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第20話
不意をつかれた雛森は、ハッといつもの自分に戻る。
南に少しでも隙を見せてしまったのが悔しく、掛け布団の下に隠した手を固く握った。
「もしかして、不能になったとか? それとも遊び過ぎて病気でも伝染された?」
動揺を隠すため、わざと皮肉を言うと南は薄く笑うだけだ。
「まさか。僕はね、こう見えて紳士なんだよ。多少のスリルは面白いけれど、無意味なリスクは犯したりしない」
その言葉が意味するのは南の性行為におけるルールのことだ。
後腐れが残るような相手には、たとえ好みだったとしても手は出さない。そして絶対にセーフセックスを心掛ける。
それは雛森に対しても同じで、今まで何度か身体を重ねたが、南は必ずコンドームを使用する。
「相変わらず食えない男。あんたって何かに本気になったことないだろ」
「失礼だね。僕はいつだって本気で英良ちゃんを追いかけてるのに」
「……あんたとは、一生まともな会話できる気がしない」
これ以上は話すことはない、と雛森は布団の中に潜り込み、顔の半分までそれをかけた。そこからは、替えたばかりなのか洗剤の匂いが微かに鼻を掠める。
嫌いな男の部屋で、嫌いな男のベッドに寝るなんて本当は嫌だ。けれど、連日のように酷使しすぎた身体は鉛のように重たく、帰るのが億劫なのも確か。
幸いにも明日は休みで、特段帰る必要もない。
「寝るから出て行けよ」
ここが南の寝室だったとしても、雛森の態度は変わらない。邪険に扱うその仕草に南は苦笑いを浮かべ「おやすみ」と残して部屋を出て行った。
どうして南なんかと『あの人』を見間違ってしまったのか……それは疲れているからに違いない。思い出したくない過去を記憶の奥底に封じる為、雛森は強く目を瞑る。
時計の秒針の音がやけに煩く、何度も寝返りをうってはため息をつき、時間が過ぎるのを待つ。
やはり、嫌なことを忘れるにはセックスが手っ取り早い。
「使えねぇ男……」
あの時、強引にでも押し倒せば良かったと雛森は後悔しながらも長い夜を耐えた。
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