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第52話

 あと十五分もすれば昼休憩が終わる頃。 一服でもしようかと喫煙所に向かう雛森の先に、二つの影が見えた。 自販機のある小さなスペースで壁に凭れて立つ南と、それに対して笑顔で話しかける大沢の姿だ。  雛森に先に気づいたのは南だった。しかし、その目は雛森を映しても何の変化もなく、すぐさま大沢へと戻る。 (ブスは嫌いなんじゃねぇのかよ)  これといって特徴のない大沢を南が気に入るとは思えない。では、なぜ大沢を構うのかと考えると浮かぶ理由は自分だ。 自意識過剰かもしれないが、雛森と仲の悪い大沢と接することで、南は自分の気を引こうとしているのではないか……雛森はそう思った。  雛森は喫煙所に向かっていた足を止め、わざと自販機を目指して歩いた。次第に近づく二人の会話さえ聞こえてくる距離、そこまで来てやっと雛森に気づいた大沢が嫌味に笑う。 「雛森、お前ちゃんと食ってんの? 死人みたいな顔してんぞ」 「……別にお前に関係ない」  自分を卑下する大沢に雛森は視線を向けず答える。本当は無視をしてやりたかったが、こうして大沢を煽ることで注意を自分に引くためだった。  まんまと雛森の策に乗った大沢が雛森を睨みつける。 「お前ばっかりが大変そうな顔してんじゃねぇよ。自分のミスで人に迷惑かけてんだから、ちょっとは悪いと思え」 「は? なんでお前にそんなの言われなきゃなんねぇんだよ。うっざ」  雛森はポケットから取り出した硬貨を投入口へと強引に押し込む。欲しい物の無い中で、無難に水を選びボタンを押すと、取り出し口に手を伸ばした。  屈む時に盗み見た南は、薄ら笑いを浮かべているように見えた。 (あくまでシラをきるつもり、ってわけ)  大沢と話をしながらも雛森の意識は南に向かっている。どうすればその好青年ぶった顔を崩せるか、それを考えていた。  身体を起こした雛森は、あえてその場でボトルのキャップを開ける。居座ろうとするその姿勢に、顔を歪めた大沢が南のスーツを掴んだ。 「南さん、向こう行きましょう。こいつといると辛気臭くなる」  南を促す大沢の行動。それに南がどう出るのか……窺う雛森の目の前で、南の唇が開く。 「大沢くんがそうしたいなら付き合うよ」  その声は甘く、相手を落とすときの声。いつも自分のことを「英良ちゃん」と呼んでいた声で、南は大沢を呼んだ。雛森に一切目を向けず、大沢だけを見て、大沢に触れさせて。 そしてそれを見せつける南に、雛森は手を振り上げる。

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