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第61話

「憧れていた上司を独り占めして、英良ちゃんを出し抜いた優越感にも浸らせてあげた。自分が特別だと思えた数日間は幸せだったと思うけど、あまりにも身分不相応過ぎたね」  南からの言葉に、大沢は目を見開いた。 雛森と同時に南も出し抜いたはずが、全て気づかれていた。そのことに大沢は拳を握る。それは悔しさからではなく、この後訪れる最悪の事態を想定してだった。 「どうしてですか。わざわざそんな遠回りしなくても、俺がやったってわかった時点で突き出せばいいのに……そうだ、雛森が! 雛森がそうしろって言ったんですか?!」 「お前どれだけバカなの? そんな面倒なこと英良ちゃんがするわけないでしょ」 「じゃあどうして?!」 ため息をついた南だが、大沢は自分のことに必死で周りが見えていない。 「英良ちゃんが追い詰められていく姿が見たかったから」  想像を遙かに超えた南の返答。驚愕の表情を浮かべる大沢に、南は朗らかに頬を緩ませた。 「大沢さ、北風と太陽って知ってる? 僕はあれを一人でしただけ」  「……どういう意味ですか?」 「それも聞くの? 本当、お前にはユーモアが無いね。英良ちゃんを動揺させるのも、それを解くのも僕にしか出来ないってことだよ」  きっとそれ以上聞いても自分には南を理解することはできない。そう思った大沢は、ようやく白旗を上げた。 既に証拠は南の手の中にあり、どれだけ言い訳しようとごまかしようがない。 『懲戒解雇』きっとそれは免れることはできないだろう。大沢は唇を噛んだ。 「さて、今後のことなんだけど」  話を切り出した南に、大沢は諦めて俯く。完全に討たれ、刃向かう気など全く起きなかった。 「会社に迷惑かかる行為は控えること、それから根も葉もない噂を広めるのはやめること。それを誓えるなら見逃してあげてもいいよ」 「……南さん、今なんて?」 「今のぐらい一度で理解しなよ。余計な事しなければ見逃してやるって言ったんだけど」  げんなりとした様子の南は、呆ける大沢の顔に「すごく不細工」と感想を述べた。 「どうして俺を助けてくれるんですか?」  てっきり切り捨てられると思っていた大沢が南に問いかける。すると、南は首を傾げた。 「助けるって僕が大沢を? どうしてそんな事しなきゃ駄目なの?」 「だって見逃してくれるって……」 「別にお前を助けるつもりなんてないよ。でも結果的にそうなったなら、大沢は僕に借りを作っちゃったよね。借りたものは返す、この意味わかる?」  脂汗を滲ませ、絶句する大沢の肩に南が触れる。おおげさに跳ねたそれに嘲笑し、耳元で低く囁いた。 「もちろん僕のお願い聞いてくれるよね?」  操り人形の如く当然のように頷いた大沢に、南は場にそぐわぬ爽やかな笑みを見せた。

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