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第44話
廊下の先にある扉が開き、中から出てきたのは雛森を忌み嫌う大沢だった。
翼を壁に追いつめている雛森を見て、怯える翼をその瞳に映す。そして雛森を翼から離そうとする南を見つめ、離れた所に立つアヤへと移動する。
大沢の目が最後に捉えたのは雛森の横顔。いやらしく顔を歪め、大沢は部屋の中へ戻った。
「なんで来るかなぁ……」
そうぼやいた南が見るのは、能面フェイスで突っ立っている神上亜弥だ。事をややこしくした男をジト目で見て、南はため息をつく。
「アヤ、僕あの電話で言ったよね? ちゃんと考えてあるから、おとなしくしていてくれって」
「俺何もしてないんだけど。なんで、うちのバカな部下探しに来ただけで非難されんの?」
「そういう柄にもないことするからでしょ。本当、僕の邪魔ばっかりするのやめてくれよ」
力任せに翼から雛森を引き剥がした南は、アヤに向かって翼の身体を押す。
よろよろとよろめいた翼が、アヤに支えられ体勢を整えた。
「付き合いたてのカップルらしく、二人の世界でも作って引きこもってくれ。今後、僕らの邪魔は一切しないでもらいたい」
ぴしっと言い伏せた南は、雛森を連れてその場を後にした。残された翼とアヤは首を傾げ、去って行く二人の背中を見送る。
意味もわからないまま雛森が南に連れられて来たのは、人気の全くない非常階段だった。
十二月の寒空の下、上着もなしに外へと連れ出された雛森は、自身の身体を擦って暖をとろうとする。しかし、無駄な脂肪の一切ない華奢な身体じゃ何の効果もない。
「はい、これ着て」
そう言って南が指し出したのは、つい今しがたまで自分の着ていたジャケット。
「要らない」
「要るでしょう。そんな薄着じゃ風邪ひくに決まってる」
まだ南の温もりの残るそれを強引に羽織らせられ、雛森は突っ返そうとジャケットの裾を掴む。
「英良ちゃん着て」
しかし南に低い声で咎められると、逆らう気が失せた。ここで言い争っても時間の無駄、そして体力の無駄だと思ったからだ。
「こんな所に連れて来た理由は? こっちは、そろそろ戻って仕事がしたいんですけど」
「今は戻らない方がいいと思うよ。戻っても働ける状態じゃないだろうね」
南の言葉はいつも肝心な部分が足りない、そう雛森は思う。それが敢えてなのかは判断しかねるが、言われた方としては後味が悪い。
冷めた表情で雛森が手摺まで近づく。そこに凭れ、取り出した煙草に火を点けた。
深く息を吸えばニコチンが身体を駆け巡り、細い息と共に紫煙を宙へと吐き出す。
背を預けるようにして隣に並んだ南が、大きくのけ反って空を仰ぐ。そして彼らしくない曇った声で唸りを上げた。
「あー、本当に上手くいかない。こんなの僕らしくないって自分でわかってるのに」
くるりと身体を反転させた南が雛森を見つめる。じっと視線を外さず、真剣な表情で告げた。
「英良ちゃんさ、好きなタイプってどんな人?」
「は? 何いきなり」
「男でも女でもいいよ。こういう人に惹かれるとか、こういう人と付き合いたいとかってないの?」
「ない」
二文字で片付けた雛森は、指に挟んでいた煙草を口に咥える。再び煙を吸い込もうとした時、それは忽然と姿を消した。南が奪い取ったのだ。
奪った吸い殻を地面に捨て、踏み消した南がそれを端へと寄せる。
「英良ちゃん、ここ何日か僕との約束破ったよね」
「それは……」
「過ぎたことをとやかく言うつもりはないよ。ただ、その見返りは戴くけど」
数日分の見返り。南からの要求を雛森は煩わしく思いながらも黙って待つ。
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