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第30話
アヤの言うことを素直に聞いた翼が部屋から出て行く。雛森二人きりになった途端、アヤはまた同じことを口にした。
「ヒナは俺に何を隠してんの?」
「別に……アヤさんには関係な」
「関係ないこともないだろ。俺がどれだけお前を気にかけてると思ってんだよ」
雛森の言葉を途中で遮ったアヤが、ポケットから飴玉を取り出す。その包みを長い指で開き、自身の口の中へ放りこんだ。
アヤがそれを口内で転がす音が部屋に響く。
数秒か数分か……沈黙の中、ころころと転がされていたそれが、ガリッ、という音と共に消えた。
性急に飴を噛み砕いたアヤが、微笑む。しかし、笑っているのは口元だけで、緑色の瞳は真っすぐに雛森を貫かんとばかりに強い。
「ヒナは俺の気が長くないことは知ってるよな?」
美形が笑いながら怒ると怖い。雛森は改めてそう思った。今までも何度か笑いながら怒るアヤを見たことはあるが、それが自分に向けられたのは初めてだった。
黙る雛森にアヤは表情を変えず訊ねる。
「言いにくいなら南に聞こうか? あいつなら喜んでホイホイと喋ると思うけど。それこそ、お前が隠したいことも全部、自分のいいように変えて」
アヤと南が揃った時の面倒臭さ。それと、ここで自分からアヤに話すこととを比べた雛森は、諦めて口にする。
「前に体調崩した時、あの人に助けてもらって。その礼だとかで交換条件出されただけです」
重要な部分はかいつまみ、雛森は事の概要だけを告げる。それだけである程度理解したのか、アヤがこめかみを押さえた。
「だから俺に頼れって言っただろ。よりによって南に助けられるなんて……」
「大した内容じゃないから平気ですけど。それにあの人、大したこと言ってこないし」
「それが問題なんだろうが」
ハァ、と深いため息をついたアヤからはリンゴの甘い香りがした。さっき舐めていた飴がリンゴ味だったのだろう、雛森はそう思った。
「ヒナさ、お前、自分がどんな噂されてるか知ってるか?」
「噂? アヤさんってそんなの気にする人でしたっけ?」
「翼が聞いたんだよ。で、俺に聞いてきた」
雛森は納得する。なぜなら、アヤも自分と同じように、他人の反応を気にするタイプではないからだ。
翼ならば雛森の噂を耳にして、それをアヤに問うのは容易に想像できた。
「噂って言われても、俺この会社で話すのアヤさんぐらいなんで」
だから知らない。そう雛森が返すと、アヤは横目で扉の方向を見た。
翼が戻って来ていないかを気にし、それが開かないことを確認してから話し始める。
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