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第18話

「英良ちゃん、目が覚めたんだ。良かった」  それは彼じゃなかった。 ベランダに立っていたのは、彼ではなく南。倒れる寸前まで一緒に居たのだから当然のはずなのに、都合良く勘違いした自分が情けない。 「急に倒れたから驚いたけど。ただの睡眠不足だったのか、よく眠ってたね」  首を傾げた南の手元には見慣れた物。普段は自分が吸っている煙草が紫煙を上げていた。 「煙草、吸うんですね」  初めて見た南の喫煙姿に雛森は問いかける。 「ああ、たまにね。仕事中は匂いとか気になるし控えているけど」 「へぇ。さすが理想の男」  皮肉を込めて言ったはずが、南は微笑んで何も言い返してこなかった。それに雛森は居心地の悪さを感じつつ、部屋の中を見回す。  こじんまりとした部屋には、雛森が寝ているベッドの他に小さなチェストと間接照明、姿見に空気清浄機ぐらいしかなく、特段変わったものはない。 もうここがどこかわかっていながらも、雛森は南に問いかけた。 「ここは?」 「僕の家。英良ちゃんの家は知らないし、倒れた君をそのまま店に寝かせるわけにはいかないしね」 「家、ですか」  ホテルではないのは、南の気遣いなのか計算のうちかはわからない。  初めて訪れた南の家は、その性格通り綺麗に整えられていた。必要最低限の家具しか置かないアヤや自分と違い、しっかりと『生活』を感じさせる。 相手を緊張させない、程よい日常。誰かを連れ込むとするなら、きっと南の家は完璧だと雛森は思った。  吸っていた煙草を灰皿に捨てた南が部屋の中へと入ってくる。 先ほどはわからなかったが、煙草を持つ反対の手にはスマートフォンが握られていて、聞こえてきた声は南が誰かと電話をしていたものだと雛森は推測した。  雛森の寝ているベッドに腰掛けた南が、持っていたそれをベッドの端へと放る。 「気分は? 何か食べる?」 「それより水が欲しい。喉が渇いた」 「そう言うと思って用意してあるよ」  ベッドサイドの上に置いてあったペットボトルを南が寄越す。それを受け取った雛森は上半身を起こし、勢いよく喉の奥へと流し込んだ。 渇いた身体に沁み渡り、雛森は細く息を吐いた。

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