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恋と嘘と現実とー48

いつか…今日の日を思い出して笑う日がくるんだろう。 その時に、笑い話として治夫に聞かせようか。 いつか…治夫に会っても、心が痛まなくなる日がきたら…。 「…隼人!危ないっ!!」 考え事をしていた僕は、治夫の声にハッとする。 涙を隠すために横を向いて歩いていた僕は、階段に気付かず足を滑らせてしまった。 だが、階段を転がり落ちようとする僕を、横から腕が伸びてきて暖かい体温が僕を包み込む。 階段を転がり落ちていく。 世界が回る。 あっという間だった。 階段を転がり落ちて止まる。 「…治夫…」 僕は起き上がると、横に倒れている治夫に呼び掛けるが返事がない。 気を失っているのだろうか。 治夫の体に触れようとして、思い止まる。 頭を打っていたらいけないから、動かさない方がいい。 …先生を呼ばないと…。 震える足で何とか立ち上がろうとする。 「……う…」 治夫が呻き、顔をしかめる。 ………よかった……意識はある。 「…治夫!!う、動かないで!せ、先生、よ、呼んでくるから…こ、ここにいろよ!!いいな!動くなよ!!」 治夫の呻き声に意識はあるんだとホッとしつつも、先生を呼ぶために走り出す。 …治夫の馬鹿…。 僕を助けるなんて…。 僕を助けて自分が怪我するなんて…本当に馬鹿だ。 僕の記憶なんか、ないくせに…。 …本当に馬鹿だ…。 僕なんかを2度も助けて………。 僕は涙を流しながら、廊下を走った。 僕が先生を連れて戻った時、治夫の意識は戻っていたが頭を打っているかもしれない為、先生の車で病院に連れていく事になった。 僕は一緒に行きたい気持ちを圧し殺して、それを見送るしかなかった。

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