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第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅷ

      (おのれ)の立ち位置、視点の置き方に(なや)む。 木を見て森を見ざるは、彷徨(さまよ)消耗(しょうもう)するのみ。 多くの人々がそうであるように。 一つの物事に(とら)われるほど全体像の把握(はあく)(むずか)しい。 (まど)わされるな ... ... 「見失(みうし)なうな」 クロイツは(つぶや)く。 自身(じしん)に言い聞かせているようでもあった。 「あらゆる災禍(さいか)根源(こんげん)が、あの男であることを忘れてはならぬ」 ()り返しになるが。 物事、一つ々(ひとつひとつ)の答えを。 杜ノ民(もりのたみ)の正体を。 異国ノ刺客(スパイ)を生かし利用す何者かの(ねら)いを。 (もり)始末(しまつ)しようとしている連中(れんちゅう)不都合(ふつごう)を。 魔導兵を(うら)(あやつ)奴等(やつら)が、それを手助けしている理由(りゆう)を。 今、知る必要はない。 (しん)留意(りゅうい)すべきは、 これまで(かか)わってきた者と、これから関わっていく者達が異端ノ魔導師に(およぼ)ぼす影響(えいきょう)苦慮(くりょ)するクロイツを横に見て、 ノシュウェルは(こと)()()きを()(かえ)る。 「我々(われわれ)は生きて帰る! この魔導兵(まどうへい)が我々の(たて)だ!」 その言葉は、王党派の筆頭格(ひっとうかく)であろう紳士(しんし)の口から(はな)たれた。 杜ノ呪縛(もりのじゅばく)から(のが)れるため。 帝国の奴等(やつら)と手を(むす)んだ気になって調子付いているかと思えば、そうでもないよう。 「略々(ほぼほぼ)気を(うしな)っている木偶の坊(でくのぼう)が、(やく)に立つと思うのか?」 (あお)るクロイツに(たい)し、少しばかり(だま)る。 紳士の(いき)(あら)い。 「立ってもらうさ ... この(くすり)でな!」 去勢(きょせい)()っているだけ。 (あせ)りを(かく)そうともしないのは、崖っ淵(がけっぷち)自覚(じかく)しているせいだろう。 追い()めたのは、帝国の(ぜい)。 とは言え刺客(しかく)(つと)めた人物が、そう簡単(かんたん)(そそのか)されるはずはないが。 紳士の取り出した自動注射器(オートインジェクター)内で()らぐ充填薬(じゅうてんやく)は、鮮血(せんけつ)を思わす。 (さっ)し前に出たヴォルトは、紳士の()れた異形(いぎょう)を相手に 両腕(りょううで)仕込(しこ)み武器で応戦(おうせん)した。 (かた)やノシュウェルはクロイツの保護に(てっ)するのみ。 多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)である。 やがて加勢(かせい)した紳士の(ねら)いは言うまでもなく。 ()ち合うヴォルトは(つね)にカーツェルを気にかけた。 そうして紳士に()()る。 「帝国の高位貴族、及び上院議員(マグナート)から受け取った魔薬(まやく)の効果を確かめるためか?  そのためだけに同志(どうし)犠牲(ぎせい)にしたと言うのか ... !?」 中毒症状が(ひど)無差別的(むさべつてき)怪異(かいい)自滅(じめつ)していく中。 紳士は答えた。 「そう ... その通りだ ... 」 帝国の奴等(やつら)は、魔導兵の暴走(ぼうそう)()進軍(しんぐん)を開始すると言っていたが。 「馬鹿(ばか)げた話と思うだろう? 私達の祖国(そこく)見過(みす)ごすはずがないのだからな」 だとすると、双方(そうほう)見限(みかぎ)られるのが(せき)の山。 「ならば、あの魔導兵を(たて)にして! あの異端ノ魔導師を手土産(てみやげ)にして!  帰ろう! (とも)に! 私達だけでも!! ... ... なぁ、ヴォルト ... ... 」 天下統一(てんかとういつ)など、夢のまた夢なのだ。 「この国、アイゼリアの有様(ありさま)を見てきただろう?  擬人化(ぎじんか)され(もり)隷属(れいぞく)する(たみ)は気付いてもいないんだ!  本当の意味で(のが)れようのない《世界》に(とら)われてしまったことに!  私達だけなら、まだ ... 生きられる!!」 するとノシュウェルの胸に()まれていく、新たな(なぞ)。 またまた、何の話をしているやら ... ... そう考えると、溜息(ためいき)が出てしまう。 しかし、気を取り(なお)すのは簡単(かんたん)。 クロイツの言葉を思い出せば良い。 『まずは(ふか)く考えぬことだな。  憶測(おくそく)ありきで行動すると、思い込みによって情報が()()がる。  事実(じじつ)を事実として()えられぬ者が、相手を出し()けるわけがないのだ』 複雑(ふくざつ)なようで(いた)って単純(たんじゅん)と言うことで。 考える事は(みな)、同じってコトにしとこ ... ...   気持ちを切り()えたついでと言っては何だが。 フラフラ と近寄(ちかよ)って来た異形(いぎょう)に一発お見舞(みま)いすると、申し訳ないながらも スカッ とした気分だ。 一方(いっぽう)のヴォルトもまた同様(どうよう)。 静かに()びながら紳士の手を()(ほど)く。 「すまないな、アンドレイ。俺達は、ウルクアは ... 初めから夢なんか見ちゃいない」 (くわ)え、何か言いかけたような。 ノシュウェルには、こう聞こえていた。 むしろ ... ... むしろ、何だ。 気になる ... が、次の瞬間。 クロイツの舌打(したう)ちを耳にし、背筋(せすじ)(こお)る。 極力(きょくりょく)その場を動かぬよう、恐る々(おそるおそる)見たところ。 「(だま)って引くのだ! ヴォルト!」 意味不明(いみふめい)指示(しじ)()び、ヴォルトばかりかノシュウェルすら耳を(うたが)った。 これには紳士も硬直(こうちょく)する。 違和感(いわかん)しかない。 (とう)のクロイツは(うで)()み、何を思ったか。 ()を横たえ薄目(うすめ)()けたままのカーツェルを残し、後退(こうたい)していく始末(しまつ)(たい)して紳士は(そく)、行動した。 唖然(あぜん)とするヴォルトの目を(ぬす)み、ノシュウェルを()り飛ばして。 まんまと(あいだ)に入り()むまで、(まった)警戒(けいかい)しなかったわけではないが。 ()(かい)している場合でもなかった。 躊躇(ためら)ったところで仕方(しかた)がないのだ。 計画優先(けいかくゆうせん)であるからして。 カーツェルの(かみ)(つか)んで()ち上げ、首筋(くびすじ)注射器(インジェクター)(さき)()し付けると。 (しば)(いき)(ととの)えたのち、紳士は言う。 「さあ ... 魔導兵を暴走(ぼうそう)させたくなければ、あの魔導師に協力させろ!」 だがしかし。 「(ことわ)る」 ... ... ... ... クロイツが、 サラリ 、と、言って退()けたので。 ... ... ... ... 「はい ??? 」 終ー了ー(しゅうりょう)拍子抜(ひょうしぬ)けし、思わず適当(てきとう)に聞き返すヴォルトは完全に立ち()くしていた。 (かた)(ふる)わせ、(うつむ)いたのはノシュウェルの方。 もしかして、会話する気が無いのかな。 いや、まさかね。 でもきっと、頭おかしいと思われてるし。 やだ、もう、笑っちゃいそうなんだけど ... ... 少しでも笑い声が()れたら、ぶっ飛ばされそうなので。 どうにか(こら)え、深呼吸(しんこきゅう)。 あらため顔を上げてみたところ。 ふざけているのか ... ... ? とでも言いたそうなヴォルトと目が合ったので、(うなづ)いてみる。 すると彼の顔から血の()が引いた。 ある意味、(はら)()覚悟(かくご)を決めたからこその余裕(よゆう)とも言える。 しかしヴォルトには理解(りかい)できない。 紳士だって同じ心境(しんきょう)と思う。 何せ(ふたた)硬直(こうちょく)したきり動きを見せない。 待ちくたびれてしまう前に、クロイツは渋々(しぶしぶ)言い(くわ)えた。 「何を(ほう)けている。さっさと(ため)してみるがいい」 するとだ。やっと声に出た。 「馬鹿な! 正気(しょうき)か!?」 ヴォルトが(まく)し立てる。 「魔導兵だぞ!? 帝国ノ策士(さくし)どもがどう利用(りよう)するつもりか分かって言ってるのか!?」 分かっているのだろう。 けれども納得(なっとく)できるよう、せめて説明して()しい。 ところが相手に、その気は無さそう。 「(なぁに)結果(けっか)は変わらん。どのみち貴様等(きさまら)はここで死ぬのだ」 本当に理由(わけ)が分からない。 混乱(こんらん)する。 落ち()け。 落ち着け。 目を見開(みひら)(おのれ)(さと)す紳士は、ある時。 「 ハ ッ... ... 」 (みじか)(いき)を気って、咄嗟(とっさ)()り:向いた。 すると、音も無く(せま)(かげ) ... いや、(かべ) ... だろうか。 逆光(ぎゃっこう)の中、素早(すばや)く立ち(ふさ)がったのは、(かんなぎ)()じる()ノ魔導師。 双方(そうほう)(へだて)てるは、(かれ)によって(つむ)がれし零ノ境界(ぜろのきょうかい)(ほう)(たて)収縮(しゅうしゅく)砲弾(ほうだん)として()ち出す 衝撃(しょうげき)も、轟音(ごうおん)も、こちら(がわ)には(とど)かない。 壁のように見えたのは、巨大な魔物(キメラ)(てのひら)だった。 それらの光景(こうけい)目前(もくぜん)にしながら、クロイツは(さら)指摘(してき)する。 「魔物(キメラ)の攻撃対象は、この中にいる《人間》だ」 カーツェルのことに(ちが)いない。 誰もが一度(いちど)は、そう思った。 しかし ... 日頃(ひごろ)から化物(バケモノ)揶揄(やゆ)していた相手(あいて)今更(いまらさ)人扱(ひとあつか)いするだろうか。 (するど)く紳士を(にら)むクロイツは、立て続けに意表(いひょう)()く。 「分かるか? 本来、(もり)(まね)かれているのは、あの男 ... 異端ノ魔導師のみ。  貴様等(きさまら)だけではなく我々(われわれ)すら、とっくに(ほふ)られていたやもしれぬのだ。  そうさせなかったのは、偽ノ王太子(にせのおうたいし)だろうな。  あの男の(しもべ)である魔導兵を、杜ノ毒(もりのどく)(さら)し、  少しでも弱体(じゃくたい)させるため利用(りよう)するという(さく)のもと。  今頃(いまごろ)(てい)よく交渉(こうしょう)のテーブルに()いたに(ちが)いない。  帝国の奴等(やつら)は知っていたのだ。  杜ノ毒(もりのどく)は、その化物(ばけもの)をも麻痺(まひ)させる。  まるで ... 冥府ノ病(めいふのきり) ... そのもの。  この男が正気(しょうき)(よそお)っいられたのは、  (よく)()らい無我ノ境地(むがのきょうち)(いざな)(きり)と、  霧を()てつかせ(くだ)冥府ノ炎(めいふのひ)拮抗(きっこう)要因(よういん)。  これまでは良かった。  そう、これまでは ... 問題なく(かく)せていたのだからな」 依然(いぜん)として()()ちないばかりか、(ぎゃく)に聞きたかった。 異端ノ魔導師の(しもべ)が、誰に、何を(かく)していると言うのだろう。 ところが誰一人として口を(ひら)こうとしない。 まともに(いき)をしているのは、クロイツだけではなかろうか。 そう思ったノシュウェル自身(じしん)も、呼吸(こきゅう)がままならなず()(とお)のく。 頭上を見やれば、腐肉(ふにく)(かたまり)()()まれたかのような、特大(とくだい)の目。 数えきれないそれらから、(したた)液体(えきたい)(どく)(けむり)を上げているのだ。 どこを()いても魔物(キメラ)と目が合う状態(じょうたい)平常心(へいじょうしん)(たも)つなど、まあ無理(むり)と言うか。 紳士の手が(ふる)(はじ)めた拍子(ひょうし)。 《 プシュ ッ ... ... 》 意図(いと)せず作動した自動注射器(オートインジェクター)射音(しゃおん)を耳にしても。 あ ... ... と、思うだけだった。 なお、クロイツは淡々(たんたん)として()べる。 「安心(あんしん)しろ ... 魔薬(まやく)など(あた)えたところで()かぬのだ」 ああ良かった ... ... じゃなくて。 どうして言い切れるのか知りたい。 それぞれがクロイツを見やり、答えを()つしかないところ。 どういった心境(しんきょう)からだろう。 一度、ゆっくりと(した)()れ、()れた(くちびる)意外(いがい)な言葉を(はっ)した。 「何故(なぜ)なら、その化物(バケモノ)堕落(だらく)している」 そう、知っていたのだ。 「 ... ... 初めからな」  異端ノ魔導師は、境界(きょうかい)()こう。 三次元映写幕(さんじげんスクリーン)があらわす造影(ぞうえい)のように、あちらこちらと(あらわ)れては()え。 (ほう)()()み、やがて魔物(キメラ)拘束(こうそく)還元(かんげん)していく。 (いく)つもの法陣(ほうじん)(つむ)(あや)した義球(ぎきゅう)内部(ないぶ)にて。 (しるし)()()く指先、一連(いちれん)所作(しょさ)は、(まい)(おど)るかのようだった。 クロイツに帝都へ()(もど)された、主従(しゅじゅう)契約解除(けいやくかいじょ)(はか)ったのは、 信教徒(しんきょうと)過激派(パルチザン)を率いるバノマン枢機卿(すうききょう)と、()(みこと)(かた)前者(ぜんしゃ)退(しりぞ)け、 アレセルにクロイツ一行(いっこう)の国外逃亡を教唆(きょうさ)するよう手引(てび)きしたのは帝国ノ結社(けっしゃ)NOⅣ(クアトロ)。 カーツェルの実兄(じっけい)。 それぞれの動向(どうこう)を思い(かえ)せば、 なるほど ... クロイツのような策士(さくし)単独、野放(たんどく のばなし)しにされてきたのも(うなづ)ける。 精霊王ノ瞳(せいれいおうのひとみ)がある(かぎ)り。 例えフェレンスとカーツェルの主従関係(しゅじゅうかんけい)亀裂(きれつ)(しょう)じようと、 魔導兵(まどうへい)制限(せいげん)可能(かのう)なのだから。 「ところが(とう)の本人は何も知らぬ。  いや ... (たん)(おぼ)えていないのだ」 クロイツは言った。 「(よう)するに、そいつは ...  主人(しゅじん)であるフェレンスにすら知られたくない何らかの事実を、  自身(じしん)記憶(きおく)ごと(おお)(かく)していると言えるわけだが」 一先(ひとま)ずは、話を切り上げなければならない。 今、こうしている(あいだ)にも、連中(れんちゅう)()(うかが)っているに(ちが)いないのだと。 「あの魔物(キメラ)今更(いまさら)のように貴様等(きさまら)(ねら)うのにも事情(じじょうが)ある」 クロイツが紳士から目を離さない理由(りゆう)(しか)り。 「アンドレイと言ったか。貴様(きさま)こそ心当たりがあるはずだな?」 名を()ばれ脱力(だつりょく)する紳士の手から落ちた注射器(インジェクター)が、音を立て(ころ)がった。 《 カラカラ ... コロコロコロ ... 》 その中で(したた)るは、魔力を宿(やど)した人の血より精製(せいせい)されし魔ノ薬(まのくすり)入手経路(にゅうしゅけいろ)(あき)らかだ。 紳士をはじめとする王党派の人々は皆。 とある人物から注意を()らすための目眩(めくら)ましとして利用(りよう)されたにすぎない。 「さあ、立て! 生きたくば(すみ)やかに我々(われわれ)案内(あんない)するのだ!  魔薬(まやく)(はこ)んだ者のもとへ!」 生きたくば ... ... 紳士は(こぶし)(にぎり)、歯を食いしばる。 ただし、クロイツは付け(くわ)えた。 「この私の気が、変わらぬうちにな」 (こっっっわ)ぁぁぁぁぁぁ ... ... 一同(いちどう)(さっ)するに。 フェレンスが魔物(キメラ)始末(しまつ)するまでにという意味だろうと思う。 異端ノ魔導師の手が()けば用済(ようず)みという事。 ただの(おど)文句(もんく)にしては上等(じょうとう)すぎて。 いやはや。 紳士としても、クロイツの手引(てび)きに(したが)うしかないのであった。 相互的(そうごてき)因縁深(いんねんぶか)い帝国ノ二派(には)を出し()くため、一行(いっこう)(いそ)ぐ。 しかし、紳士が案内した地下施設(ちかしせつ)(もぬけ)(から)となっており ... 誰もいない。 やがてノシュウェルが放った二発目の曳光弾(えいこうだん)は、()()せの合図(あいず)となり。 (にち)合流(ごうりゅう)したエルジオと幼子(おさなご)にも、(こと)詳細(しょうさい)が知らされた。 フェレンスが(もど)るまでカーツェルを介抱(かいほう)したのは、勿論(もちろん)、チェシャだが。 色んな意味で複雑(ふくざつ)気分(きぶん)だったろう。 そう思い(めぐ)らせたのは、ノシュウェルやクロイツだけではないはず。 (おの)下僕(しもべ)とは対事的(たいじてき)仮初ノ主(かりそめのあるじ)(えん)じ続けてきたらしいフェレンスには、 一体(いったい)どれだけの顔が存在(そんざい)するのか。 想像(そうぞう)もつかないのに。 (たい)しカーツェルが記憶を(ふう)じるに(いた)った経緯(けいい)については、憶測(おくそく)ばかり。 カーツェルの(そば)(はな)れようとしないチェシャは、うんざりしていたのかもしれない。 (まわ)りの大人達(おとなたち)が、どのように声をかけたとしても、(けっ)して ... 返事(へんじ)をしようとはしなかった。 (ひと)(あふ)れていたはずの王都(おうと)には粉塵(ふんじん)(ただよ)い。 (ひら)いたままの(まど)から見る屋内(おくない)でさえ、 つい先程(さきほど)まで誰かしらが生活していたであろう気配(けはい)だけを(のこ)し、不気味(ぶきみ)(しず)まり(かえ)っている。 ある者は、こう証言(しょうげん)した。 『鉱床(こうしょう)配備(はいび)された爆撃隊(ばくげきたい)(ひき)いていたはずが、気付(きづ)けば一人。取り残されていました』 (くわ)しく聞けば、クロイツ一行(いっこう)援護(えんご)参加(さんか)した諜報員(ちょうほういん)の中にも、 行方不明者(ゆくへふめいしゃ)複数(ふくすう)いるとのこと。 また、政治(せいじ)(たずさ)わった者の多くが、(しろ)に立て()もっているらしく。 個々(ここ)所在(しょざい)不明(ふめい)集合(しゅうごう)合図(あいず)(おう)じたのは、ほんの数名だった。 なお、(れい)紳士(しんし)ことアンドレイ・ホプキンスは ... まだ、生きている。 たぶん ... ... たぶんね ... ... ある時、ノシュウェルは思った。 (とう)の本人はと言うと、部屋の(すみ)に置かれた椅子(いす)座面(ざめん)(また)いで(すわ)り、 (かべ)(ひたい)()項垂(うなだ)れたまま。 目を見開(みひら)いて、(あさ)呼吸(こきゅう)()(かえ)すだけ。 王党派(おうとうは)筆頭格(ひっとうかく)ともあろう者が、 戦時中(せんじちゅう)恐怖心(きょうふしん)()()るなど、笑い話にもならないのだが。 もしかしたら ... ... 百目ノ掌(ひゃくめのてのひら)を持つ魔物(キメラ)旋律(せんりつ)した先頃(さきごろ)。 何らかのかたちで恐懼(トラウマ)()え付けられてしまったのかもしれない。 けれども、今は()れないでおく。 ヴォルト、そしてエルジオの両名(りょうめい)聴取(ちょうしゅ)(まか)せたクロイツが、 その後の王都(おうと)視察(しさつ)しに行くと言うので、()()わねばならなかった。 地下施設(ちかしせつ)から鐘楼(しょうろう)見晴(みは)らしへ()かう(あいだ)も。 多くを(かた)ろうとはしないクロイツの都合(つごう)配慮(はいりょ)する彼は、 (だま)って周囲(しゅうい)警戒(けいかい)(てっ)する。 歩くだけで息切(いきぎ)れしてしまう相手(あいて)(たい)し、こちらから声を()ける気にはならなかった。 そうでなくとも、迂闊(うかつ)(たず)ねるわけにはいかない。 事情(じじょう)があるのだ。 精霊王ノ瞳(せいれいおうのひとみ)を使い、アンドレイの容体(ようだい)()ることは可能(かのう)だったろう。 しかし、その(ちから)発揮(はっき)するには頭脳(ずのう)体力(たいりょく)消耗(しょうもう)(ともな)う。 その(さい)足枷(あしかせ)となる制限(せいげん)使用頻度(しようひんど)負担率(ふたんりつ)回復(かいふく)割合(わりあい)所要日数等(しょようにっすうなど)(とく)にも、知られぬ方が()い。 相手(あいて)によっては付け()られるからだ。 クロイツは言う。 「そこにある(わな)(たい)し、回避(かいひ)するのが一番などと  答えを一つに(しぼ)ろうとする者ほど、無様(ぶざま)(さら)すのだ。  正攻法(せいこうほう)で生きていけるほど()の中は(あま)くない。  あえて()()り、仕掛(しか)けを(あば)いてこその攻略(こうりゃく)。  しかし、それらを()征圧(せいあつ)()()げるのは、大抵(たいてい) ... ()(ごま)だ」 独り言(ひとりごと)のように聞こえる。 唐突(とうとつ)で、脈絡(みゃくらく)もない話だが。 何か意味がありそう。 「()てられるものなど何一(なにひと)()い。  今の我々(われわれ)必要(ひつよう)なのは、(わな)をものともせず()(すす)むための精神力と体力。  そして、()(ごま)()いた《 奴等(やつら) 》と、その背後(はいご)悠長(ゆうちょう)にしている《 連中(れんちゅう) 》を、  (ぎゃく)()()()むための奇策(きさく)」 頭の中を整理(せいり)している最中(さいちゅう)なのだろうから、そっとしておく(こと)にする。 クロイツの背後(はいご)(ひか)(あと)()うノシュウェルは、 その(あいだ)黙々(もくもく)遊機動型装甲(ゆうきどうがたそうこう)召喚(しょうかん)()()けを(こな)していった。 ()いで決意(けつい)(あらた)める。 俺に、あの化物(バケモノ)みたいな素質(そしつ)()いが ... ... せめて、切り(ふだ)となる人の(たて)として、(つるぎ)として()(けず)覚悟(かくご)(しめ)そうと。 (たい)し、クロイツは()()くことなく(すす)む。 ()(あず)けるに()る人物の後押(あとお)しを、無駄(むだ)にしないために。 二人が(のぼ)()めた鐘楼(しょうろう)には魔物(キメラ)肉片(しにくへん)散乱(さんらん)し、(うごめ)いていた。 素早く外套(コート)()()て前に出るノシュウェルは、 一風変(いっぷうか)わった灰白(かいはく)鋼豪甲(パワードスーツ)(あら)わにし。 自身(じしん)肩腕部(けんわんぶ)から胸背部(きょうはいぶ)にかけ追従(ついじゅう)させた狙撃連対(そげきユニット)を、 一挙(いっきょ)稼働(かどう)後始末(あとしまつ)に取り()かる。 引き続く不穏(ふおん)状況(じょうきょう)とは対照的(たいしょうてき)に。 アイゼリア首都(しゅと)存在(そんざい)する洞空(どうくう)は、()けの金陽(こんよう)()ちていた。 爆風(ばくふう)により退(しりぞ)(けむり)の向こうに見る景色(けしき)は、雲中(うんちゅう)(しろ)を思わす。 照射(ホーミング)()焼滅(しょうめつ)していく残骸(ざんがい)余所(よそ)に、 (あた)りを見渡(みわた)すクロイツは、何かを(さが)しているよう。 正直(しょうじき)不安(ふあん)でしかないが。 「(いく)つもの戦略(せんりゃく)応変(おうへん)(もち)いて()()む ... 剛毅ノ士(ごうきのし)であれ」 自身(じしん)(さと)鼓舞(こぶ)するしかない。 やがて姿(すがた)(あらわ)すであろう男と向き合い、今後(こんご)の立ち(まわ)りを模索(もさく)しなければならないのだ。 折々(おりおり)変化(へんか)する環境(かんきょう)()()(かぎ)り、 一辺倒(いっぺんとう)舵取(かじと)りでは(ふね)(しず)んでしまいかねない。 物の見方(みかた)すら、変える必要(ひつよう)があるのかも。 ところが、思いも()らず(いき)()む。 クロイツの(するど)視線(しせん)が、(くも)の切れ()(たたず)気配(けはい)(とら)えた時だった。 (あお)(ほし)()(むすぶ)ぶ、光ノ樹(ひかりのき)を見たような。 その規模(きぼ)には、目を(うたが)う。 巨大(きょだい)にも(ほど)があるだろうと思った。 (あお)ぎ見るは、法基盤(ほうきばん)たる円陣(えんじん)高次元展開(こうじげんてんかい)()す、法義球連環(ほうぎきゅうれんかん)。 その中心にて。 白き羽衣(はごろも)(まと)い、虹色(にじいろ)雨粒(あまつぶ)天ノ橋(あまのはし)(えが)彼ノ魔導師(かのまどうし)を ... どう呼ぶべきか。 戸惑(とまど)わずにはいられないのだ。 魔物(キメラ)奇襲(きしゅう)(たい)反撃(はんげき)制圧後(せいあつご)変異前(へんいまえ)状態(じょうたい)へと還元(かんげん)実体(じったい)(うしな)った妖態(ようたい)への転化(てんか)()えた(のち)(こころ)と呼ばれる精神核(せいしんかく)幻素廻帰(げんそかいき)可能(かのう)にする。 (ぼう)天族(てんぞく)を ... 地上ノ民(ちじょうのたみ)は異端ノ魔導師と(しょう)し、(さげす)んだ。 ある者は言う。 「下賤ノ民(げせんのたみ)が ... 故国(ここく)シャンテの中枢(ちゅうすう)(つかさど)り、  叡智(えいち)(おさ)めた御使(みつか)いの一人に(たい)して、よくも ... ... 」 祭儀場(さいぎじょう)と思わしき円筒状(えんとうじょう)空間(くうかん)にて、 金属的変調(きんぞくてきへんちょう)(くわ)えたかのように反響(はんきょう)する声と。 辛辣(しんらつ)だが、情緒(じょうちょ)()ける()めた口調(くちょう)。 その人物は、少年の姿(すがた)をしていた。 白い(はだ)。 白い一枚布(いちまいぬの)(かた)から()ろし、()いた僧衣(そうい)口元(くちもと)まで()かれた面布(ヴェール)。 だいぶ()せて見えるが 華奢(きゃしゃ)ではない。 額冠(サークレット)複数(ふくすう)あしらわれた長菱型(ちょうりょうけい)素材(そざい)は ... 魔石(ませき)だろうか。 足元(あしもと)を見ても(かげ)()く。 水面(みなも)のように精鍛(せいたん)建材(けんざい)そのものが青白(あおじろ)(とも)り、一帯(いったい)()らす中。 少年の(ひたい)(かざ)()の色だけが、(あざ)やかに際立(きわだ)っているのだ。 しかし、それら(すべ)ての光景(こうけい)(さか)さに見える。 そして、(かす)む。 表情(ひょうじょう)垣間見(かいまみ)ることすら(かな)わない相手(あいて)を前に、(いき)絶え々(たえだえ)意識(いしき)(うしな)いかけているのは、何者(なにもの)だろう。 (たい)し向き合う少年の目には、 (さか)()状態(じょうたい)(はりつけ)にされた男の姿(すがた)(うつ)っていた。 ウルクアである。        

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