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第26話

「あんた、何がしたいんですか?」  扉の前に立ち、室内へと入る前に雛森は南へ問いかけた。きょとんと首を傾げた南は、それに対し考えることなく答える。 「何って、英良ちゃんと一緒にいたいだけだよ。後は見せつけたい、っていうのも含んでるかな」 「はぁ……変わった人」 「だってアヤが翼くんとああなった以上、英良ちゃんはフリーでしょ? 変な虫に僕のお気に入りが汚されるなんて嫌だからね」  変な虫なら今目の前に居るお前だろう、そんな気持ちを込めて雛森は南を見上げた。 僅かに背の高い、精悍な顔つきの男が雛森の耳元に顔を寄せる。 「英良ちゃん、今夜の予定は?」  潜められた南の声に雛森は答えない。それに気分を害することはない南は、一層声のトーンを落として囁く。 「今日、うち来る? 一緒に夕飯食べて、その後は……ね?」  南の言わんとすることがわかった雛森は、目の前にあるネクタイの結び目に触れた。歪みなく、綺麗に締められたそれに手を掛け、一気に締め上げる。 「っ、英良……ちゃん、苦し」 「南さん、約束は一日に一つ。もう忘れたんですか? 残念なのは性格だけにした方がいいと思いますけど」  パッと手を離した雛森は、そそくさと中へと入る。残された南は、手早く崩れたタイを直し、人事部へと戻るべく廊下を進んだ。  少し歩いたところで、南は見知った人物とすれ違った。 「君、確か英良ちゃんのところの……大沢君だっけ?」  南が呼び止めたのは、雛森と犬猿の仲の大沢。社内でも有名な南に声をかけられ、大沢は嬉しそうに駆け寄る。 「南さん、お疲れ様です!」 「お疲れ様」  そこには、いつも雛森に見せる苦々しい顔の大沢はいない。 これといって特徴のない顔を赤らめ自分を見上げてくる大沢を見て、南はよく名前を思い出せたな、と自分を褒めた。 「南さん、もしかしてうちに用でもありました?」  バイヤールームの方向から歩いてきた南を見て、大沢は訊ねる。それに南は小さく頷いた。 「英良ちゃんとお昼一緒だったからね」 「雛森……とですか」 「そうだけど。それがどうかした?」  眉を顰めた大沢に、南は何も知らない素振りを見せる。得意の爽やか好青年を演じながら、大沢の次の言葉を待つ。

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