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第17話

 初めて南と会った時、不覚にも酔いが回っていた雛森は誘われるままホテルへと向かった。 別に操を守る相手もいなければ、そんなことを気にするタイプでもない。ただ、欲求を満たすことに、この男を使ってやろうと思っただけ。 今となればそれが間違いだったのかもしれない。  一夜限りだったはずが、何の因果か会社で再開し執拗に迫られている。どれだけ突き放しても追いかけてくる南に、雛森は辟易とした。  認めたくはないが身体の相性はいい。たとえ南が陰険で強引なプレイをしたとしても、それを補えるほど満たされているのは確かだ。 だからと言って付きまとわれるのは遠慮したい。 それが雛森の本音だが、どうやら南は違うらしい。 「そう言えば英良ちゃん夕飯は済ました?」 「あんたに関係ない」 「そう答えるってことは、まだだね」  ふっと笑った南が雛森の手を握る。食えない笑みを浮かべていた南の眉間に皺が寄った。 「英良ちゃん……また痩せたね?」 「あんた何者だよ。手触っただけで気づくとか変態か」  手を握っただけで言い当てた南に、雛森は若干引いてしまう。 「何か食べに行こう。このままじゃ倒れちゃう」 「要らない。食べたくない」 「駄目。これは上司命令だよ」  強引に立たされ、雛森の視界が歪む。まともに食べていなかった胃に、無理に流し込んだアルコールが身体を一気に駆け巡る。  次第に黒く染められていく意識、言うことを聞かない身体。離せと振りほどきたいのに力は入らず、最後の瞬間に何か温かいものに包まれた。  大好きだった『あの人』がさせていた化粧品の匂いとも、憧れのアヤがさせている花の匂いとも違う、清潔感のある香り。それが鼻腔を擽り、雛森は意識を手放した。    遠くの方で誰かの声が聞こえる。それが止んで冷たい風が頬に当たった。 (ここ、は……)  薄く瞼を開いた雛森が一番に見たのは白い天井。自宅のマンションはコンクリートの打ちっ放しで、こんな色ではない。ともすれば、ここは何処なのだろうか。  ゆっくりと覚醒していく意識の中で、ようやく周囲の様子がわかった。 まず自分が寝ているのはベッドだということ、そしてやけに生活感があるということ。けれど、まだ場所の特定は出来ていない。  首を巡らせた雛森は瞠目した。 部屋から続くベランダに立つ人物、その後ろ姿を見て「嘘だろ」と呟く。 その男がここにいるはずはない、それなのに変な汗をかいてしまい、心臓が激しく鳴る。 「千葉さん」  乾いた声で呼びかけた雛森の声は小さく、外に立つ彼までは聞こえない。それなのに彼は振り返った。 その瞬間に雛森は絶望を知る。

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