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第3話

「英良ちゃん、おはよう。今日もとびきりの美人だね」 「……南さん」 「美人がそんな悲しそうな顔してちゃ勿体ない。英良ちゃんなら、いつでも大歓迎なんだけどなぁ」  爽やかな顔で雛森に話しかけたのは、人事部の南聡介。誰もが憧れる理想の上司であり、それと同時に理想の部下でもある南は、今日も白い歯を輝かせて笑う。 「なんなら今晩どう? すごく美味しいイタリアンの店見つけたんだけど」  男らしく清潔感を感じさせる短髪の南は、人懐っこい顔で好感の持てる笑顔を向けてくる。十人いたら十人ともが『好青年』だと答えるその風貌だが、雛森は彼の本性を知っている。  雛森は何も答えず、肩に置かれた手を振り払い、早足で歩き始めた。仮にも上司に対しての行動とは思えないそれに、南は苦笑して後を追いかける。 「やっぱり英良ちゃんは怒ってる顔が一番綺麗だ」 「うるさい。少しは黙れないんですか?」 「それは無理な話だね。こんな美人を目の前にして、口説かないなんて男として無能だと思わない?」  エレベーターが来る間も絶え間なく続く南の口説き文句。けれど雛森はその全てを無視し、一切表情を変えない。まるで何も聞こえていないかのように、僅かも反応を見せなかった。  乗り込んだそれが雛森の降りる五階に着き、扉が開く。  朝なのにどうして誰も乗ってこないんだ、と腹立たせていた雛森が南よりも先に降りようと動いた。その手が引かれ、身体が傾く。  目の前に見えたのは凛々しい眉に、雄々しさを隠している黒い瞳。南の顔が現れて、それが重なる。 「英良ちゃんの唇は今日も甘いね。ご馳走様」  キスをされた、とわかってからの雛森の動きは早かった。その細い足を俊敏に動かし、狙いを定めて膝を振り上げる。 「──っ、英良ちゃん……さすが」  雛森が膝蹴りしたのは南の股間。慣れた一連の動きが、これが初めてではないことを物語っている。それもそのはず、雛森が南のそこを蹴るのは三度目だ。  一度目は去年、二度目は数か月前。そして今日。 「消えろ、この下半身クズ」  身を屈める南に吐き捨てた雛森は、足音荒くその場を後にした。

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