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第58話
しんと静まり返った部屋。普段は絶対に近寄らないそのデスクの前に立つ。
他の社員はとっくに帰宅していて、年末が近いからか雛森も今日は早めに会社を出た。
もうチャンスは今日しかない……そう思った男、大沢はそっと手を伸ばす。
何度も盗み見て知った雛森のIDとパスワードを入力し、開いた画面に大沢は目を走らせた。メールボックスをチェックし、何か粗を探すが見当たらない。もしかしたら隠しファイルでもあるのか、と念入りに調べる。
自分と同期で入り、自分より経験のない雛森が優遇される理由。それが大沢にはずっと謎だった。
確かに雛森は仕事が早く、勘も鋭いとは思う。けれどそれを差し引いても、あの仕事っぷりは異常だ。まるで自分の憧れる南と神上亜弥を彷彿とさせる雛森に、大沢はいつも劣等感を抱いていた。
少し見目が良いからとチヤホヤされるのが許せない。それを自分の実力だと勘違いし、全てにおいて勝っているかのような雛森の態度が気に入らない。
薄ら笑いを浮かべながら大沢は雛森のパソコンの隅々まで目を通す。
仕事以外の内容が全く無い雛森のそれ。その中に、明らかに他とは違う表題のファイルを見つけた。
途端に大沢の笑みが深くなる。
「見つけた」
そこには、雛森が&ZEROのデータを私用に纏めた形跡が残っていた。
明らかに外部に向けて発信するためのそれに、大沢は喜びの雄たけびを上げたくなる。
なんとか自分を制し、そのファイルを自分宛へと送る。そして、仕上げとばかりに証拠の写真も撮って満足そうに頷いた。
「随分楽しそうだね」
暗い部屋に落とされた声に、大沢は肩を跳ねさせる。振り返った先にいる人物の影は見えるものの、それが誰かは判断がつかない。
「誰だ?!」
「誰って、数時間前に話したばかりなのに。その大きな頭の中身って空なの?」
現れた男が電気のスイッチを押せば、部屋には煌々とした明かりが灯る。
「お疲れ様、大沢くん」
壁に凭れて立っていた南はネクタイを少し緩め、そして薄く笑った。
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