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第27話

「南さんは知らないかもしれないですけど」  口を開いた大沢に、南は内心で嘲笑った。 こうやって簡単に思い通りになる人間は、やはり何の興もそそられない。それでも黙ったまま見守る。 「雛森って神上さんと付き合ってたんですよ。それが最近フラれたらしくてヤケになってて……仕事も荒いし、性格も良くない。ちょっと見た目がいいからって調子乗ってるってみんな言ってます」 「へぇ……それは、また散々な」  南が言った散々の意味は、散々な言われ様だったのだが、大沢は「散々な奴だ」と卑下したと勘違いしたらしい。 南に雛森の噂を暴露した大沢は満悦そうに口元を綻ばせる。 「大沢くんだっけ?」  やはり曖昧に覚えていた名前を確認した南は続ける。 「みんなって誰? 英良ちゃんのことを知りもしないで、いい加減なこと言ってるのは、どこの誰?」  突然、固くなった南の声に大沢は肩を跳ねさせた。 明るく聡明で、誰に対しても平等。厳しく怒ることはあっても、そこには必ず優しさがある。それが南の評判だ。それなのに、今大沢の目の前に立つ南からは明らかな『怒り』が感じられた。  爆発するような激しいものではなく、しんしんと積もっていく怒り。 「えっと……それは、噂で。だから俺に聞かれても……」  しどろもどろに答える大沢を南がせせら笑う。冷ややかなその笑みに、大沢は後ずさった。  さすが、あの神上亜弥と双璧をなすだけあり、南の威圧感は半端ない。 普段は隠されたそれを、大沢は受け止めきれずにいた。  身体を縮こませたその肩に南が手を触れる。すっかり止まっていた歩みを再開し、大沢とすれ違う瞬間に囁いた。 「噂を流すならもっと良いものを流さなきゃ。君のそれはユーモアに欠けるね」  最後に「じゃあ昼からも頑張って」と付け加えた南がその場を去る。稚拙だと揶揄された大沢は、その屈辱を向ける相手を見誤った。  本来なら蔑んだ南自身に向けるはずのそれ。しかし、大沢は大物相手に立ち回れるほど肝が据わってなどいない。  一部署を入社一年目で任された神上亜弥に信頼され、そして社内でも人気の高い南聡介に可愛がられる雛森が憎い。 入社は同じで自分の方が経験はあるのに、いつも称賛を受けるのは雛森ばかりだ。  大沢は嫉妬と憎悪で顔を歪ませる。なんとかしてあの能面のような雛森の顔を崩したい、今の位置から蹴落として、自分が受けた以上の恥辱を味合わせたい。その気持ちをこめて、噛みしめた歯を鳴らす。  忙しなく働く雛森を見れば見るほど、大沢の劣等感は強くなり、雛森への憎しみは募る。    他人に関わることを『無駄』とする雛森と、何を考えているのか、決して見せようとしない南。 一日一つの約束は残り一ヶ月……嘘だらけの二人の関係は続く。

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