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第28話
それから数日が経ち、雛森の苛々は限界を超えていた。
どこから溢れてくるんだ、と思わんばかりの仕事量に南からの理解不能な要求。そして、最近また感じるようになった大沢からの視線。
そのどれもが雛森の神経を削っていく。
とはいえ、それを気にして自分のペースを乱すことはない。
飄々とした表情で淡々と仕事を片付ける雛森の様子に、バイヤールームにいる殆どの社員が舌を巻いた。けれども就業時間を終えると、雛森への好意的な雰囲気は一転する。
(何か、最近おかしい)
周囲を気にする性質ではない雛森も、さすがに今の状況に異常を感じずにはいられない。
誰かとすれ違う度に向けられる視線。興味のそれもあれば、あからさまに敵意を向けられることもある。その理由がわからない。
こちらを見て、ひそひそと声を潜めて話す数人を雛森は横目で見る。その中の一人と目が合って、即座にそらされた。
何か自分のことを話しているのは想像できたが、その内容まではつかめない。アヤと行動を共にしていた時とはまた違う、好奇ではなく嫌悪の視線に雛森は辟易した。
向けられるそれらを無視し、雛森は用事を済ませるために目的の場所へと向かう。
仕事が終わったら来い、とだけ言ってきた人物に会うべく足を進めた。バイヤールームと同じ造りの扉をノックし、返事を待ってから開く。
「あ、雛森さん」
その部屋、プレスルームに居たのは佐久間翼一人だけだった。
「……アヤさんは?」
「神上さんなら打ち合わせが長引いたらしくて。もうそろそろ帰ってくるとは思うんですけど」
わざわざ呼びつけておいて、まだ帰っていないアヤに雛森はため息をついた。けれど、アヤの横暴さに慣れているからか、怒る気にはなれず、そのまま部屋の奥にあるソファに座る。
突然やって来た雛森に、翼は意識をとられながらも自分の仕事をこなしていく。数ヶ月前には資料すら作れなかった翼が、今では仕事の一部を任されていることに雛森は気づいた。
自分の手元をじっと見ていた雛森に、翼が話しかける。
「あの……何か、ありました?」
「何かって?」
「なんか、雛森さん疲れてるっていうか……その、仕事が大変なのはわかるんですけど、それだけじゃない感じがして」
翼の言葉に雛森は僅かに驚いた。誰にも気づかれないはずのポーカーフェイスを真っ先に見破ったのが、まさかサルと呼んでバカにしている翼だったからだ。
「別に。お前に関係ない」
冷たく答えた雛森に、翼は苦笑する。そのタイミングで部屋の扉は開き、雛森を呼びつけた本人がやっと帰社した。
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