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第57話
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年内の仕事も残すところ数日となり、雛森は筋の浮かんだ自分の手を眺めた。
確実に体重の落ちた身体は、華奢というよりも貧相だ。この休みの間に戻ればいいが、きっと持ち帰りの仕事に追われてそれも叶わないだろう。
打開策のない現状。もう世に出てしまう雑誌を止める術はなく、新商品の立ち上がりが怖い。
雛森だけの失敗ではなくても、周りはそうとは思ってくれないだろう。力任せに今までを進めてきたツケが回って来たのだ、と雛森は自身を失笑した。
「大沢―。今日は南さんと一緒じゃないの? 大沢まで南さん怒らせないでよ」
使い終わった資料を片付けながら、雛森は大沢と誰かの会話に聞き耳を立てる。
そう言えば、昼休憩に大沢を呼びに来ることが日課だったはずの南が、今日は一度も姿を見せていない。
「最近、南さんが忙しいだけっすよ。相変わらず南さんには良くしてもらってます」
大沢の言う良くしてもらっている、がどこまでの範囲かわからず、雛森は耽ってしまいそうになる思考を無理に止める。
これ以上、南に振り回されたくはなかった。
「それに俺は南さん怒らせるようなドジしてないし。企画被りとかマジあり得ないでしょ」
突然降って掛かった火の粉に、雛森はピクリと柳眉を寄せる。また大沢の小言が始まるかと思うと、それだけで鬱陶しくて仕方がなかった。
「なあ雛森」
ほら来た、雛森はため息をついて大沢の呼びかけを流す。けれど、南という虎の威をかった大沢はいやらしく笑って雛森の肩に手を置いた。
「南さんは俺のこと、いい部下だって言ってくれた。いくらアパレル関係にそういう性癖が多かったとしても、俺はお前とは違う」
雛森は大沢に視線すら合わせず、その手を振り払う。
「お前さ、ご主人様に褒めて貰えて喜ぶ犬みたい」
心の中で「駄犬」と付け加えた雛森は、正しくその通りだと口角を上げた。その余裕ある態度に大沢が顔を引き攣らせるが、今の大沢には南聡介の後ろ盾がある。
それが大沢に間違った自信をもたらせた。
「自分売って取り入っても、飽きられたら悲惨だなって心配してやってんだよ」
そう言う大沢の顔には、雛森への配慮なんて欠片もない。蔑み、優位に立った喜びしか感じられなかった。
そんな大沢を見ても、雛森の意識は別のところへと向けられる。
あれだけ手の早い南がまだ大沢を抱いていない。意外な事実に雛森は内心驚いた。もちろん、それを悟らせるヘマはしない。
「それってお前に魅力がないからじゃねぇの?」
本当はお前の身体と言ってやりたいが、さすがに職場で言うべきではないと思い、雛森は言葉を変える。けれど視線で大沢の全身を示し、ふっと笑ってやる。
「俺に構ってる時間あるなら自分を磨けば? そうしたら、あの人優しくシてくれると思うけど」
揶揄する雛森に大沢は目を眇めた。
仕事で追いつめられ、南に捨てられたはずなのに雛森はちっとも折れない。どれだけ大沢が熱くなろうと雛森は絶対に大沢を相手にしない。
雛森の怒りは、いつも南にだけ向けられる。
どれだけ一緒にいるところを見せつけたとしても、雛森は大沢へと感情をぶつけたりしない。そのことが大沢を余計にヒートアップさせた。
心身共に辛いはずなのに弱みを見せない雛森に大沢は焦れる。完全に孤立させたはずが、大沢はちっとも満足できず、まだ奪い足りない。
雛森に残されたものは仕事とプライド。その両方を一気に奪ってやろうと決めた大沢は、仕事に戻った雛森を静かに見つめ続けた。
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