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アップルパイ攻防4
竜士は、深いため息をついた。
「あーあ。せっかくお前が喜ぶと思って買ってきたのに」
「む……」
ちらりと竜士を見れば、彼はテーブルに頬杖をつき、ひどくがっかりとしている。……ように見せかけていた。これは芝居だ。内心ではニヤニヤしながら、こちらの動向を窺っているのだ。
知っている。この男が果てしなく意地の悪い奴だと言うことを。
「店、すげー並んでたんだぜ? 列をなす人のほとんどが若い子かおば様のなか、スーツ姿のがたいの良い男が30分以上並んで買ったんだ。もー、恥ずかしいのなんの」
「……ふん」
「これもすべて、お前が喜ぶと思ったからなのにな。……残念」
しょんぼりとした中に滲む恩着せがましさ。はーっと長いため息をつき、かぶりを振るその顔は堪えきれずにやけている。
そら見ろ、やっぱり三文芝居だ。
けれども、テイクアウトの箱から覗くアップルパイの魅惑と言ったら……。
「仕方ない。俺がふたつとも食うよ」
「……勝手にしろ。俺はシャワー浴びてくる」
つっけんどんに言い、瑛汰はシャワールームへ向かおうとした。が、やにわに力強く腕を掴まれ、足が止まる。
竜士は嫌な笑みを浮かべて、瑛汰を見上げていた。
「ダメだ」
「は?」
「ここにいて、俺が食べるのを見てろ」
顔の筋肉が石化しそうだった。「な、なんでだよ」
「せめて食リポだけでも聞かせてやろうっていう俺の優しさが分からねーの?」
何をふざけたことを……。こめかみに青筋が浮かびそうになる。
「そんな優しさいるか」
「悲しいなぁ、ほんと。俺はお前を想ってばかりいるのに」
「嘘つくな。全然そんな顔してないだろ」
竜士は顔じゅうに広がる悪魔の笑みを深くした。
「シャワーを浴びに行ってみろ。今夜は抜かずに三発はヤッてやる。嫌がっても両手足を縛って身動きとれなくするから、無駄だぜ?」
そう言った竜士の目は、妖しく炯々と光っていた。それを見て、身体が竦むような熱くなるような、よく分からない感覚に陥り、瑛汰は固まった。
コイツなら、やりかねないと思った。竜士はひどく強引な男だ。嫌がり、喚き、暴れる自分を捩じ伏せて、意のままにしてくる。
そんなことになったら、明日は仕事に行けなくなるだろう。……仕方がないので、おとなしく彼に従い、向かいのイスに腰をおろした。
竜士は立ち上がり、食器棚から白い平皿とフォークを持ってきた。そこにアップルパイを乗せる。バターがふくよかに薫るパイにフォークを刺し、サクサクと切り分けると、その断面をこれ見よがしに向けてくる。
ごろごろとした黄金色の煮林檎を纏うように、滑らかで優しい色をしたカスタードクリームが詰められていた。そのあまりにも幸せな光景に、感嘆とした吐息が漏れそうになるも、ぐっと堪える。竜士はそれをさらに切り分け、ぱくっと口に入れた。
「んー」と極まった声を漏らし、表情をとろんと綻ばせる彼を見て、思わず喉が鳴ってしまった。
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