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第55話

 少し時は遡り、仕事をひと段落終えた南は人事部を出た。 昼に偶然雛森と会った時、その顔色の悪さにまた食事を摂っていないことを知った南は、会社近くのカフェへと向かう。出来るだけ栄養のありそうな軽食と雛森の好きなデザートを購入し、会社へと戻った。  &ZEROが大変な状況ということは南も何度か耳にしていた。 どうやら企画が他社ブランドと丸被りな上、向こうの方が価格も安く打ち出しも大々的に行っているとか……。それは良くあることらしいが、どうやら今回は単純な企画被りというわけでもない、とも聞いていた。  まるでどちらかが真似したかのような状況。 自分の持てる伝手を使い、裏に手を回した南は、先に企画を打ち出したのはこちらだということも掴んでいる。と、すれば誰かが自社の情報を先方に流したということはあきらかだ。  世間に出回る前に企画案に目を通せて、それを社外に持ち出せる人物は限られている。  デザイン部かバイヤー、そしてプレスルームの誰か。まずプレスルームにはアヤと翼しかいない時点で除外、デザイン部も雑誌の掲載に関しては詳しく聞かされていないから可能性は低い。 (そうなれば答えはおのずと見えてくる)  そんなことをする動悸があり、現実的に可能な人物。そして、そのことで雛森を追いつめて喜ぶのは誰か……迷うことなく出た南の答えは『大沢』だった。 「南さん!」  考えを巡らせながら廊下を歩いていると背後からかけられた声。振り向かなくてもわかる神経を逆撫でするその音色は、大沢のもので間違いないだろう。 「今日は残業ですか?」  そう問いかけてくる大沢は既に帰り支度を終えていて、仮にも同僚である雛森を手伝うつもりは微塵もないことが窺える。 「そうだね。今日はもう少しかかるかな」  答えた南は、大沢へと向けた視線を即座にそらした。変に思われないよう自然体を演じながらも、極力その顔を視野に入れないことを心掛ける。 (こんな平凡を長時間も見ていたら目が腐る)  綺麗なもの、例えば雛森なら何時間でも見つめていられるのに。 心の中で毒を吐きながら南は大沢へと軽い相槌をうつ。何が嬉しいのか、尻尾を振って寄って来た大沢の背後に、ある人物を見つけた。  綺麗に正面で分けられた髪は今日も艶やかで、疲れているはずなのに凛とした雰囲気は健在。若干いつもより覇気は少ないものの、その目は鋭く南を射る。  会話を交わすことなく見つめ合うこと数秒、思わず南が微笑むと雛森は目を見開いた。 しかしそれは次の瞬間には射殺すように鋭く変わる。 「まだ仕事?」  南の口から出た台詞は、大沢に向けて言ったようで雛森への言葉だった。 勘違いした大沢が首を振って答えるが、南はそれを視界の端にすら入れることはない。

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