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第41話

 一晩しか経っていないのに懐かしく思える自宅。最近では数時間の睡眠の為にしか戻らない部屋は、妙に居心地が悪い。  読みかけの本も既に内容を忘れていて、雛森は適当にテーブルの端へと寄せる。持ち帰った仕事をしようかと思ったが、それすら億劫になって机上に突っ伏した。 「……怠い」  身体も頭も重たい。人に振り回されるのが嫌いで誰とも慣れ合わず、誰にも左右されまいと過ごしてきたのに今の自分はどうだろうか……雛森はぼんやり考えた。  嫌いな南と嫌々ながらも過ごす時間が増えた。大沢のやっかみにも苛々して、ありもしない噂に神経を削られる。 思えばアヤと翼が付き合い始めてから、ろくなことがない。 「恋愛なんて無駄なのに」  アヤも自分と同じタイプの人間だ。誰かに固執することも、誰かを特別に扱うこともなかった。それなのに置いて行かれた感覚に陥る。 まるで自分だけが取り残されていく気がして、何かに怯える自分がいることが許せない。  極めつけは突然自分の話をし始めた南だ。 自分の知らないところで自分以外の全てが変わっていく。そんなこと知ったことではない……それなのに苛々が収まらない。 「全部あいつの所為だ」  頭に浮かぶのは、アヤの隣で間抜けな顔して笑う佐久間翼。その行動の全てが無駄に想える彼の、能天気な声が幻聴として聞こえる。  休み明けにあったら苛めてやろうか、それとも徹底的に無視してやろうか。 「……くだらない」  そんなことを考えるのすら無駄なのに。今の雛森は無駄なものに囲まれすぎている。 「仕事、辞めたい」  もう誰も知らない場所で誰とも関わらず生きていきたい。何に惑わされることもなく、何かに腹を立てることなく過ごしたい。  これを学生の頃の自分が知ったら、可哀想だと思うんだろう。 バカみたいに突っ走っていた昔の自分と今の自分、どちらが幸せなのか……数か月前なら間違いなく今だと答えられたはずなのに。 今の雛森は、それすらわからなかった。 「……仕事するか」  頭を振った雛森は、のろのろとパソコンを立ち上げる。 仕事に没頭している間は、全てを忘れ去っていられた。けれど、そんな時間は短くて終えてしまえばまた虚無感に襲われる。 「好きになんかならない」  そう呟いた雛森の頭に浮かぶ後ろ姿は『千葉』なのか、それとも腹黒なあいつなのか判断がつかず、雛森は拳を握った。  誰かを好きになることは自分を見失って、誰かを求めることは苦しい。自分自身で封じ込めた感情、その蓋を無理にこじ開けようとするのは南。  南との約束は残り数週間で終わる。そんなもの無視して破棄してしまえ、と頭の中で誰かが囁き、雛森は頷く。

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