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第4話

 多数の社員を有する会社。ファッションブランドを中心とし、コスメなどの美容品も手掛けるそのうちの一つ。 二〇代から三〇代の、経済的にゆとりのある独身男性をターゲットとしたブランド『&ZERO』そこが雛森が働く場所だ。  雛森が携わるバイヤーという仕事は、簡単に言えば買い付けにあたる。  売れそうなアイテムやデザインを見つけ、それを商品化する仕事。センスや行動力が問われるこの場では、年齢や経歴よりも、個人の能力が重視される。  その中で雛森英良は頭一つ飛び出していた。 「雛森!」  バイヤールームに入り、ジャケットを脱いだ途端にかけられる男の声。それに雛森は眉を顰めた。 「お前、来期の商品案もう出したんだって? みんなでまとめて来週に出そうって言ってたの忘れたのかよ」 「なにそれ」  表情を一切動かすことなく返した雛森に、男の怒気は高まる。朝の挨拶よりも先に始まった二人の会話。それを聞く周囲からは「またか」というため息が零れる。 「お前には協調性ってのがないのか?」  雛森に詰め寄る男の名前は大沢隆。 雛森と大沢は、いわゆる同期に入社した社員で、年齢も雛森が二十三歳、大沢が二十六歳と近い。それゆえよく衝突しては言い合っていた。  とは言っても、大体は大沢が雛森に怒り、雛森はそれを全く相手にしないのがここでの日常風景だ。 「聞いてるのか雛森!」  うんともすんとも答えない雛森に、痺れをきらした大沢が詰め寄る。朝から南に絡まれて不機嫌だった雛森の絶対零度の視線が大沢を射た。 「協調性? 企画書出すのになんで全員合わす必要あんの? そんなのしてるから毎回のように今一つ足りないって再提出させられんじゃないのか」 「それ、は……っ」  今まで一度たりとも一発で案を通せたことのない大沢がどもる。しかしながら、相手が言い詰まったとしても雛森は攻撃の手を緩めはしない。  オブラートに包むなんて配慮はせず、思ったことを思った通りの言葉で口にする。 「悔しかったら期日いっぱい使って最高の商品案上げろよ。結果残せてないくせに喚くな雑魚」 「ざ、こ……」 「っつか邪魔。俺に話しかけんな、気が散る」  しっ、しっ、と手を振った雛森が大沢に去れと促す。いくら同時期に入社したとはいえ、バイト上がりの大沢と新卒で入ってきた雛森とでは経歴が違う……それなのに、いつも結果を残すのは雛森の方だった。  何も言い返せない大沢は荒々しく部屋を出て行く。連日のように雛森に突っかかり、打ちのめされる大沢も学習しない。そして、それを完膚なきまでに叩きのめす雛森に容赦はない。  このギスギスとした空気を作った当事者は忙しなく手を動かし、数十分して打ち合わせの為に席を立った。  再び雛森がバイヤールームに戻って来た時、大沢は白紙の企画書と睨めっこしていた。

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