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第62話

 *  年内最後の出勤日。特に仕事らしい仕事はなく、身の周りの大掃除をして雛森は時間を過ごす。 溜め込んだ資料をシュレッダーにかけ、紙屑で溢れるゴミ箱へと強引に押し込んだところで視線を感じ、顔を上げた。    慌てた様子で顔をそらした大沢に、雛森は違和感をもつ。最終日で浮足立っているのか、なんだか大沢の様子がおかしい。 普段は何かあればすぐ突っかかってくるくせに、今日に至ってはどこか怯えた表情で自分を見ていることに雛森は気づいた。  そして、おかしい事はそれだけではなかった。  ポケットに入れていたスマートフォンが震える。雛森がその画面を確認すると、それはアヤからの連絡で、内容は新たな雑誌掲載の依頼が決まったとのことだった。 (また特集掲載……これで何冊目だ?)  数社連続、それも大手の雑誌ばかりからの仕事が舞い込み、雛森は首を傾げる。 特集ページの提案や衣装提携の話。急に湧いて出た仕事の数々と、それを積極的に受け入れるアヤに雛森の疑問は募るばかりだ。  いつも最後の最後まで渋るアヤが今回は殆どのモデル依頼を引き受け、自ら進んで表舞台に立つ。それはブランドとしては大助かりなのだが、雛森は異変を感じ得ずにはいられなかった。  なぜなら、あれだけ派手な外見をしているくせにアヤは目立つことが大嫌いだからだ。  ピンナップが決まる度、嫌々そうに報告してくるアヤは自分の仕事を調整し、可能な限り時間を作ってモデル業も担おうとする。どんどんと増えていく依頼に雛森は驚いたが、アヤはそうなる事がわかっていたかのように冷静だった。  問題視されていたコストの面も、なぜか工場側が安い価格で引き受けてくれることになり、その上メディア露出も増えれば売り上げの心配もなさそうだ。 雛森は安堵の息を吐き、膨れきったゴミ袋を捨てに行く為に部屋を出た。 「英良ちゃんお疲れ様! ちゃんと掃除してる?」 「南さん……あんた自分の部署にいなくていいんですか?」 「僕は日頃からマメに掃除してあるからね。大掃除なんて必要ないよ」  まとめたゴミを捨て、バイヤールームに戻る途中。急に現れた南が雛森へと手を回す。 後ろから抱きしめられる形になり、雛森は勢いよくその手を振り払った。 「酷いな。仲直りした途端、邪険にしないでよ」 「本当に鬱陶しい。仲直りって何の話だよ」 「あれ、聞いてない? 英良ちゃんと喧嘩した僕が、どうしても仲直りしたくて大沢くんに協力してもらった……っていう噂」  雛森は冷めた視線で南を睨みつけた。その噂なら今朝から何度も耳にし、身に覚えもないのに「仲直りできて良かったね」と幾度となく言われたからだ。

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