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第12話

「南さんの嘘つき。それ他の子にも言ってるでしょ?」 「言ってないよ。君だけ」  楽しそうな女の声と、甘ったるい南の声。 苛々を収める為に部屋から出てきたはずが、それを聞いた雛森の負の感情は、逆効果に増長していく。 女の髪を一房手にとった南が、ふんわりと笑った。それは、雛森も何度も見たことのある『落とすとき』の南の得意な笑みだ。 「僕、寂しいと死んじゃうから。だから今夜は一緒にいてほしいな」  南の台詞が聞こえた途端、雛森は踵を返した。昨日から今朝にかけて散々シたくせに、もう次を見つけた南に嫌気がさす。 あんな無節操な男が、数時間前まで自分に触れていたなんて考えたくもない……その怒りの矛先が向かうのは、もちろん一人しかいない。 「おいクズ。お前の仕事が遅い所為でこっちまで迷惑被ってんだよ。次俺の邪魔しやがったら消すぞ」  自分の仕事に必死な大沢の椅子を蹴った雛森は、冷笑と共に暴言を浴びせた。 突然のことに、言い返そうとした大沢を鋭く睨み、黙らせた雛森は自分の席へと向かう。 抑えられない苛立ちは消えることはなく、その日、雛森とまともに会話できたのは偶然バイヤールームに来たアヤだけだった。 * 季節は十一月の半ば。『&ZERO』を立ち上げてから一ヶ月近く経ち、ブランド自体は上手くいっている。 広告塔代わりになったアヤのお陰もあってか、注目度も高く雑誌の問い合わせも多い。早くも新店の話が出るぐらいに順調だ。 ブランドに携わっているほとんどが嬉々とした表情を浮かべる中、雛森は一人何とも言えない顔をしていた。その理由は、雛森の手元にある。 企画書の山とタイト過ぎるスケジュール。 今の雛森は&ZEROの商品のほとんどを担当していた。それは、ブランドのモデルがアヤで、アヤを一番知っているのが雛森だから……という理由があるのだが、その量が多すぎる。 もはや雛森はバイヤーの仕事だけでなく、デザインにまで関わるようになってしまっていた。いくら雛森が優秀で仕事が早かったとしても手が回るわけはなく、連日のように残業が続く。 家に帰ってもシャワーを浴びて眠るだけ。短い睡眠時間が雛森の神経を削っていく。 「おい雛森」  そんな状況でも突っかかってくる大沢に雛森の眉尻がピクン、と跳ねる。

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