら。 フェレンスの
私見
(
しけん
)
を
代弁
(
だいべん
)
したに
過
(
す
)
ぎないが。
祖国
(
そこく
)
を
離
(
はな
)
れ、長らく
別人
(
べつじん
)
として生きてきたばかりか。
囚人
(
しゅうじん
)
として
労役
(
ろうえき
)
する
彼等
(
かれら
)
、
憂国ノ士
(
ゆうこくのし
)
を。
囲
(
かこ
)
い
込
(
こ
)
んだ者。まとめ上げた者。 それぞれの
駆
(
か
)
け引きと、
疑惑
(
ぎわく
)
すら
目眩
(
めくら
)
ましである可能性について。
協議
(
きょうぎ
)
したのは、ほんの数日前だ。 アイゼリア
王都
(
おうと
)
、
真下
(
ました
)
の
支柱
(
しちゅう
)
から。 巨大な
魔物
(
キメラ
)
が姿を
現
(
あらわ
)
た時。
身
(
み
)
に
纏
(
まと
)
った白い
羽衣
(
はごろも
)
を
翻
(
ひるがえ
)
し、
法
(
ほう
)
の
刃
(
やいば
)
を
振
(
ふ
)
るう
覡
(
かんなぎ
)
は ...
予期
(
よき
)
していたらしい。
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嵩都 靖一朗
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