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第25話
雛森と南が約束をしてから一週間。
十一月もそろそろ終わろうかという頃、雛森は頭を悩ませていた。
南は、二人が会わない土日以外は必ず何かしら要求してくる。それは仕方のないことだと雛森は諦めていたのだが、その内容が問題だった。
一昨日は一緒に昼食を食べよう、そして昨日は行きたい店について来てくれ。
そう、南からの要求があまりにも普通過ぎて、雛森は拍子抜けしていた。
あの南なら、もっと無理難題をぶつけてくると思っていたのに……あわよくば、雛森はそれを理由に約束を破棄してやろうと思っていた。
(調子が狂う。一体、何を考えてやがる)
今日のお願いとやらは、一昨日と同じく二人で昼食を摂ることだった。この忙しい時に、わざわざ食堂に出向くなんて時間の無駄なのに。
それなのに雛森には拒否権はない。
拒めば「じゃあ千葉って誰?」と聞かれるのは目に見えている。その話題だけは避けたい雛森は、昼休みの分も余分に働き、なんとか目標としていた仕事を終えて一息ついた。
「雛森君、今日も南さんとお昼?」
昼休みまでの数分を、&ZEROの特集を読んで時間を潰そうとしていた雛森にかかる声。それは、いつぞや南のことを理想の上司と言った女性社員だった。
「まあ」
言葉少なく答えた雛森に、その社員は「お迎えいいなぁ」と零す。それに雛森は苛立った。その対象は、その女ではなく南だ。
いつだって南は雛森を迎えに来る。昼も帰る時も、バイヤールームまでわざわざ迎えに来てから一緒に移動したがった。
顔の広い南と一緒に行動すると、嫌でも目立ち雛森の機嫌は悪くなる。
そんな雛森の苛立ちなど知らず、同僚の社員はチラチラと扉を見ている。きっと南が現れるのを待っているのだろう、それならば自分から声をかければいいのに……そう雛森は思った。
程なくして昼休憩に入り、南がやって来た。今日も仕立ての良いスーツを着込み、好感度の高いネイビーのネクタイを締めた姿で。
「英良ちゃん、お待たせ」
部屋の中にいた全員に挨拶を終えた南が雛森の傍へとやって来る。ポン、と肩へと乗せられた南の手を振り払った雛森は、嫌々ながらも重たい腰を上げた。
「今日は食堂とカフェどっちにしようか?」
笑いながら問いかけてくる南に、雛森は抑揚のない声で「カフェ」と答える。その方が他の社員に南と一緒のところを見られずに済むからだ。
それでも南は道すがらによく声をかけられ、その隣に雛森がいることで驚きの眼差しを受ける。まるでアヤと一緒に過ごしていた時のような感覚に雛森は陥るが、相手が最悪だ。
さりげなく車道側を歩く南にエスコートされる形で店へと入る。日差しが強くないかと心配したり、食事中に目が合うと微笑まれたり、まるで恋人を扱うかのように優しい。
昼食を摂り終えて会社に戻っても、その場で解散などではなく必ずバイヤールームまで送り届ける南に、雛森は呆れ返った。
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