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第40話
(……可愛い………)
何も考えず、勢いだけでこの場所に来てしまった事を僕は早くも後悔していた。
喫茶店の中にいる客が-男も女も-チロチロとこちら…僕の目の前に座っている人物を、気にしている。
それ程に僕の目の前に座ってコーヒーを飲んでいる人物-愛原雅樹は綺麗で可愛かった。
綺麗で可愛いって…なんかおかしいかもだけど、それしか表現のしようがない。
長い睫毛、パッチリとした二重のアーモンドアイ、白い肌、つるつるすべすべのピンクの頬、小振りな鼻、プルプルつやつやの唇、それらが全て小さな顔の中にキチンと配置されていて薄茶色のクルクルとした巻き毛がその顔を包んでいる。
僕も、思わず見惚れてしまった。
(………人形みたい…)
あの後、和巳の『愛原に会いたいか?』との問いに勢いだけで頷いてしまったけれど。
これ程、可愛ければ眞司が好きになるのも頷ける。
きっと人が10人いれば、10人全員が眞司を選ぶだろう。
「…確かに、眞司…文字さんとは友人ですけど…」
…声まで可愛い…。
「…友人…それだけの関係?」
俯き、恥ずかしそうに頬を染め声を潜めて話している愛原…の言葉を遮るように、和巳が質問をする。
先程から愛原雅樹を目の前にして、気後れしてしまい何も言えずに俯いたままの僕に代わり、(何故か)愛原雅樹の可愛さにも全然動じてない風に見える和巳が話を進めてくれている。
「…どういう…意味ですか?」
「いや、友人にも色々あるだろ?…眞司は俺には君の事を今、1番大切な人だって言っていたけど…君は………?」
結構、ズバズバ聞いている言葉に、僕はヒヤヒヤする。
「…とても親しい友人です」
愛原は『とても』という言葉に若干、力を込めて言う。
そしてコーヒーを一口飲むと、僕を真っ直ぐ見詰めた。
綺麗な薄茶色の瞳で。
「…ボクと…眞司…文字さん…今、一緒に住んでいるんですけど………」
(……一緒に…住んでいる…和巳が言ってた事って…本当だったんだ…)
僕は足元がグラグラと崩れるような感覚を覚えたが、両手を握り締めて耐えた。
愛原は一旦、言葉を止めてコーヒーを一口飲むと再び口を開く。
「…1週間ほど前に、兄に話があるから家に行ってくると言ったきり、戻ってこなくて…すぐ帰ってくると言っていたのに…」
(…家……?……兄って………?)
僕と一緒にいる時は、家どころか、家族の話さえ眞司からは聞いた事がない。
だから、てっきり眞司も僕と同じで家族と仲が悪いのかなと思っていたけど…。
(違うのかな………)
「具合が悪いからって、学校、休んだけど」
和巳が言う。
「…そんな…1週間前に話した時は、元気でしたけど……」
(彼とは家族の話とかするんだ………)
「…何回か、眞司のスマホに連絡とろうとしているんですけど……繋がらなくて……」
-一緒に暮らして、一緒にいても眞司は僕に家族の話はおろか、自分の話さえした事がないのに。
「…だろうな…俺も友人達も眞司のスマホに連絡しているけど、繋がらないから」
(他にも……眞司と色んな話をしているのかな…)
「…あ、でも、1回だけですけど、眞司から連絡があって…」
(………あ、いつの間にか眞司の事を呼び捨てにしている)
-こんな時なのに、さっきから、どうでもいい事ばかりをぼんやりと考えている。
「……眞司から!?」
和巳が驚いたように、愛原に聞き返す。
「………何て?」
そこで愛原は俯いて、ハンカチを握り締める。
「……凄く…苦しそうな声で…『俺は大丈夫だから…俺を信じて待ってろ…絶対、家には来るな』って………」
「…苦しそうって……具合が悪いんじゃないのか……?」
「…分かりません……それだけ言って切れたので………」
愛原の綺麗な瞳から涙が一筋、流れ落ちる。
「…ボク……心配で……眞司の家に行こうとしたんですけど……でも、眞司に言われた言葉を思い出して……もしかして、ボクが行くと眞司に迷惑がかかるんじゃないかと思って………」
手にしたハンカチで、涙を拭う。
「………家の場所、知っているの……?」
喫茶店へ入ってきてからずっと黙って2人の話を聞いていた僕が、いきなり口を開いたので和巳と愛原がギョッとした顔で2人同時に僕を見た。
「…え…ええ…前に住所を教えてもらってましたから」
愛原が頷く。
「………僕が行く」
綺麗で可愛い愛原の顔を見詰めながら、僕は無意識にそう言っていた。
「「………え!?」」
僕の言葉に、和巳はギョッとした顔をして僕を見詰め、愛原は瞳を輝かせて僕を見た。
「僕が眞司のところに行く」
「馬鹿!何、言ってんだ!!」
「本当に行ってくれるの!?」
2人、違う意味の言葉を同時に口にしたが、僕の心は決まっている。
眞司の家に行く。
「……眞司の事が心配だし……僕は眞司に来るなって言われてないし……それに………」
会いたい。
一目、顔を見たい。
(……眞司…)
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