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始動2

帰宅後、購入したブルーのスポーツウェアに着替え、久しぶりのジョグになるので念入りに準備運動をしてから、安全や安定性を重視したクッションが厚めのランニングシューズを履いて外に出た。 心悲しい秋の夜風がそよそよと吹いていた。夕方頃から曇りだした空は、午後7時半を過ぎた現在もどんよりとしている。天気予報では、明日の未明から雨が降ると言っていたが、その通りになるだろう。 濃い灰色で覆われた夜空には、サバの骨ほどの太さと曲線で描かれた月が朧げに浮かんでいた。ぼんやりと微かに、月光は地上を照らし、それだけでは足りないと言わんばかりに、街は電気での明かりを数多く放っている。マンション前の歩道には、仕事や学校を終えて家路につく人々が、バラバラと行き交っていた。 そんな生活感に溢れる住宅街をゆっくりとした駆け足で抜けていき、大きな川と河川敷がのぞめる道へと出る。今は穏やかな流れだが、翌朝には濁流と轟音なって河川敷までもを飲み込むのだろう。 身体が十分に温まったので、その景色と平行するように、瑛汰は本格的に走り始めた。 分かってはいたが、現役時代の身体の軽やかさや脚力が失われている。とにかく重ったるい。脚が思うように動いてくれないし、早くも息が切れてきた。さらさらとエンドロールのように流れる静謐で安穏な景色を楽しむ余裕も、まったくない。 その現状に胸のうちで嘆いたが、「継続し、少しずつ感覚を取り戻すしかない」と気持ちを奮い立たせ、身体を動かした。途中でペースを落としたものの、初日ということで5キロと設定した距離を走りきることができた。 自宅マンションまで戻ってくる頃には、全身にどっと汗をかき、筋肉や関節に疲労が溜まっているのを感じていた。ぜぇぜぇと息が乱れに乱れてもいた。 けれども、走る前よりも頭の中はすっきりと爽快だった。鈍いような、煩雑としたような感じがなくなり、突き抜けるような心地よい無の空間が広がっている感覚だった。 気分がとても良かった。クールダウンのためのストレッチをしながら、瑛汰は清々しい表情を浮かべていた。思えばここ最近、ストレス発散になるようなことをしていなかった。 今夜のジョグがそれに繋がったのであれば、良いことだ。ストレスが増幅する走りは、経験上、決してプラスにならない。その辺りのメンタルコントロールも、陸上……いや、すべてのスポーツ選手にとって重要だ。パフォーマンスとメンタルは密接に関連している。 これで、順調に体重が落とせればいいのだが、そう簡単に上手くいくとは思えない。今後、距離を伸ばしていくにしても、ジョグだけでは足りないだろう。 確か、この近くにジムがあったはずだ。次の休みにでも覗いてみようか。 それと、食事制限も検討しよう。……付き合いで飲みに行く回数を減らし、炭水化物の摂取を減らし、タンパク質と野菜を多くとれる食事を心がけるべきだ。 それに……そうだ、甘いものを控えないといけないな……。 すっきりとした思考と心に、少しばかり翳りが生まれる。それを追い払おうと瑛汰はかぶりを振り、マンションへと戻った。

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