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第60話

 大沢を後ろから囲うように立った南は、小刻みに震える耳元へと言葉を紡ぐ。 「それはね、僕が作って英良ちゃんのパソコンに入れておいたデータ。君が社外に送り付けたものを真似て作ったんだよ。だからそんな勘違いしたんでしょう?」  やけに色気を含む南の声に、大沢は身体を震わせる。ぞくぞくとした何かが身体の奥から走るのを感じ、頬を染めた。  その背後に立つ南が、まるでゴミでも見るかのように見下ろしているとも知らずに。 「どうして南さんがそれを……」 「したのか? それとも知っているのか?」  吐息のかかる距離で囁かれ、大沢は頷く。その時点で認めているようなものなのだが、南の雰囲気にのまれ、大沢の身体は勝手に動いていた。  自分の思い通りの展開になり、南は上機嫌に答える。 「これでもそれなりに働いているからね。聞きたくもない話に相槌うって、どうでもいい相手に笑顔振りまいて。そうすれば、些細な秘密なんて案外簡単に教えてくれるよ」  その返答は、南が裏で手を回し今回の情報流出を調べていたことを示唆している。持てるコネを使い、今まで培ってきた人脈を駆使して真相を突き止めた南が大沢へと詰め寄る。 「君のしたことは会社に大きな損失を生む。それをすぐに英良ちゃんに擦り付けなかったのは、彼が苦しんでいるのを見たかったからでしょ?」 「違う……俺はっ、俺は雛森がみんなの輪を乱すから懲らしめてやろうと思っただけで! 別に会社に迷惑かけるつもりなんてなくて……大体、あいつがいつも俺をバカにするから!!」  必死に弁解をした大沢だったが、振り返って見た南の表情があまりにも冷たく、背筋を凍らせる。肩を跳ねさせた大沢に南はクッ、と喉の奥を鳴らした。 「大沢、お前英良ちゃんのことに関してはよく喋るね。そう言えば僕と一緒にいても、いつも英良ちゃんの話をしていたし。まるで好きな子を苛めてる子供みたい」 「違います! 俺は雛森なんか……っ」 「否定しなくていいよ。だって大沢が英良ちゃんを見る時の目、僕と同じだからね」  大沢を開放した南は、少し距離をとった。二人の身長差を埋めるように身を屈め、言い返せない大沢へと言い放つ。 「本当は自分を見てほしくて必死なんでしょう? 大沢、何かあると英良ちゃんのこと見てるもんね。でも残念だけど英良ちゃんは僕のもの。その代わり大沢にも良い思いさせてあげただろう?」  相変わらず冷静な南が何を言っているのかわからず、大沢は瞳を揺らす。奥二重の瞼のその奥で、平凡な色が南を見つめる。  うっとりと笑った南は、やはり優しい『南聡介』の顔をしていた。

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