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第59話
「南さん……なんで」
念のため、南がいないことを予め確認していた大沢は驚き瞠目する。その表情を見た南は、おかしげに喉を鳴らした。
「人事部にいなくたって他にも部屋はいっぱいあるでしょ。それこそ、僕なら君が簡単に入れない場所にだって出入り自由だよ」
南が翳したのは、どこかの鍵。それがどの部屋のものなのか、大沢には皆目見当もつかないが南が帰ったフリをしていたことはわかった。
「どうして、ですか」
「どうしてって何が?」
「どうして帰ったフリなんかしたんですか?」
大沢の言葉に、南は顎に手を当て首を傾げた。緩い笑みを携えたまま、清々しい声で答える。
「駆除のため、かな。勘違いして思い上がっている鼻をへし折ってやろうと思って」
大沢は大きくもない目を瞬かせる。その次には、南が口にした台詞の対象が雛森なのだと、勝手に結論づけ破顔した。
南も自分と同じように雛森のことを怪しんでいたのだと思い誤った。
「その顔、まだわかってないの?」
冷ややかな南の声に大沢は息を詰めた。笑っているのに凍りつくような冷たさ。
南から今まで感じたことのない威圧を向けられ、大沢は後ずさる。その身体が雛森のデスクに当たり、スリープ状態だった画面が露わになった。
そこには雛森の不正が映されている。
「南さん! 俺、これ見つけたんです。雛森の奴、裏で手を回してうちのブランド売ろうとしてたんですよ!」
パソコンの画面を南へと向けた大沢は、自信たっぷりに指さす。作り物の笑みを浮かべていた南の瞳がそれを捉え、目尻に皺を刻んだ。
「それがどうかしたの?」
「……え、だって。これの所為で大変な状況になってるって」
「というよりさ、いつまでその猿芝居続けるつもり? まさか僕が何も知らないと思ってるの?」
「何の話……ですか?」
大沢の口から乾いた声が出る。
南は自分の味方であって、雛森を見限ったはずなのに。それなのに、今の南はまるで大沢を敵視し、さも大沢こそが悪者であるかのような口ぶりだった。
その理由は、南は既に大沢が悪だと確信していたからだ。
「どうして大沢が英良ちゃんのパソコンを勝手に開いているのか、まずそれが問題だよね。その次が見つけたファイルをどうして自分宛に送ったのか。そしてそれを怪しいと思った理由も」
「それは……っ、こんな私用なデータがあれば誰でもそう思うかと!」
「英良ちゃんは&ZEROのバイヤーなんだから私用に纏めていても変じゃない。自分で見やすく資料を作るのは、プロとしてごく普通のことだよ」
「君にはわからないだろうけれど」そう続けた南は、ゆっくりと大沢の元まで歩いていく。
もう逃げ場の無い大沢は、固まったまま南が近づいてくるのを待つしかなかった。
南の革靴が床を踏む音、そしてそれが離れる音。交互に聞こえたその音が止まる。
手を伸ばせば触れられる距離まで来て、大沢はやっと南の笑顔が偽物なのだと気づいた。
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