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第47話

 非常階段を去った南が向かったのは、自分の部署である人事部でも、雛森のいるバイヤールームでもない。  滅多なことがなければ訪れない場所。そこに自分が向かうと凶悪なまでに機嫌の悪くなる人物がいることを知っているからだ。  ノックを数回、そして返答を待たずに南は扉を開ける。 「お疲れ様、アヤ」  その部屋の主である神上亜弥は、南の姿を見てあからさまに表情を硬くした。 「てっきり翼くんとお楽しみ中かと思ったらアヤ一人なんだ?」  プレスルームにはアヤしかいない。どうやら翼は不在らしく、南は空いている翼の席へと腰を下ろした。それはアヤの向かいのデスクだった。 「……何か用でも?」 「やだな。用もなく僕がここに来るとでも?」 「用があっても来てほしくないけど」  アヤは無表情で、南は微笑んだまま会話を交わす。けれどお互いの言葉には棘が含まれており、周りの空気を凍らせる。 もしここに翼がいたなら、冷や汗をかいて固まっていただろう。それほどまでに、この二人の仲はよろしくない。  仕事を進めながらも、アヤの意識は南に向かっていた。翼のデスクに広げられた資料を興味無さげに眺めていた瞳が、突然アヤを映す。 「邪魔しないでって言ったの忘れた?」  にっこりと笑いながらも、鋭い声で諫める南にアヤの手が止まる。その言葉が何を指すのかがわかったアヤは、深いため息と共にパソコンに向けていた顔を上げた。 「あれは不可抗力だろ。まさか全員揃ってるとは思ってなかった」 「そんなの僕が知ったことじゃない。あそこでアヤが現れたから、余計拗れたのはわかるよな?」  デスクの上に転がっていたペンを拾い上げた南が、アヤの顔に向かって軽く放る。綺麗な放物線を描いたそれは、目的の物には当たらず床へと落ちた。 「これでもブランドのイメージモデルなんだけど」 「大丈夫、アヤなら多少傷がついたって綺麗なことに変わりはないから」  尚も笑って答える南に、アヤは相当怒っていることを悟る。それは二人が高校生からの腐れ縁だというだけでなく、その性格や思考が酷似しているからでもあった。  だからこそ南の考えていることが予測できたアヤは、無表情からげんなりとした表情へと変わる。 「早く要件言えよ。どうせヒナのことで来たんだろ」  自分と同等に忙しい南が、わざわざ出向いてまでここへ来た理由、それは今後の雛森とのことについてで間違いないだろう。嫌々ながらも問いかけると、南は片方の口角だけを上げて笑う。  爽やか好青年の二面性を目の当たりにしたアヤは、眉間を押さえた。その胸中では「面倒くさい」が何回もリピートされている。

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