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第21話
翌朝。
いつの間にか眠ってしまったらしい雛森は、まだ覚醒しきっていない身体をなんとか起こす。寝不足も適度に解消され、ここ数日の内では寝起きはまずまずだった。
南によって律儀にハンガーに吊られたジャケット。そのポケットからスマートフォンを取り出して見ると、そこにはアヤからの不在着信とメールが数件来ていた。これは休み明けにお叱りを受けることは確実だろう。
とりあえず今は見て見ぬフリをし、手に持っていたそれをボトムスのポケットへと捩じ込む。
軽く身なりを整えてから寝室を出ると、珈琲の香りが漂ってきた。
「ああ、もう起きたんだ? おはよう」
キッチンのカウンター越しに南が微笑みかける。
朝の太陽の光にも負けない、キラキラと輝く笑顔に、雛森は顔を顰めた。
「英良ちゃん、朝食はパンでいい?」
「要らない」
雛森が即答すると、南は緩く首を振った。
「それは聞けないかな。自分で食べれないなら僕が口移しで食べさせてあげるけど」
食パンの入った袋を手に、冗談とは思えない笑みで告げてくる南。雛森は渋々頷き、ダイニングテーブルへと向かう。
ここで言い返して揉めるよりも、さっさと朝食を済まして帰った方が賢明だと思ったからだ。
南が用意したのはトーストに小さなサラダ、それからヨーグルトという至って平凡なメニューだった。
一人暮らしの男からすれば家庭的とも思えるそれをテーブルに並べ、向かい合って食べる。
フォークを銜えた瞬間に感じた視線。ふ、と雛森が顔を上げると、正面に座っている南と視線が合う。
「なんすか」
雛森がギロリ、と睨む。すると南は持っていたマグカップをテーブルへと戻した。
「英良ちゃんって食事の仕方綺麗だよね。ちゃんと躾がされてるんだなってわかる」
「はあ……それはどうも」
「いくら美人でも作法がなってないのは見るに耐えないから。その点でも英良ちゃんは僕の理想そのものだよ」
何も言い返すことなく、雛森は南の台詞を華麗にスルーする。目の前に出されたものを消化することに専念し、黙々と食べ進めた。
そんな雛森の手が止まる。
「美味い」
何気なく漏れた雛森の一言。それは、サラダにかけられたドレッシングの味が絶妙だったからだ。洋食をイメージさせるサラダだが、目の前のそれは和風だった。
なんだか懐かしい味がして雛森の手は進む。
雛森が夢中になってそれを食べていると、手元に同じ物が置かれる。南が自分の分を分けてくれたのだ。
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