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第50話

*  荒々しく電話を切った雛森は、激しく舌をうつ。発注していた下請け会社が大幅に納期を遅らせ、なんとかその帳尻合わせを終えたところだった。  手を付けなければいけない仕事は山積みなのに、次から次へと問題が起こる。今の電話なんてまだマシな方で、もっと大きな問題が目の前にはあった。 (圧倒的に不利だろ……これ)  雛森が絶望的な眼差しで見るのは、再来週に発刊されるファッション誌。なかなかの売り上げ部数を誇るその雑誌に載ることは、ブランドとして多大なる宣伝効果を生む……が、今回ばかりはそうは言ってられない。  &ZEROの春夏のキャッチコピーは『洗練されたラフ感』 一見すると相反する言葉だが、きっちりしているようで要所要所に隙を作り、あまり着飾らないコーディネートを推している。 それは各部署のメンバーが集まり、何週間もかけて決めたオリジナルの言葉だったはず。 (それなのに……なんで)  雛森は一枚ページを戻る。そこには対抗ブランドの特集が載っていて、タイトルには『ハイセンスにラフを纏う』と書かれていた。これは、言葉を変えただけで全く同じ意味だ。  トレンドを追う仕事なのだから似通るところはあって当然で、その中で個性を出していかないとブランドとしては生き残れない。それなのに、今回はテーマも商品も、コーディネートの仕方も酷似していた。  こんなことが偶然に起こったとは到底思えない。  今すぐ犯人を突き止め、血祭りにあげたい気持ちを雛森は抑える。それよりも、すべきことがあるからだ。 「雛森、何か手伝おうか?」  気を遣った同僚が話しかけるも、雛森は素っ気なく返す。 返事をしている余裕がないだけなのだが、普段の雛森を見ている相手からすると「お前なんかに頼むことはない」という意味に変わってしまう。  ただでさえ噂によって雛森の評判はガタ落ち。その上、仕事は行き詰っている……となれば、誰も雛森の味方はしない。  雛森は社内で完全に孤立していた。    今回の丸被り問題で、どこの部署も手一杯だ。特に、広報担当のプレスルーム責任者であるアヤは多忙を極めていて、それが更に雛森を追い込む。  一番自分をかってくれ、誰よりも自分を認めてくれるアヤに迷惑をかけたことが辛い。 買い付けの時に、自分がもっと他にアイデアを出していれば……もっといい商品を低コストで作れていれば……雛森の中は後悔で一杯になった。 それは、普段の雛森からすれば『無駄』なことのはずなのに、そんなことすら考えている余裕はなかった。  なんとか価格を抑えて、差をつけないといけない。品質やデザインに少しでもオリジナリティを持たせないと目玉だなんて胸を張って言えない。  今日も雛森は忙しなく目と頭と、手を動かす。けれど誰にも悟られてはいけない。出来ない自分だと思われるのは、雛森のプライドが許さなかった。

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