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第13話
雛森の纏う空気が一層冷ややかになるが、大沢は気付かず言葉を重ねた。
「雛森、お前さっきから雰囲気悪いんだよ。こっちの息が詰まるから少しは抑えろ」
「あ? お前みたいな能無し、息する必要なんてないだろ」
大沢の言葉は、大きな仕事を任されている雛森に対するやっかみが大半だったが、それは正しくもあった。
雛森のあまりにも刺々しい空気に、部屋にいる社員のほとんどは萎縮し、居心地の悪さを感じていた。けれど雛森からすると「それがどうした?」となるのも当然のことで。
「俺はお前と違って忙しいんだよ。能天気なお前と違って、な」
ハッ、と鼻で笑った雛森が大沢を卑下した。いつも以上にキツいその一言に、大沢は耳まで赤くして怒る。
「だからって周りはどうだっていいのか? ここはお前だけの職場じゃない。みんな自分の仕事がある!」
「それが? 周りに左右されてる二流の仕事なんて大したことない。今ここからいなくなって困るのは誰かなんて、バカなお前でもわかるだろ」
「雛森……っ、お前は! お前は自分だけが特別だと思ってんのか⁈」
大声を上げた大沢が雛森の机を両手で叩いた。その拍子に傍にあったマグカップが揺れ、中から珈琲が零れる。デスクに飛び散ったそれは、周囲の書類やサンプルを汚し、雛森の怒気を更に強くさせた。
一触即発、まさにその名の通りの二人を止められる者はおらず、部屋にいる誰かがゴクン、と生唾を飲む音がやけに響いた時。
「お疲れ様、なんだか大きな声が聞こえたけど、どうかした?」
ノックもせず入ってきたのは、人事部にいるはずの南。向かい合って睨み合う雛森と大沢を一目見て、ふっと笑う。
「もしかして告白とか? 大沢って意外と情熱的だね」
「なっ、違います! 誰がこんな奴に‼」
「ああ、そう? それなら良かった。お邪魔しちゃったのかなって心配だったから」
にこやかに笑う南によって張り詰めていた空気が和らぐ。部署を越えても発揮される南の好青年っぷりに、雛森は舌を打った。
自分には好戦的な大沢も、南に対しては猫を被ったように丁寧になる。きちんと敬語を使い、敬いの視線で会話をしている様子を見て、雛森は内心で大沢を揶揄した。
お前が尊敬の眼差しで見ているその男は、猫なんて可愛いものじゃなく、虎でも被っているというのに。心の中ではお前のことを「平凡」と見下しているのに……バカじゃないのか。
そうして冷めた瞳で南と大沢を見ていた雛森のスマホが震えた。
液晶に映るその名前を見て、僅かに雛森の心が落ち着く。
南のいる場でその電話には出たくなく、スマホを掴んだ雛森は部屋を出た。背後では、まだ大沢と南が談笑しているのを感じながら。
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