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アップルパイ攻防5

「……あぁ、すげぇ美味い」 瑛汰は黙っていた。膝の上に置いたこぶしに力を入れ、湧きたった欲望に耐えていた。対して、竜士は上機嫌だ。 「林檎がでかくて食べ応えがあるし、酸っぱいけど、カスタードクリームの甘さがあるからちょうど良いな。あと、バターの香りがすごい」 瑛汰は無言のまま竜士を睨む。……恨めしいことこの上ない。が、竜士はどこ吹く風と言わんばかりに、顔をだらしなく緩めながら、アップルパイをぱくぱくと食べ続ける。サクサク、シャキシャキといった耳障りの良い音が、彼の口元からはっきりと聴こえてくる。 「林檎は食感がしっかりしてるな。生のを食べてるみたいだ。けど、芯までしっかりシナモンやレモンの味が染みてるし、噛むたびにラム酒の香りと一緒に鼻から抜けていって、大人の風味がする。カスタードクリームの甘い香りと絶妙に合わさってんだよなぁ……おい、瑛汰。耳、塞いだりしたらどうなるか分かってるよな?」 「うっ……」 ほとんど無意識のうちに耳元にまで伸びた両手をよろよろとおろし、瑛汰は唇を噛みしめる。 なんなんだこの苦行は。それを強いる男を恋人という甘ったるい概念に据え置いていていいのか? 目の前で美味しそうにアップルパイを頰ばるこの男は、ただの人でなしの大悪魔ではないか。 「んー。パイがサックサク。作ってから時間が経ってるだろうに、カスタードクリームが固めに作られてるから、べちょべちょになってない。林檎とクリーム、パイが個々でしっかりと作られてるけど、それを上手くひとつにまとめてる。完璧だな」 そして竜士は、「はぁー」と残念そうに吐息を漏らし、肩をすくめた。 「これが食べられないなんて、瑛汰くん、可哀想……涙が出るわ」 「ぐ、ぬ、ぬ……!」 泣き真似をしてみせる竜士に切歯扼腕だった。悔しい。悔しい、悔しい……。いくらなんでも耐えられない。コイツは俺を何だと思ってるんだ。別居を切り出すとすれば、まさに今だ。 ええいままよ、と口を開こうとしたその時、目の前にフォークに刺さったアップルパイが差し出された。瑛汰はぴたりと口の動きを止め、それと竜士を凝視する。 竜士は唇についたパイの欠片を舌で舐めとりながら、口角を左右に広げていた。 「ちょっとくらいなら、いいんじゃね?」 「……う」 言葉が喉奥に引っ込んだ。魅惑のお菓子を前に、決心がぐらぐらと揺れてしまう。じっと見つめたまま黙っていると、竜士は躊躇いもなくそれをぱくっと食べてしまった。 思わず「あっ……」と落胆に満ちた声が漏れ出てしまえば、口をもごもごと動かしながら、にやりと愉しげに笑われてしまい、顔がカッと熱くなる。 ……竜士の手のひらの上で転がされている。 そんな状況が非常に腹立たしく、地団駄を踏みたくなった。 「欲しいんなら、ちゃんと言わないとやらねーぞ」 「ほっ、欲しく、ない……」 「ふぅん……」 否定した声は、情けなく上擦っていた。強がりに違いないと思われただろう。……実際、そうだが。竜士はアップルパイに視線を垂らし、それを味わい続けた。あっという間にひとつ目を食すと、満足げに息を漏らしたのだった。 「じゃあ、お前の分も食べよっと」 「……勝手にしろ」 努めて仏頂面でそう言い、瑛汰は唇を噛んだ。その時、ふと何かを思い出したのだろう、竜士は「あぁ、そうそう」とフォークを指揮棒のように振りかざす。

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