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第40話

 雛森は怪訝に思いながらも、おにぎりを手に取る。そして一口、かぶりついた。 途端に雛森の顔は険しくなり慌てて水を流し込む。 「っ、辛い‼ これなんすか⁈」 「だから言ったじゃないか、普通の人の味じゃ何も感じないって。それぐらい強い味にしないと何もわからないんだよ」  おにぎりの具は見たこともないぐらい真っ赤に染まっていて、それが何なのかは雛森にはわからなかった。ただわかるのは、異常なほど舌が痺れているということだ。  雛森が掴んだままだった米の塊を南が奪う。そして、それを迷うことなく口に含んだ。雛森は絶句する。 「うん、これぐらいが丁度いいかな」  平然と咀嚼を繰り返した南が、口の中のものを飲みこんだ。やせ我慢しているようには見えない南に、雛森は驚愕の念を拭えない。 (あり得ない……あんなの、人間の食べ物じゃねぇだろ) 「あ、英良ちゃんの分はちゃんと普通に作ってあるよ」  手の付けられていなかった皿を南は雛森に寄越した。見た目は同じそれを、雛森は躊躇いつつも手繰り寄せる。  南が作った料理はどれも美味く、味がわからないなんて嘘のようだ。でもそれが嘘ではないことを、目の前の本人が証明している。  異常なほどかけられる七味に、おにぎりの中身。そして全く動じずに進む箸。 雛森から深いため息が漏れた。 「で、それを俺に言ってどうするんですか? 別に可哀想だとか同情するタイプじゃないし」 「同情? そんなの要らないよ。ただ、僕を知ってもらおうと思っただけだから」 「知る意味がわからない」  雛森の言葉に僅かに憂いを見せた南は、すぐさまそれを取り払った。いつもの南で、いつもの口調で、いつものように軽口を叩く。 「僕のこと知ったら英良ちゃんが好きになってくれるかなぁって」 「……ならねぇよ。なるなって言ったのはあんただろ」 「そうなんだけどね。あの時と今じゃ状況が違うと言うか……まあそれも想定内ではあるんだけど」 「話の筋が見えない」  冷淡に南を一蹴した雛森は、食事を摂ることだけに集中する。食べ終える頃になっても変わらず美味いと思えるそれに、この味がわからないなんて南は可哀想な奴だと雛森は思った。  それこそ、しないと言っていた同情であり、それを南が狙っているなんて知らずに。 いつもと同じようで、少しだけ違う食事。それを食べ終えた雛森は自身の荷物を掴み、部屋を出ようとする。 咎めるような南の視線に、雛森は眉を寄せた。 「今日は休みだから、あんたの要求を聞く謂われはない」 「でも一緒にいるんだから約束は約束じゃない?」 「それなら昼飯を一緒に食ってやっただろ」 「あれは僕からのサービスだよ。セックスだけして放り出すなんて紳士的じゃないだろう?」  そんな押し問答をした結果、雛森は強引に南を振り払って家を出た。 しつこく追ってくるかと思った南は、玄関まではついてきたものの、それ以上は追いかけて来なかった。それに一抹の疑問を抱きながらも雛森は自宅へと戻る。

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