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【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】 第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅷ | 嵩都 靖一朗の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】
第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅷ
作者:
嵩都 靖一朗
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第六章◆精霊王ノ瞳~Ⅷ
己
(
おのれ
)
の立ち位置、視点の置き方に
悩
(
なや
)
む。 木を見て森を見ざるは、
彷徨
(
さまよ
)
い
消耗
(
しょうもう
)
するのみ。 多くの人々がそうであるように。 一つの物事に
囚
(
とら
)
われるほど全体像の
把握
(
はあく
)
は
難
(
むずか
)
しい。
惑
(
まど
)
わされるな ... ... 「
見失
(
みうし
)
なうな」 クロイツは
呟
(
つぶや
)
く。
自身
(
じしん
)
に言い聞かせているようでもあった。 「あらゆる
災禍
(
さいか
)
の
根源
(
こんげん
)
が、あの男であることを忘れてはならぬ」
繰
(
く
)
り返しになるが。 物事、
一つ々
(
ひとつひとつ
)
の答えを。
杜ノ民
(
もりのたみ
)
の正体を。 異国ノ
刺客
(
スパイ
)
を生かし利用す何者かの
狙
(
ねら
)
いを。
杜
(
もり
)
を
始末
(
しまつ
)
しようとしている
連中
(
れんちゅう
)
の
不都合
(
ふつごう
)
を。 魔導兵を
裏
(
うら
)
で
操
(
あやつ
)
る
奴等
(
やつら
)
が、それを手助けしている
理由
(
りゆう
)
を。 今、知る必要はない。
真
(
しん
)
に
留意
(
りゅうい
)
すべきは、 これまで
関
(
かか
)
わってきた者と、これから関わっていく者達が異端ノ魔導師に
及
(
およぼ
)
ぼす
影響
(
えいきょう
)
。
苦慮
(
くりょ
)
するクロイツを横に見て、 ノシュウェルは
事
(
こと
)
の
成
(
な
)
り
行
(
ゆ
)
きを
振
(
ふ
)
り
返
(
かえ
)
る。 「
我々
(
われわれ
)
は生きて帰る! この
魔導兵
(
まどうへい
)
が我々の
盾
(
たて
)
だ!」 その言葉は、王党派の
筆頭格
(
ひっとうかく
)
であろう
紳士
(
しんし
)
の口から
放
(
はな
)
たれた。
杜ノ呪縛
(
もりのじゅばく
)
から
逃
(
のが
)
れるため。 帝国の
奴等
(
やつら
)
と手を
結
(
むす
)
んだ気になって調子付いているかと思えば、そうでもないよう。 「
略々
(
ほぼほぼ
)
気を
失
(
うしな
)
っている
木偶の坊
(
でくのぼう
)
が、
役
(
やく
)
に立つと思うのか?」
煽
(
あお
)
るクロイツに
対
(
たい
)
し、少しばかり
黙
(
だま
)
る。 紳士の
息
(
いき
)
が
荒
(
あら
)
い。 「立ってもらうさ ... この
薬
(
くすり
)
でな!」
去勢
(
きょせい
)
を
張
(
は
)
っているだけ。
焦
(
あせ
)
りを
隠
(
かく
)
そうともしないのは、
崖っ淵
(
がけっぷち
)
を
自覚
(
じかく
)
しているせいだろう。 追い
詰
(
つ
)
めたのは、帝国の
勢
(
ぜい
)
。 とは言え
刺客
(
しかく
)
を
務
(
つと
)
めた人物が、そう
簡単
(
かんたん
)
に
唆
(
そそのか
)
されるはずはないが。 紳士の取り出した
自動注射器
(
オートインジェクター
)
内で
揺
(
ゆ
)
らぐ
充填薬
(
じゅうてんやく
)
は、
鮮血
(
せんけつ
)
を思わす。
察
(
さっ
)
し前に出たヴォルトは、紳士の
連
(
つ
)
れた
異形
(
いぎょう
)
を相手に
両腕
(
りょううで
)
の
仕込
(
しこ
)
み武器で
応戦
(
おうせん
)
した。
片
(
かた
)
やノシュウェルはクロイツの保護に
徹
(
てっ
)
するのみ。
多勢
(
たぜい
)
に
無勢
(
ぶぜい
)
である。 やがて
加勢
(
かせい
)
した紳士の
狙
(
ねら
)
いは言うまでもなく。
打
(
う
)
ち合うヴォルトは
常
(
つね
)
にカーツェルを気にかけた。 そうして紳士に
詰
(
つ
)
め
寄
(
よ
)
る。 「帝国の
高位貴族、及び上院議員
(
マグナート
)
から受け取った
魔薬
(
まやく
)
の効果を確かめるためか? そのためだけに
同志
(
どうし
)
を
犠牲
(
ぎせい
)
にしたと言うのか ... !?」 中毒症状が
酷
(
ひど
)
く
無差別的
(
むさべつてき
)
な
怪異
(
かいい
)
が
自滅
(
じめつ
)
していく中。 紳士は答えた。 「そう ... その通りだ ... 」 帝国の
奴等
(
やつら
)
は、魔導兵の
暴走
(
ぼうそう
)
を
機
(
き
)
に
進軍
(
しんぐん
)
を開始すると言っていたが。 「
馬鹿
(
ばか
)
げた話と思うだろう? 私達の
祖国
(
そこく
)
が
見過
(
みす
)
ごすはずがないのだからな」 だとすると、
双方
(
そうほう
)
に
見限
(
みかぎ
)
られるのが
関
(
せき
)
の山。 「ならば、あの魔導兵を
盾
(
たて
)
にして! あの異端ノ魔導師を
手土産
(
てみやげ
)
にして! 帰ろう!
共
(
とも
)
に! 私達だけでも!! ... ... なぁ、ヴォルト ... ... 」
天下統一
(
てんかとういつ
)
など、夢のまた夢なのだ。 「この国、アイゼリアの
有様
(
ありさま
)
を見てきただろう?
擬人化
(
ぎじんか
)
され
杜
(
もり
)
に
隷属
(
れいぞく
)
する
民
(
たみ
)
は気付いてもいないんだ! 本当の意味で
逃
(
のが
)
れようのない《世界》に
囚
(
とら
)
われてしまったことに! 私達だけなら、まだ ... 生きられる!!」 するとノシュウェルの胸に
積
(
つ
)
まれていく、新たな
謎
(
なぞ
)
。 またまた、何の話をしているやら ... ... そう考えると、
溜息
(
ためいき
)
が出てしまう。 しかし、気を取り
直
(
なお
)
すのは
簡単
(
かんたん
)
。 クロイツの言葉を思い出せば良い。 『まずは
深
(
ふか
)
く考えぬことだな。
憶測
(
おくそく
)
ありきで行動すると、思い込みによって情報が
捻
(
ね
)
じ
曲
(
ま
)
がる。
事実
(
じじつ
)
を事実として
捉
(
と
)
えられぬ者が、相手を出し
抜
(
ぬ
)
けるわけがないのだ』
複雑
(
ふくざつ
)
なようで
至
(
いた
)
って
単純
(
たんじゅん
)
と言うことで。 考える事は
皆
(
みな
)
、同じってコトにしとこ ... ... 気持ちを切り
替
(
か
)
えたついでと言っては何だが。 フラフラ と
近寄
(
ちかよ
)
って来た
異形
(
いぎょう
)
に一発お
見舞
(
みま
)
いすると、申し訳ないながらも スカッ とした気分だ。
一方
(
いっぽう
)
のヴォルトもまた
同様
(
どうよう
)
。 静かに
侘
(
わ
)
びながら紳士の手を
振
(
ふ
)
り
解
(
ほど
)
く。 「すまないな、アンドレイ。俺達は、ウルクアは ... 初めから夢なんか見ちゃいない」
加
(
くわ
)
え、何か言いかけたような。 ノシュウェルには、こう聞こえていた。 むしろ ... ... むしろ、何だ。 気になる ... が、次の瞬間。 クロイツの
舌打
(
したう
)
ちを耳にし、
背筋
(
せすじ
)
が
凍
(
こお
)
る。
極力
(
きょくりょく
)
その場を動かぬよう、
恐る々
(
おそるおそる
)
見たところ。 「
黙
(
だま
)
って引くのだ! ヴォルト!」
意味不明
(
いみふめい
)
な
指示
(
しじ
)
が
飛
(
と
)
び、ヴォルトばかりかノシュウェルすら耳を
疑
(
うたが
)
った。 これには紳士も
硬直
(
こうちょく
)
する。
違和感
(
いわかん
)
しかない。
当
(
とう
)
のクロイツは
腕
(
うで
)
を
組
(
く
)
み、何を思ったか。
身
(
み
)
を横たえ
薄目
(
うすめ
)
を
開
(
あ
)
けたままのカーツェルを残し、
後退
(
こうたい
)
していく
始末
(
しまつ
)
。
対
(
たい
)
して紳士は
即
(
そく
)
、行動した。
唖然
(
あぜん
)
とするヴォルトの目を
盗
(
ぬす
)
み、ノシュウェルを
蹴
(
け
)
り飛ばして。 まんまと
間
(
あいだ
)
に入り
込
(
こ
)
むまで、
全
(
まった
)
く
警戒
(
けいかい
)
しなかったわけではないが。
意
(
い
)
に
介
(
かい
)
している場合でもなかった。
躊躇
(
ためら
)
ったところで
仕方
(
しかた
)
がないのだ。
計画優先
(
けいかくゆうせん
)
であるからして。 カーツェルの
髪
(
かみ
)
を
掴
(
つか
)
んで
持
(
も
)
ち上げ、
首筋
(
くびすじ
)
に
注射器
(
インジェクター
)
の
先
(
さき
)
を
押
(
お
)
し付けると。
暫
(
しば
)
し
息
(
いき
)
を
整
(
ととの
)
えたのち、紳士は言う。 「さあ ... 魔導兵を
暴走
(
ぼうそう
)
させたくなければ、あの魔導師に協力させろ!」 だがしかし。 「
断
(
ことわ
)
る」 ... ... ... ... クロイツが、 サラリ 、と、言って
退
(
の
)
けたので。 ... ... ... ... 「はい ??? 」
終ー了ー
(
しゅうりょう
)
。
拍子抜
(
ひょうしぬ
)
けし、思わず
適当
(
てきとう
)
に聞き返すヴォルトは完全に立ち
尽
(
つ
)
くしていた。
肩
(
かた
)
を
震
(
ふる
)
わせ、
俯
(
うつむ
)
いたのはノシュウェルの方。 もしかして、会話する気が無いのかな。 いや、まさかね。 でもきっと、頭おかしいと思われてるし。 やだ、もう、笑っちゃいそうなんだけど ... ... 少しでも笑い声が
漏
(
も
)
れたら、ぶっ飛ばされそうなので。 どうにか
堪
(
こら
)
え、
深呼吸
(
しんこきゅう
)
。 あらため顔を上げてみたところ。 ふざけているのか ... ... ? とでも言いたそうなヴォルトと目が合ったので、
頷
(
うなづ
)
いてみる。 すると彼の顔から血の
気
(
け
)
が引いた。 ある意味、
腹
(
はら
)
を
据
(
す
)
え
覚悟
(
かくご
)
を決めたからこその
余裕
(
よゆう
)
とも言える。 しかしヴォルトには
理解
(
りかい
)
できない。 紳士だって同じ
心境
(
しんきょう
)
と思う。 何せ
再
(
ふたた
)
び
硬直
(
こうちょく
)
したきり動きを見せない。 待ちくたびれてしまう前に、クロイツは
渋々
(
しぶしぶ
)
言い
加
(
くわ
)
えた。 「何を
呆
(
ほう
)
けている。さっさと
試
(
ため
)
してみるがいい」 するとだ。やっと声に出た。 「馬鹿な!
正気
(
しょうき
)
か!?」 ヴォルトが
捲
(
まく
)
し立てる。 「魔導兵だぞ!? 帝国ノ
策士
(
さくし
)
どもがどう
利用
(
りよう
)
するつもりか分かって言ってるのか!?」 分かっているのだろう。 けれども
納得
(
なっとく
)
できるよう、せめて説明して
欲
(
ほ
)
しい。 ところが相手に、その気は無さそう。 「
何
(
なぁに
)
、
結果
(
けっか
)
は変わらん。どのみち
貴様等
(
きさまら
)
はここで死ぬのだ」 本当に
理由
(
わけ
)
が分からない。
混乱
(
こんらん
)
する。 落ち
着
(
つ
)
け。 落ち着け。 目を
見開
(
みひら
)
き
己
(
おのれ
)
を
諭
(
さと
)
す紳士は、ある時。 「 ハ ッ... ... 」
短
(
みじか
)
く
息
(
いき
)
を気って、
咄嗟
(
とっさ
)
に
振
(
ふ
)
り:向いた。 すると、音も無く
迫
(
せま
)
る
影
(
かげ
)
... いや、
壁
(
かべ
)
... だろうか。
逆光
(
ぎゃっこう
)
の中、
素早
(
すばや
)
く立ち
塞
(
ふさ
)
がったのは、
覡
(
かんなぎ
)
、
演
(
え
)
じる
彼
(
か
)
ノ魔導師。
双方
(
そうほう
)
を
隔
(
へだて
)
てるは、
彼
(
かれ
)
によって
紡
(
つむ
)
がれし
零ノ境界
(
ぜろのきょうかい
)
。
法
(
ほう
)
の
盾
(
たて
)
を
収縮
(
しゅうしゅく
)
し
砲弾
(
ほうだん
)
として
撃
(
う
)
ち出す
衝撃
(
しょうげき
)
も、
轟音
(
ごうおん
)
も、こちら
側
(
がわ
)
には
届
(
とど
)
かない。 壁のように見えたのは、巨大な
魔物
(
キメラ
)
の
掌
(
てのひら
)
だった。 それらの
光景
(
こうけい
)
を
目前
(
もくぜん
)
にしながら、クロイツは
更
(
さら
)
に
指摘
(
してき
)
する。 「
魔物
(
キメラ
)
の攻撃対象は、この中にいる《人間》だ」 カーツェルのことに
違
(
ちが
)
いない。 誰もが
一度
(
いちど
)
は、そう思った。 しかし ...
日頃
(
ひごろ
)
から
化物
(
バケモノ
)
と
揶揄
(
やゆ
)
していた
相手
(
あいて
)
を
今更
(
いまらさ
)
、
人扱
(
ひとあつか
)
いするだろうか。
鋭
(
するど
)
く紳士を
睨
(
にら
)
むクロイツは、立て続けに
意表
(
いひょう
)
を
突
(
つ
)
く。 「分かるか? 本来、
杜
(
もり
)
に
招
(
まね
)
かれているのは、あの男 ... 異端ノ魔導師のみ。
貴様等
(
きさまら
)
だけではなく
我々
(
われわれ
)
すら、とっくに
屠
(
ほふ
)
られていたやもしれぬのだ。 そうさせなかったのは、
偽ノ王太子
(
にせのおうたいし
)
だろうな。 あの男の
僕
(
しもべ
)
である魔導兵を、
杜ノ毒
(
もりのどく
)
に
晒
(
さら
)
し、 少しでも
弱体
(
じゃくたい
)
させるため
利用
(
りよう
)
するという
策
(
さく
)
のもと。
今頃
(
いまごろ
)
は
体
(
てい
)
よく
交渉
(
こうしょう
)
のテーブルに
着
(
つ
)
いたに
違
(
ちが
)
いない。 帝国の
奴等
(
やつら
)
は知っていたのだ。
杜ノ毒
(
もりのどく
)
は、その
化物
(
ばけもの
)
をも
麻痺
(
まひ
)
させる。 まるで ...
冥府ノ病
(
めいふのきり
)
... そのもの。 この男が
正気
(
しょうき
)
を
装
(
よそお
)
っいられたのは、
欲
(
よく
)
を
喰
(
く
)
らい
無我ノ境地
(
むがのきょうち
)
へ
誘
(
いざな
)
う
霧
(
きり
)
と、 霧を
凍
(
い
)
てつかせ
砕
(
くだ
)
く
冥府ノ炎
(
めいふのひ
)
の
拮抗
(
きっこう
)
が
要因
(
よういん
)
。 これまでは良かった。 そう、これまでは ... 問題なく
隠
(
かく
)
せていたのだからな」
依然
(
いぜん
)
として
腑
(
ふ
)
に
落
(
お
)
ちないばかりか、
逆
(
ぎゃく
)
に聞きたかった。 異端ノ魔導師の
僕
(
しもべ
)
が、誰に、何を
隠
(
かく
)
していると言うのだろう。 ところが誰一人として口を
開
(
ひら
)
こうとしない。 まともに
息
(
いき
)
をしているのは、クロイツだけではなかろうか。 そう思ったノシュウェル
自身
(
じしん
)
も、
呼吸
(
こきゅう
)
がままならなず
気
(
き
)
が
遠
(
とお
)
のく。 頭上を見やれば、
腐肉
(
ふにく
)
の
塊
(
かたまり
)
に
埋
(
う
)
め
込
(
こ
)
まれたかのような、
特大
(
とくだい
)
の目。 数えきれないそれらから、
滴
(
したた
)
る
液体
(
えきたい
)
が
毒
(
どく
)
の
煙
(
けむり
)
を上げているのだ。 どこを
向
(
む
)
いても
魔物
(
キメラ
)
と目が合う
状態
(
じょうたい
)
で
平常心
(
へいじょうしん
)
を
保
(
たも
)
つなど、まあ
無理
(
むり
)
と言うか。 紳士の手が
震
(
ふる
)
え
始
(
はじ
)
めた
拍子
(
ひょうし
)
。 《 プシュ ッ ... ... 》
意図
(
いと
)
せず作動した
自動注射器
(
オートインジェクター
)
の
射音
(
しゃおん
)
を耳にしても。 あ ... ... と、思うだけだった。 なお、クロイツは
淡々
(
たんたん
)
として
述
(
の
)
べる。 「
安心
(
あんしん
)
しろ ...
魔薬
(
まやく
)
など
与
(
あた
)
えたところで
効
(
き
)
かぬのだ」 ああ良かった ... ... じゃなくて。 どうして言い切れるのか知りたい。 それぞれがクロイツを見やり、答えを
待
(
ま
)
つしかないところ。 どういった
心境
(
しんきょう
)
からだろう。 一度、ゆっくりと
舌
(
した
)
に
触
(
ふ
)
れ、
濡
(
ぬ
)
れた
唇
(
くちびる
)
が
意外
(
いがい
)
な言葉を
発
(
はっ
)
した。 「
何故
(
なぜ
)
なら、その
化物
(
バケモノ
)
は
堕落
(
だらく
)
している」 そう、知っていたのだ。 「 ... ... 初めからな」 異端ノ魔導師は、
境界
(
きょうかい
)
の
向
(
む
)
こう。
三次元映写幕
(
さんじげんスクリーン
)
があらわす
造影
(
ぞうえい
)
のように、あちらこちらと
現
(
あらわ
)
れては
消
(
き
)
え。
法
(
ほう
)
を
撃
(
う
)
ち
込
(
こ
)
み、やがて
魔物
(
キメラ
)
を
拘束
(
こうそく
)
し
還元
(
かんげん
)
していく。
幾
(
いく
)
つもの
法陣
(
ほうじん
)
を
紡
(
つむ
)
ぎ
綾
(
あや
)
した
義球
(
ぎきゅう
)
、
内部
(
ないぶ
)
にて。
印
(
しるし
)
を
組
(
く
)
み
引
(
ひ
)
く指先、
一連
(
いちれん
)
の
所作
(
しょさ
)
は、
舞
(
まい
)
い
踊
(
おど
)
るかのようだった。 クロイツに帝都へ
連
(
つ
)
れ
戻
(
もど
)
された、
主従
(
しゅじゅう
)
の
契約解除
(
けいやくかいじょ
)
を
謀
(
はか
)
ったのは、
信教徒
(
しんきょうと
)
の
過激派
(
パルチザン
)
を率いるバノマン
枢機卿
(
すうききょう
)
と、
彼
(
か
)
の
尊
(
みこと
)
。
片
(
かた
)
や
前者
(
ぜんしゃ
)
を
退
(
しりぞ
)
け、 アレセルにクロイツ
一行
(
いっこう
)
の国外逃亡を
教唆
(
きょうさ
)
するよう
手引
(
てび
)
きしたのは帝国ノ
結社
(
けっしゃ
)
、
NOⅣ
(
クアトロ
)
。 カーツェルの
実兄
(
じっけい
)
。 それぞれの
動向
(
どうこう
)
を思い
返
(
かえ
)
せば、 なるほど ... クロイツのような
策士
(
さくし
)
が
単独、野放
(
たんどく のばなし
)
しにされてきたのも
頷
(
うなづ
)
ける。
精霊王ノ瞳
(
せいれいおうのひとみ
)
がある
限
(
かぎ
)
り。 例えフェレンスとカーツェルの
主従関係
(
しゅじゅうかんけい
)
に
亀裂
(
きれつ
)
が
生
(
しょう
)
じようと、
魔導兵
(
まどうへい
)
の
制限
(
せいげん
)
は
可能
(
かのう
)
なのだから。 「ところが
当
(
とう
)
の本人は何も知らぬ。 いや ...
単
(
たん
)
に
覚
(
おぼ
)
えていないのだ」 クロイツは言った。 「
要
(
よう
)
するに、そいつは ...
主人
(
しゅじん
)
であるフェレンスにすら知られたくない何らかの事実を、
自身
(
じしん
)
の
記憶
(
きおく
)
ごと
覆
(
おお
)
い
隠
(
かく
)
していると言えるわけだが」
一先
(
ひとま
)
ずは、話を切り上げなければならない。 今、こうしている
間
(
あいだ
)
にも、
連中
(
れんちゅう
)
は
機
(
き
)
を
伺
(
うかが
)
っているに
違
(
ちが
)
いないのだと。 「あの
魔物
(
キメラ
)
が
今更
(
いまさら
)
のように
貴様等
(
きさまら
)
を
狙
(
ねら
)
うのにも
事情
(
じじょうが
)
ある」 クロイツが紳士から目を離さない
理由
(
りゆう
)
も
然
(
しか
)
り。 「アンドレイと言ったか。
貴様
(
きさま
)
こそ心当たりがあるはずだな?」 名を
呼
(
よ
)
ばれ
脱力
(
だつりょく
)
する紳士の手から落ちた
注射器
(
インジェクター
)
が、音を立て
転
(
ころ
)
がった。 《 カラカラ ... コロコロコロ ... 》 その中で
滴
(
したた
)
るは、魔力を
宿
(
やど
)
した人の血より
精製
(
せいせい
)
されし
魔ノ薬
(
まのくすり
)
。
入手経路
(
にゅうしゅけいろ
)
も
明
(
あき
)
らかだ。 紳士をはじめとする王党派の人々は皆。 とある人物から注意を
逸
(
そ
)
らすための
目眩
(
めくら
)
ましとして
利用
(
りよう
)
されたにすぎない。 「さあ、立て! 生きたくば
速
(
すみ
)
やかに
我々
(
われわれ
)
を
案内
(
あんない
)
するのだ!
魔薬
(
まやく
)
を
運
(
はこ
)
んだ者のもとへ!」 生きたくば ... ... 紳士は
拳
(
こぶし
)
を
握
(
にぎり
)
、歯を食いしばる。 ただし、クロイツは付け
加
(
くわ
)
えた。 「この私の気が、変わらぬうちにな」
怖
(
こっっっわ
)
ぁぁぁぁぁぁ ... ...
一同
(
いちどう
)
が
察
(
さっ
)
するに。 フェレンスが
魔物
(
キメラ
)
を
始末
(
しまつ
)
するまでにという意味だろうと思う。 異端ノ魔導師の手が
空
(
あ
)
けば
用済
(
ようず
)
みという事。 ただの
脅
(
おど
)
し
文句
(
もんく
)
にしては
上等
(
じょうとう
)
すぎて。 いやはや。 紳士としても、クロイツの
手引
(
てび
)
きに
従
(
したが
)
うしかないのであった。
相互的
(
そうごてき
)
に
因縁深
(
いんねんぶか
)
い帝国ノ
二派
(
には
)
を出し
抜
(
ぬ
)
くため、
一行
(
いっこう
)
は
急
(
いそ
)
ぐ。 しかし、紳士が案内した
地下施設
(
ちかしせつ
)
は
蛻
(
もぬけ
)
の
殻
(
から
)
となっており ... 誰もいない。 やがてノシュウェルが放った二発目の
曳光弾
(
えいこうだん
)
は、
呼
(
よ
)
び
寄
(
よ
)
せの
合図
(
あいず
)
となり。
後
(
にち
)
に
合流
(
ごうりゅう
)
したエルジオと
幼子
(
おさなご
)
にも、
事
(
こと
)
の
詳細
(
しょうさい
)
が知らされた。 フェレンスが
戻
(
もど
)
るまでカーツェルを
介抱
(
かいほう
)
したのは、
勿論
(
もちろん
)
、チェシャだが。 色んな意味で
複雑
(
ふくざつ
)
な
気分
(
きぶん
)
だったろう。 そう思い
巡
(
めぐ
)
らせたのは、ノシュウェルやクロイツだけではないはず。
己
(
おの
)
が
下僕
(
しもべ
)
とは
対事的
(
たいじてき
)
に
仮初ノ主
(
かりそめのあるじ
)
を
演
(
えん
)
じ続けてきたらしいフェレンスには、
一体
(
いったい
)
どれだけの顔が
存在
(
そんざい
)
するのか。
想像
(
そうぞう
)
もつかないのに。
対
(
たい
)
しカーツェルが記憶を
封
(
ふう
)
じるに
至
(
いた
)
った
経緯
(
けいい
)
については、
憶測
(
おくそく
)
ばかり。 カーツェルの
傍
(
そば
)
を
離
(
はな
)
れようとしないチェシャは、うんざりしていたのかもしれない。
周
(
まわ
)
りの
大人達
(
おとなたち
)
が、どのように声をかけたとしても、
決
(
けっ
)
して ...
返事
(
へんじ
)
をしようとはしなかった。
人
(
ひと
)
で
溢
(
あふ
)
れていたはずの
王都
(
おうと
)
には
粉塵
(
ふんじん
)
が
漂
(
ただよ
)
い。
開
(
ひら
)
いたままの
窓
(
まど
)
から見る
屋内
(
おくない
)
でさえ、 つい
先程
(
さきほど
)
まで誰かしらが生活していたであろう
気配
(
けはい
)
だけを
残
(
のこ
)
し、
不気味
(
ぶきみ
)
に
静
(
しず
)
まり
返
(
かえ
)
っている。 ある者は、こう
証言
(
しょうげん
)
した。 『
鉱床
(
こうしょう
)
に
配備
(
はいび
)
された
爆撃隊
(
ばくげきたい
)
を
率
(
ひき
)
いていたはずが、
気付
(
きづ
)
けば一人。取り残されていました』
詳
(
くわ
)
しく聞けば、クロイツ
一行
(
いっこう
)
の
援護
(
えんご
)
に
参加
(
さんか
)
した
諜報員
(
ちょうほういん
)
の中にも、
行方不明者
(
ゆくへふめいしゃ
)
が
複数
(
ふくすう
)
いるとのこと。 また、
政治
(
せいじ
)
に
携
(
たずさ
)
わった者の多くが、
城
(
しろ
)
に立て
籠
(
こ
)
もっているらしく。
個々
(
ここ
)
の
所在
(
しょざい
)
は
不明
(
ふめい
)
。
集合
(
しゅうごう
)
の
合図
(
あいず
)
に
応
(
おう
)
じたのは、ほんの数名だった。 なお、
例
(
れい
)
の
紳士
(
しんし
)
ことアンドレイ・ホプキンスは ... まだ、生きている。 たぶん ... ... たぶんね ... ... ある時、ノシュウェルは思った。
当
(
とう
)
の本人はと言うと、部屋の
隅
(
すみ
)
に置かれた
椅子
(
いす
)
の
座面
(
ざめん
)
を
跨
(
また
)
いで
座
(
すわ
)
り、
壁
(
かべ
)
に
額
(
ひたい
)
を
付
(
つ
)
け
項垂
(
うなだ
)
れたまま。 目を
見開
(
みひら
)
いて、
浅
(
あさ
)
い
呼吸
(
こきゅう
)
を
繰
(
く
)
り
返
(
かえ
)
すだけ。
王党派
(
おうとうは
)
の
筆頭格
(
ひっとうかく
)
ともあろう者が、
戦時中
(
せんじちゅう
)
に
恐怖心
(
きょうふしん
)
を
引
(
ひ
)
き
摺
(
ず
)
るなど、笑い話にもならないのだが。 もしかしたら ... ...
百目ノ掌
(
ひゃくめのてのひら
)
を持つ
魔物
(
キメラ
)
に
旋律
(
せんりつ
)
した
先頃
(
さきごろ
)
。 何らかのかたちで
恐懼
(
トラウマ
)
を
植
(
う
)
え付けられてしまったのかもしれない。 けれども、今は
触
(
ふ
)
れないでおく。 ヴォルト、そしてエルジオの
両名
(
りょうめい
)
に
聴取
(
ちょうしゅ
)
を
任
(
まか
)
せたクロイツが、 その後の
王都
(
おうと
)
を
視察
(
しさつ
)
しに行くと言うので、
付
(
つ
)
き
添
(
そ
)
わねばならなかった。
地下施設
(
ちかしせつ
)
から
鐘楼
(
しょうろう
)
の
見晴
(
みは
)
らしへ
向
(
む
)
かう
間
(
あいだ
)
も。 多くを
語
(
かた
)
ろうとはしないクロイツの
都合
(
つごう
)
に
配慮
(
はいりょ
)
する彼は、
黙
(
だま
)
って
周囲
(
しゅうい
)
の
警戒
(
けいかい
)
に
徹
(
てっ
)
する。 歩くだけで
息切
(
いきぎ
)
れしてしまう
相手
(
あいて
)
に
対
(
たい
)
し、こちらから声を
掛
(
か
)
ける気にはならなかった。 そうでなくとも、
迂闊
(
うかつ
)
に
尋
(
たず
)
ねるわけにはいかない。
事情
(
じじょう
)
があるのだ。
精霊王ノ瞳
(
せいれいおうのひとみ
)
を使い、アンドレイの
容体
(
ようだい
)
を
診
(
み
)
ることは
可能
(
かのう
)
だったろう。 しかし、その
力
(
ちから
)
を
発揮
(
はっき
)
するには
頭脳
(
ずのう
)
と
体力
(
たいりょく
)
の
消耗
(
しょうもう
)
が
伴
(
ともな
)
う。 その
際
(
さい
)
に
足枷
(
あしかせ
)
となる
制限
(
せいげん
)
。
使用頻度
(
しようひんど
)
と
負担率
(
ふたんりつ
)
。
回復
(
かいふく
)
の
割合
(
わりあい
)
や
所要日数等
(
しょようにっすうなど
)
は
特
(
とく
)
にも、知られぬ方が
良
(
よ
)
い。
相手
(
あいて
)
によっては付け
入
(
い
)
られるからだ。 クロイツは言う。 「そこにある
罠
(
わな
)
に
対
(
たい
)
し、
回避
(
かいひ
)
するのが一番などと 答えを一つに
絞
(
しぼ
)
ろうとする者ほど、
無様
(
ぶざま
)
を
晒
(
さら
)
すのだ。
正攻法
(
せいこうほう
)
で生きていけるほど
世
(
よ
)
の中は
甘
(
あま
)
くない。 あえて
踏
(
ふ
)
み
入
(
い
)
り、
仕掛
(
しか
)
けを
暴
(
あば
)
いてこその
攻略
(
こうりゃく
)
。 しかし、それらを
経
(
へ
)
て
征圧
(
せいあつ
)
を
成
(
な
)
し
遂
(
と
)
げるのは、
大抵
(
たいてい
)
...
捨
(
す
)
て
駒
(
ごま
)
だ」
独り言
(
ひとりごと
)
のように聞こえる。
唐突
(
とうとつ
)
で、
脈絡
(
みゃくらく
)
もない話だが。 何か意味がありそう。 「
捨
(
す
)
てられるものなど
何一
(
なにひと
)
つ
無
(
な
)
い。 今の
我々
(
われわれ
)
に
必要
(
ひつよう
)
なのは、
罠
(
わな
)
をものともせず
突
(
つ
)
き
進
(
すす
)
むための精神力と体力。 そして、
捨
(
す
)
て
駒
(
ごま
)
を
置
(
お
)
いた《
奴等
(
やつら
)
》と、その
背後
(
はいご
)
で
悠長
(
ゆうちょう
)
にしている《
連中
(
れんちゅう
)
》を、
逆
(
ぎゃく
)
に
引
(
ひ
)
き
摺
(
ず
)
り
込
(
こ
)
むための
奇策
(
きさく
)
」 頭の中を
整理
(
せいり
)
している
最中
(
さいちゅう
)
なのだろうから、そっとしておく
事
(
こと
)
にする。 クロイツの
背後
(
はいご
)
に
控
(
ひか
)
え
後
(
あと
)
を
追
(
お
)
うノシュウェルは、 その
間
(
あいだ
)
に
黙々
(
もくもく
)
と
遊機動型装甲
(
ゆうきどうがたそうこう
)
の
召喚
(
しょうかん
)
と
組
(
く
)
み
着
(
づ
)
けを
熟
(
こな
)
していった。
次
(
つ
)
いで
決意
(
けつい
)
を
改
(
あらた
)
める。 俺に、あの
化物
(
バケモノ
)
みたいな
素質
(
そしつ
)
は
無
(
な
)
いが ... ... せめて、切り
札
(
ふだ
)
となる人の
盾
(
たて
)
として、
剣
(
つるぎ
)
として
身
(
み
)
を
削
(
けず
)
る
覚悟
(
かくご
)
を
示
(
しめ
)
そうと。
対
(
たい
)
し、クロイツは
振
(
ふ
)
り
向
(
む
)
くことなく
進
(
すす
)
む。
背
(
せ
)
を
預
(
あず
)
けるに
足
(
た
)
る人物の
後押
(
あとお
)
しを、
無駄
(
むだ
)
にしないために。 二人が
登
(
のぼ
)
り
詰
(
つ
)
めた
鐘楼
(
しょうろう
)
には
魔物
(
キメラ
)
の
肉片
(
しにくへん
)
が
散乱
(
さんらん
)
し、
蠢
(
うごめ
)
いていた。 素早く
外套
(
コート
)
を
脱
(
ぬ
)
ぎ
捨
(
す
)
て前に出るノシュウェルは、
一風変
(
いっぷうか
)
わった
灰白
(
かいはく
)
の
鋼豪甲
(
パワードスーツ
)
を
露
(
あら
)
わにし。
自身
(
じしん
)
の
肩腕部
(
けんわんぶ
)
から
胸背部
(
きょうはいぶ
)
にかけ
追従
(
ついじゅう
)
させた
狙撃連対
(
そげきユニット
)
を、
一挙
(
いっきょ
)
に
稼働
(
かどう
)
。
後始末
(
あとしまつ
)
に取り
掛
(
と
)
かる。 引き続く
不穏
(
ふおん
)
な
状況
(
じょうきょう
)
とは
対照的
(
たいしょうてき
)
に。 アイゼリア
首都
(
しゅと
)
が
存在
(
そんざい
)
する
洞空
(
どうくう
)
は、
明
(
あ
)
けの
金陽
(
こんよう
)
で
満
(
み
)
ちていた。
爆風
(
ばくふう
)
により
退
(
しりぞ
)
く
煙
(
けむり
)
の向こうに見る
景色
(
けしき
)
は、
雲中
(
うんちゅう
)
の
城
(
しろ
)
を思わす。
照射
(
ホーミング
)
を
受
(
う
)
け
焼滅
(
しょうめつ
)
していく
残骸
(
ざんがい
)
を
余所
(
よそ
)
に、
辺
(
あた
)
りを
見渡
(
みわた
)
すクロイツは、何かを
探
(
さが
)
しているよう。
正直
(
しょうじき
)
、
不安
(
ふあん
)
でしかないが。 「
幾
(
いく
)
つもの
戦略
(
せんりゃく
)
を
応変
(
おうへん
)
に
用
(
もち
)
いて
斬
(
き
)
り
込
(
こ
)
む ...
剛毅ノ士
(
ごうきのし
)
であれ」
自身
(
じしん
)
を
諭
(
さと
)
し
鼓舞
(
こぶ
)
するしかない。 やがて
姿
(
すがた
)
を
現
(
あらわ
)
すであろう男と向き合い、
今後
(
こんご
)
の立ち
回
(
まわ
)
りを
模索
(
もさく
)
しなければならないのだ。
折々
(
おりおり
)
、
変化
(
へんか
)
する
環境
(
かんきょう
)
に
身
(
み
)
を
置
(
お
)
く
限
(
かぎ
)
り、
一辺倒
(
いっぺんとう
)
な
舵取
(
かじと
)
りでは
船
(
ふね
)
が
沈
(
しず
)
んでしまいかねない。 物の
見方
(
みかた
)
すら、変える
必要
(
ひつよう
)
があるのかも。 ところが、思いも
寄
(
よ
)
らず
息
(
いき
)
を
呑
(
の
)
む。 クロイツの
鋭
(
するど
)
い
視線
(
しせん
)
が、
雲
(
くも
)
の切れ
間
(
ま
)
に
佇
(
たたず
)
む
気配
(
けはい
)
を
捉
(
とら
)
えた時だった。
蒼
(
あお
)
い
星
(
ほし
)
の
実
(
み
)
を
結
(
むすぶ
)
ぶ、
光ノ樹
(
ひかりのき
)
を見たような。 その
規模
(
きぼ
)
には、目を
疑
(
うたが
)
う。
巨大
(
きょだい
)
にも
程
(
ほど
)
があるだろうと思った。
仰
(
あお
)
ぎ見るは、
法基盤
(
ほうきばん
)
たる
円陣
(
えんじん
)
の
高次元展開
(
こうじげんてんかい
)
を
成
(
な
)
す、
法義球連環
(
ほうぎきゅうれんかん
)
。 その中心にて。 白き
羽衣
(
はごろも
)
を
纏
(
まと
)
い、
虹色
(
にじいろ
)
の
雨粒
(
あまつぶ
)
で
天ノ橋
(
あまのはし
)
を
描
(
えが
)
く
彼ノ魔導師
(
かのまどうし
)
を ... どう呼ぶべきか。
戸惑
(
とまど
)
わずにはいられないのだ。
魔物
(
キメラ
)
の
奇襲
(
きしゅう
)
に
対
(
たい
)
し
反撃
(
はんげき
)
、
制圧後
(
せいあつご
)
。
変異前
(
へんいまえ
)
の
状態
(
じょうたい
)
へと
還元
(
かんげん
)
。
実体
(
じったい
)
を
失
(
うしな
)
った
妖態
(
ようたい
)
への
転化
(
てんか
)
を
終
(
お
)
えた
後
(
のち
)
。
心
(
こころ
)
と呼ばれる
精神核
(
せいしんかく
)
の
幻素廻帰
(
げんそかいき
)
を
可能
(
かのう
)
にする。
某
(
ぼう
)
、
天族
(
てんぞく
)
を ...
地上ノ民
(
ちじょうのたみ
)
は異端ノ魔導師と
称
(
しょう
)
し、
蔑
(
さげす
)
んだ。 ある者は言う。 「
下賤ノ民
(
げせんのたみ
)
が ...
故国
(
ここく
)
シャンテの
中枢
(
ちゅうすう
)
を
司
(
つかさど
)
り、
叡智
(
えいち
)
を
治
(
おさ
)
めた
御使
(
みつか
)
いの一人に
対
(
たい
)
して、よくも ... ... 」
祭儀場
(
さいぎじょう
)
と思わしき
円筒状
(
えんとうじょう
)
の
空間
(
くうかん
)
にて、
金属的変調
(
きんぞくてきへんちょう
)
を
加
(
くわ
)
えたかのように
反響
(
はんきょう
)
する声と。
辛辣
(
しんらつ
)
だが、
情緒
(
じょうちょ
)
に
欠
(
か
)
ける
冷
(
さ
)
めた
口調
(
くちょう
)
。 その人物は、少年の
姿
(
すがた
)
をしていた。 白い
肌
(
はだ
)
。 白い
一枚布
(
いちまいぬの
)
を
肩
(
かた
)
から
下
(
お
)
ろし、
巻
(
ま
)
いた
僧衣
(
そうい
)
。
口元
(
くちもと
)
まで
引
(
ひ
)
かれた
面布
(
ヴェール
)
。 だいぶ
痩
(
や
)
せて見えるが
華奢
(
きゃしゃ
)
ではない。
額冠
(
サークレット
)
に
複数
(
ふくすう
)
あしらわれた
長菱型
(
ちょうりょうけい
)
の
素材
(
そざい
)
は ...
魔石
(
ませき
)
だろうか。
足元
(
あしもと
)
を見ても
影
(
かげ
)
は
無
(
な
)
く。
水面
(
みなも
)
のように
精鍛
(
せいたん
)
な
建材
(
けんざい
)
そのものが
青白
(
あおじろ
)
く
灯
(
とも
)
り、
一帯
(
いったい
)
を
照
(
て
)
らす中。 少年の
額
(
ひたい
)
を
飾
(
かざ
)
る
血
(
ち
)
の色だけが、
鮮
(
あざ
)
やかに
際立
(
きわだ
)
っているのだ。 しかし、それら
全
(
すべ
)
ての
光景
(
こうけい
)
が
逆
(
さか
)
さに見える。 そして、
霞
(
かす
)
む。
表情
(
ひょうじょう
)
を
垣間見
(
かいまみ
)
ることすら
叶
(
かな
)
わない
相手
(
あいて
)
を前に、
息
(
いき
)
も
絶え々
(
たえだえ
)
。
意識
(
いしき
)
を
失
(
うしな
)
いかけているのは、
何者
(
なにもの
)
だろう。
対
(
たい
)
し向き合う少年の目には、
逆
(
さか
)
さ
吊
(
づ
)
り
状態
(
じょうたい
)
で
磔
(
はりつけ
)
にされた男の
姿
(
すがた
)
が
映
(
うつ
)
っていた。 ウルクアである。
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嵩都 靖一朗
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