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第31話
「雛森英良は神上亜弥に捨てられて、今度は南聡介に狙いを変えた。優しい南はそれを邪険にできない上に、雛森英良は本当は俺との復縁を狙っていて、二人を天秤にかけている……らしい」
「は? なにそれ」
アヤが発した内容。それを雛森は受け止め損ね、数度瞬いた。
「俺が知るか。優しい南って誰のことだよ」
「気にするのがそこなんですね。アヤさんらしい」
アヤは、自分が噂の一部にされていることよりも、南が良く言われていることが気に食わないらしい。忌々しそうに目を眇め、長い指でテーブルをトン、トンと叩く。
規則正しいそのリズムが、アヤの静かな怒りを表していた。
「で、それが何か?」
そんな噂がどうした、と雛森は訊ねる。
今までも噂なら嫌ほどされてきた。今さら新しい噂が出たところで何とも思わないし、翼だって自分とアヤの関係を疑ったりしないだろう。
第一、アヤとずっと一緒にいるのは今は佐久間翼だ。
「別に俺はどんな噂されても平気ですけど」
通常通りの仏頂面で雛森がそう言うと、アヤは深い息を吐いた。どうやら、まずいのは噂の内容だけではないらしい。
「南に昇進の話が出てる。このままいけば来年には人事部長、あいつのことだから役員になるのも時間の問題だろうな」
雛森は柄にもなく驚き口を開いた。
南が上から可愛がられ、仕事が出来ることは知っていたが、三〇歳手前で部長になるなんて異例すぎる。
「この会社……おかしくないですか? こんなスピード出世、聞いたこともない」
「そんなの今さらだろ。俺だって入社一年で広報部長だし。ちなみに来年はブランド全体の責任者も兼ねるけど」
「はぁ⁈ アヤさんも南さんもどうなってんすか?」
出世街道を数段飛ばしで進んでいくアヤと南に、雛森は驚きのあまり眩暈までしてきた。いくら若手優先の会社だとはいえ、この二人はレベルが違い過ぎる。
「俺、転職しようかな……」
頭の痛くなる話に、雛森はソファの背もたれに両腕を投げ出した。
「誰がさせるか。うちのブランドにはお前が必要なんだよ」
「それはどうも。で、二人の華麗なる昇進と俺がどんな関係なんですか?」
次第に話の核に近づいていくのを感じながら、雛森はアヤに問う。するとアヤは珍しく丁寧に説明してくれた。
「俺と南、どちらも会社では目立つ。若くしてポストのある役職に就き、将来も安泰。その二人を比べて選り好みしてるお前、ヒナならもう意味わかっただろう?」
「わかりたくもないですけどね」
わかりたくもないが、わかってしまう。雛森は「くだらない」そう呟き、そっと瞼を閉じる。
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