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いつか、君の声がー20

『……………会いたかった』 僕の呟きを聞いた途端、椅子を蹴倒して僕の手首を痛いほど強く引っ張った治夫が教室を飛び出し、階段を駆け下り、学校を飛び出した勢いのまま辿り着いた先は………場所は知っているけど、遊びに行った事など1度もない、治夫の家だった。 治夫の家の治夫の部屋で、僕は治夫に強く抱き締められている。 初めて入る治夫の部屋。 -幼馴染みなのに僕は治夫の家を訪れた事が1度もない。 当然、治夫の部屋に入った事もない。 その反対なら………治夫が僕の家に遊びに来た事なら幾度もあるけど。 治夫は自分の家族の事はあまり話さなかったし、家に来て欲しくないみたいな圧を幼いながらに醸し出していたから。 誰も治夫の家に遊びに行った事どころか、治夫の家が何処にあるのかも知らなかったんじゃないだろうか。 ……………寧音を除いて。 そういう所、寧音はチャッカリしているから。 まさに、“いつの間に!?”って感じ。 皆が密かにビビっていた治夫から時々感じる無言の圧も平気でスルーしていたし。 ………いや、まあ…僕も寧音の事、言えないけど。 治夫の家の前まで行った事があるから。 小学校…低学年の頃。 治夫が学校を休んだ時に、お小遣いで買ったアイスが入った袋を片手にお見舞いに行った事が。 その時、初めて見た治夫の家の大きさに圧倒され…家を間違ったかと思い、地図を何度も確認して。 木が植えられている庭というものを初めて見た。 門と塀に遮られて家が見えない。 見えるのは綺麗に狩り揃えられた青々と繁っている木の葉だけ。 結局。 家のデカさにビビって、チャイムさえ押せずに引き返した。 ………まあ、それ以前にチビだった僕は、門の横に付いていたチャイムに手が届かずに悔しい思いをしたという事もあり。 閉じられた門が、いくら手を伸ばしても、背伸びをしても届かなかったチャイムが…まるで僕を拒否しているようで。 蜩が煩く鳴いている中、僕はとぼとぼと帰路についた。 ………片手に握り締めていた袋に気付いたのは家に帰り着いた後で。 袋の中のアイスはこの暑い中、当然のように跡形もなく溶けていた。 -という哀しい出来事を思い出すのが嫌で、あれから治夫の家には足を向けた事がない。 のに。 その思い出の場所に今、僕は何故か、治夫に連れられて来ている。 幼かったとはいえ、僕1人では越えられなかった門を軽々と飛び越えて。 塀と門に遮られて見えなかった庭を突っ切り、家の中へ-。 (こんなに簡単な事………) …治夫の家だから、当然だと言われたら確かに当然だけど。 幼かったとはいえ、何故、できなかったんだろう。 -でも、そうだよな。 1人だと勇気が出なくてできなかった事も2人ならできるかもしれないって事だよ。 治夫と2人なら………。 (…やっぱり、治夫が好きだ) 僕は、治夫の背に回した手に力を込め、強く抱き締め返した。

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