13 / 22

誰がため?2

「別に。意外と繊細なんだなって思っただけ……いてっ!」 今さっきのしおらしさはどこへ行ったのか、竜士はそう言いながら、急にニヤニヤと笑い出したので、腹の底からイラっときた。容赦なくデコピンを食らわせ、身体ごとそっぽを向く。 が、すぐに背後から抱きしめられ、耳元に苦笑を吹きかけられる。意地でもそっちを向いてやらないと思い、口をへの字に硬く曲げていると、竜士は耳の穴に掠れた低音を落としてきた。 「ぽっちゃりしてるのも、良かったのに」 胸がずきっと痛むような、響くような感じがした。瑛汰は眉間に皺を寄せる。 「だったら俺と別れて、そういう女と付き合えばいいだろ」 ゲイの瑛汰とは違い、竜士はバイだ。それに、失念していたわけではないが、竜士の好みは豊満な身体の女だった。 同じ高校で同じ部活に所属していた彼が当時交際していた女子は、おしなべて発育がよく肉つきの良い子だった。校舎内や帰り道で彼を見かけると、だいたいそういった女の子と仲睦まじそうに一緒にいた。よく知っている。 高校卒業を機に一度は握り潰したが、あの頃、密かに竜士に想いを寄せていたから、彼のことはだいたい知っていた。生まれも育ちも東京で、歳の離れた兄と2歳下の妹がいて、勉強は苦手だがスポーツは何をさせても上手くて、好きな食べ物は焼肉で、本人曰くピーマンが少しだけ苦手で、流行りの曲に敏感で、いつも賑やかな友人達に囲まれていて……。 当時、短距離走のエースと長距離走の注目選手という相互認識はあったとは思うが、自分たちはまったく関わりがなかった。 だから彼のプロフィールは、どれも人づてに聞いたことか、たまたま彼の近くにいる時に耳をそばだてて聞き知ったことだった。……我ながら気持ちが悪い。 けれども、彼への思慕はすべて胸のうちに秘めて過ごしてきた。誰も自分が同性愛者で、部活仲間の男子に惹かれているなんて、知らなかっただろう。 「拗ねんなよ」 ムッとした。「別に拗ねてない」 竜士が困ったように笑う。 「あのな、好きなタイプに沿った子に惚れて付き合ったこともあったけど、それがすべてじゃないんだって。好きになったら体型なんて気にしねーよ」 「……あっそ」 そっけなく言葉を返す。胸が締めつけられるのを感じながら。竜士は呑気に、欠伸を噛み殺していた。 「ま、お前の好きにすればいいけど」 それから程なくして、寝息が聞こえていた。たっぷりと深い呼吸の音。ひどく心地良さそうだった。 竜士を起こさぬよう、瑛汰はゆっくりと身体を反転させ、彼と向き合う。無駄に整った寝顔を眺めながら、もやもやとした気持ちを膨らませていく。 ダイエットは自分のためにした。竜士に何を言われようが、知ったことではなかった。 なのに、痩せたことを少なからず後悔してしまっている。竜士に言われるまで、内心、鼻高々と過ごしてきたというのに。気分が良かったのに。 ……煙草の嫌な煙のように、心の中が白く曇っている。 竜士に対してではない。自分自身に対して、もやもやとした思いを抱えていく。自分のことなのに自分の気持ちが分からなくて、イライラする。 ……まぁ、いい。俺も眠い。これ以上は何も考えないでおこう。 ふぁ、と大きい欠伸をしてまぶたを閉ざす。瑛汰は竜士の分厚い胸板に顔を埋め、眠りについた。

ともだちにシェアしよう!