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第63話

 確かに南の裏の顔を知らなければ、ここ一週間の南の行動はそう思えなくもない。 雛森を怒らせ、その機嫌をとる為に大沢と接触していた。優しく部下思いの南なら考えられる話だが……その本性を知っている雛森からすれば、南が大沢に頼むなんて大嘘だ。 「誰と誰が仲直りして、誰が仲を取り持ったって? そんな嘘よく出ますね」  背後に立った南を軽く振り返り、雛森は氷点下の声を出す。 「そんなに怒らないでよ。でもさ、これで英良ちゃんから僕に言い寄ってたんじゃなく、僕が英良ちゃんを気に入っているってことが明確になった」 「俺はそんなこと頼んでないんですけど」 「うん、頼まれてないよ。それでも、もう誰も英良ちゃんを悪く言えないね。そんな事したら僕が黙ってないよ」  クスクスと笑う南を見て、雛森は心底呆れた。  南の言う通り、雛森が南に媚びているという噂はすっかりと影を潜めた。しかし、今はその代わりに『雛森英良は南聡介のお気に入り』と言われるようになっている。  嘘の噂が嘘の噂を打ち消し、雛森には平穏が訪れた。皮肉にも、全て南が仕向けたことによって丸く収まってしまった。   一体どこからどこまで計画だったのか……雛森は傍に立っている南を仰ぎ見る。上目遣いで見つめられた南は、周囲に素早く視線を巡らせ、誰もいないことを確認してから身を屈めた。  軽く合わせるだけのキスを落とし、南が微笑む。柔和なその笑みは瞬時に消えた。 「──っ……英良ちゃん、みぞおちは駄目……だと思うんだよね」 「こんなところで何してくれんすか。調子乗らないでもらえますか?」 「あんな顔で見つめられて、何もしないなんて僕じゃない」  雛森に殴られた腹を庇いつつ、それでも南は笑みを絶やさない。どこまでも追いかけてくる南の執念深さに雛森は気を削がれ、廊下の壁に凭れた。 その雛森の身体を挟むようにして、壁に手をついた南がにじり寄ってくる。  そこに腹を痛がっていた情けない姿はない。 「南さんって嘘つくの上手いですよね。味がわからないっていうのも嘘だったりして」 「あれは嘘じゃないよ。昔バイクで事故って神経やっちゃったんだよね。おかげで家業を継がなくて済むから助かってる」 「味覚音痴だから恋愛にも刺激を求めるのかもね」そう悪戯に笑った南からは、それが嘘なのか真実なのかは判断できない。 普通の感覚ならば、味覚の欠如もそれを隠すことも辛いことのはずだ……が、相手は南だ。 雛森は憶測することをやめ、肩の力を抜いた。 「南さんといると疲れる。余計な体力使わせないでもらえますか?」 「そう? 僕は英良ちゃんと一緒だとすぐ元気になるよ。なんなら触ってみる?」  南の目が向くのは自身の下半身。それが何を意味するのかわかった雛森が、眉間に皺を寄せた。

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