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第34話
「ちょ……っ、離せよ」
「駄目だよ、というより無理かな」
雛森を引っ張って歩く南が肩越しに振り返る。その唇に薄く笑みを乗せ、雛森を一瞥した南は駅前へと向かった。
途中でタクシーを止め、雛森を後部座席へと強引に放り込む。
「何すんだよ」
雛森とて無抵抗でいたわけではない。雛森は雛森なりに、南の手から逃れようとした。けれど力の差は歴然で、こうして連れ去られかけている。その目的地はまだわからない。
「……信じらんねぇ」
「英良ちゃんが僕を信じていないのって今更だよね」
車が走り出してしまえば、もうどうすることも出来ない。雛森は、仏頂面で南の座る方とは反対側の窓から外を眺める。
「今日の約束、まだだったでしょ。今夜は僕と過ごして」
「はっ……酒飲んで気分いいからヤらせろって? あんた最低だな」
「最低でいいよ。これでも少し焦ってるからね」
南の表情からは何も窺い知れない。一体南が何に焦っているのか、どうして急に荒くなったのか……それを知らないまま雛森がたどり着いたのは、南の自宅。
もう二度と来ることのなかったはずの場所へ連れて来られて始まるのは一つだ。
「先にシャワー浴びてきなよ」
そうやって雛森が逃げられないよう、南は衣服を奪ってしまうつもりだろう。そんなことをしなくても、もう何度も関係を持っているのだから一度増えたぐらいで何も変わらない。
黙って雛森はバスルームへと消える。それを見送る南は、言葉に出来ないもどかしさを抑えて煙草を燻らせた。
お互いにシャワーを浴び、言葉もなく寝室のベッドの上で向かい合う。どうせすることは決まっているのだから、わざわざ服を着る必要なんてない。
堂々と裸で胡坐をかく雛森に南は苦笑いを浮かべた。
「ねぇ英良ちゃん。僕、服を脱がせるのも好きなんだけどな」
「それで?」
「楽しみを奪ったお仕置き、受けてもらうよ」
ぐっと引き寄せられた後頭部。雛森の細い髪を掴んだ南は、性急に口付ける。
啄むなんて優しいキスではなく、初っ端から潜り込んできた南の舌が雛森の歯列を割る。
「ん……んくっ」
唇の間から南の唾液が送り込まれ、雛森はそれを受けとめなかった。
口端から外へと出すが、構わず南は次を注ぐ。今日はやけに征服したがる南の様に雛森は違和感を覚えた。
執拗で性悪な行動は今までと変わらないが、こんなに荒々しく扱われたことはない。南が施すそれは、いつも相手をその気にさせる。
それなのに今の南は貪るように迫ってくる。
「英良ちゃん、飲んで」
「嫌に、決まってるでしょ。気色悪い」
息継ぎの合間に拒絶すれば、南の瞳が炯々と燃える。雛森は本能的に、南の隠されたスイッチを押したのだとわかった。そしてそれは正しい。
「い、っつ……」
力任せに押し倒される。圧し掛かってくる南は唇の片端だけを上げ、舌なめずりをして雛森を組み敷く。
「焦ってるって言ったよね? どうしてわかってくれないかなぁ……」
シーツに縫い付けられる両手。雛森の細い手首を絞める南の手の甲に筋が浮く。
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