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第51話

 トントン、とノックの音が聞こえる。ふ、と雛森が顔を上げると既に時刻は昼の十二時を迎えていて、昼休憩が始まっていた。 (しまった……夢中になり過ぎて忘れてた)  雛森が忘れていた正体、それが扉を開ける。 「お疲れ様。お昼だけど、どう?」  穏やかな声と共に現れたのは南だった。同じフロアにある人事部から、昼休憩になると必ず現れる南を、バイヤールームにいた雛森以外が迎え入れる。  今日も爽やかに微笑み、仕立てのいいスーツを着た南が部屋へと入ってくる。迷うことなく、あるデスクの傍に立ち、一層優しい笑顔で話しかける。 「今日の日替わり定食、おでんらしいよ。大沢君はおでん好き?」 「はっ、はい!」 「じゃあ今日は食堂でいいね。混む前に行こう」  大沢を連れて南は部屋を後にする。もう何度か見た光景を雛森は視線すら向けない。  非常階段で千葉のことを話した翌日から、今度は南が雛森との連絡を絶った。正しくは南からの連絡が一切なくなり、会社ですれ違っても挨拶すらされなくなった、だ。  雛森が南を避けているのではなく、南が雛森を視界に入れない。以前のように揶揄うことも、気にかけることもない。  ぞろぞろと昼食を摂りに出ていく中、残った仕事を進める雛森の目にカレンダーが映った。 それは年末が近づいていることを教えてくれると同時に、南との『約束』が終わりを迎えることを意味している。 「もう飽きたんだから約束もクソもねぇだろ」  一人ごちた雛森は、そのカレンダーを倒し見ないことにした。  別に南に飽きられたのが不満でもなければ、周りから蔑まれるのが嫌なわけじゃない。噂なんて気にならない、絶対に気にしない。  頑なに心を閉ざし、余分なことは考えずに仕事に没頭する。 最後にまともな食事を摂ったことを忘れるぐらい、何かに追い込まれていないと自分が自分でいられないことを雛森は感じていた。

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