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第49話

 アヤが雛森と千葉の関係を知ったのは偶然だった。 ヘアメイクの仕事をしている千葉が雛森の通っていた専門学校で講師をし、偶然にも雛森とそういう関係になった。 まだ若かった雛森を千葉が強引に引きずりこんで始まった関係。次第にのめり込んでいく雛森とは対照的に、千葉は自分のスキルアップを選んで二人の関係はあっけなく終わる。 海外へと拠点を移すことになった千葉は、雛森を簡単に捨てた。 『恋愛なんて無駄なものに縋るなんて、みっともない』  その一言が素直だった雛森を変え、何事に対しても正面から向き合うことを敬遠させている。 夢中になって縋った相手に「みっともない」と言われた雛森を悲劇のヒロインだと言い捨てた南に、アヤは渋い顔を見せる。  大きく表情を崩したアヤに、南は嬉しそうに目尻を垂れた。 「アヤぐらいの美人ならどんな顔してても見てられるんだけどなぁ……」  そこで一旦、言葉を切った南がわざとらしくため息をつく。 演技がかった仕草に、アヤは早く話を切り上げたくなった。そこには、翼にこんな胡散臭い男と一緒にいるところを見られたくない、という気持ちも少なからずある。  そんなアヤの心境に気づいていながらも南は言葉を続ける。 「しばらくとはいえ、あいつの機嫌取りだと思うと反吐が出るね。デブとブスは嫌いなのに」  両手を上げ、首を左右に振った南が立ちあがる。これから南が何をするつもりなのか、思案するアヤに南は好青年の笑顔を見せた。  それは理想の上司で理想の部下で、理想の男だと言われる『南聡介』に戻った瞬間だった。  タイミング良くなのか悪いのか、南が立ちあがったと同時に翼が戻って来る。部屋にアヤと南が揃っているのを見て、その大きな瞳を瞠目させた。 「じゃ、そういうことで。次期ブランド責任者様は、可愛い可愛い部下と楽しんで」  含みを持たせた言い方をした南が踵を返す。扉の前で突っ立っていた翼に微笑み、頭を撫でて部屋を出た。  残されたのは何が起きているのか理解できていない翼と、理解したくなくても出来てしまうアヤの二人。 さっきまで南が座っていた自分のデスクに戻った翼が、アヤを窺い見る。  流れる金糸の間に見える緑色の瞳。それが翼を映し、揺らめいた。本能的に翼が身を引くよりも早く、手を伸ばしたアヤによって翼の身体は捉えられる。  強引に引き寄せられた翼の身体に、机上のパソコンやファイルが当たる。けれど、その痛みよりも激しいそれに翼は翻弄された。 「──んっ……ふ、あっ、ちょ……神上さ」  翼の後頭部に回されたアヤの手。より強く唇を合わせる為に力が込められ、その長い指に翼の髪が纏わりつく。 ねっとりと翼の弱いところを狙うアヤの舌に、翼はきつく目を瞑った。  機嫌が悪い時とは違うそれの動き。 荒くはなくて、少し激しいけれど誘うような舌の絡まりにキスを終えた翼はアヤに訊ねた。 「神上さん、もしかして南さんに虐められました?」 「は? なんで俺があんな男に」 「だって、なんか寂しそうっていうか……慰めてって言われてるような気がして」  勘違いならいいんですけど、と続けた翼は残していた仕事に戻る。 自分でも自覚していなかった感情を言い当てられ、アヤは口元を隠して少し照れた。

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