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第43話
雛森が踵を返す前に、その姿に気づいた南が名前を呼ぶ。
「英良ちゃん」
その隣にはまさかと思われる人物、佐久間翼が寄り添うように立っている。仲良く話をしていた二人が自分を見ていることに、雛森の目は鋭くなる。
「雛森さん、体調でも悪いんですか?」
「……お前はバカなのか?」
翼の問いかけに対し、聞き返した雛森がその腕を掴む。強引に南から翼を引き離し、眦を吊り上げた。
「なんでこの人に近づくんだよ。お前、こいつに散々な目に遭わされたのをもう忘れたのか?」
「あの、雛森さん落ち着いて」
「俺は落ち着いてる。おかしいのはお前の方だろ」
当初の頃、翼がアヤと南の間をふらふらしていたこと。南に言い寄られていたことや、南に手を出されかけたことを知っている雛森には、翼の行動が理解できない。
なぜ南なんかと仲良く話しているのか、そう翼を問い詰める。
雛森の勢いに負けた翼は後ずさり壁へと追い込まれた。それでも詰問をやめない雛森を南が制す。
「英良ちゃん、翼くんとはたまたますれ違っただけだよ。アヤと上手くいって良かったねって話していただけなんだって」
「誰がそんなの信じるかよ。あんたなら、アヤさんへの嫌がらせで簡単に手出すに決まってる」
雛森は南の弁明に耳を貸さず、翼を冷視線で射る。翼はそれに身を竦め、あまりの迫力に返答もままならずにいた。
事情を知らない人間が見れば、新人の翼を雛森がいびっているように見えるだろう。
「お前は見た目だけじゃなく、頭の中まで能天気なんだなチビ」
正しくその通りにしか思えない言葉を、雛森は口にする。
「だから誤解だって。僕はもう翼くんに何かしたりしないよ」
「南さんは黙っててもらえますか? 俺は今、このチビに話してるんで」
就業中とはいえ、ここは社員が行き交う廊下だ。ましてや、今、最も注目されている雛森と自分が揃っているとなれば面倒なことになる……南は穏便にやり過ごそうとしながらも、頭の中を巡らせる。
顔が広い南には、雛森の噂は全て耳に入っていた。彼がどんな風に見られ、どのように吹聴されているのか全て知っている。そして、その噂を率先的に流しているのが誰かということも掴んでいる。
その人物は、この先にあるバイヤールームにいて、今の状況を見られるのは非常にまずい。それなのに雛森は翼を離そうとはしないし、翼は戸惑っているし、事態は悪い方向へと進んでいるように南には思えた。
そして、それに拍車がかかる。
「翼、お前遅いと思ったら……こんなとこで何してんの?」
そこに現れたのは、神上亜弥だった。
なかなか戻ってこない翼を探しに来たのだろう、普段は滅多に自部署から出ないくせに、こんな時だけ出てきやがって……と南は苦い顔をする。
次期人事部長の南に、ブランドを一任されたアヤ、そしてその二人を天秤にかけていると噂されている雛森とアヤのお気に入りの翼。
何の因果か、役者が全員揃ってしまった。
最悪なタイミングで最悪なメンバーが集まり、そして最悪な展開を迎える。
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