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第3話 カカオ99%
テストが終わって、全ての答案が返された。中間テストと比較すると平均三十点くらい高い結果となった。
甘木に結果を聞き出すと「ちょっとよかった」と言って笑っていた。
進路ついて考えるのは、そう遠い将来ではない。どうなって行くかはわからない。
不安はあるが、甘木と一緒にいられたらいいなと願ってしまう。
小太郎は放課後、掃除当番で床を履いていた。すると同じく当番の太田が声をかけてきた。「なあー、辛島ちゃんよお。甘木ってすげえな」
「何が」
その価値を充分に感じている小太郎はとぼける。心の中では今頃気づいたのかと太田を小馬鹿にした。
「クラスに馴染むの早かったのはいいけど、即女にも言い寄られてたとか聞いたんだけど」
「ああ、そうみたいだね」
相原のことが今頃になって、伝わっていたのかと小太郎は思った。とはいえ、あまりこういう噂話は膨らませたくは無い。どうしたものかと考えていると太田は言った。
「甘木に振られたのはお前が居るから悪いって思ってるっぽいんだよね。あんな餌付けされたら敵わないってイラついてんの」
「そんなこと言われたってなあ。餌付けじゃないよ、第一あいつは甘いもの苦手なのに」
わかりやすい嫉妬。得意げになって小太郎は言った。
餌付けや胃袋を掴むという浅い部分で甘木が近づいてきたわけではないことは、自覚のない自信に繋がり、超えてしまっていた。
「え? 苦手なのか。俺はてっきりお菓子目当てで仲良くなったのかと思ってた。うまそうに食ってるからいつも」
「食べられないことはないけど、得意ではないってことみたいだよ」
「それで、あんなにうまそうに食うの?」
甘木は甘いものが苦手だ。周囲にもそう表明している。
しかし太田は腑に落ちないらしく、何度も確認してきた。その上、掃除の終わり頃には「それは嘘だわ。絶対。なんかある」とまで言ってきた。
腹立たしく思った小太郎は、返事をせずに黙ってゴミ捨てへと向かう。
うまそうに食うと見られていても仕方がない。実際、食べるのも早く残したことも無かった。それにしても――
なんか、めんどくせえな。
何をそんなに甘木と俺が仲良くなることに、申し立てることがあるのだろうか。
ひょっとして相原のことが好きだから、間を取り持つために邪魔だと考えたのか。そんな自己犠牲で太田は言っているのだろうか。
わからない。
正直、クラスの噂には疎いし興味がないまま来ている。
SNSなんていちいち追う気になれない。
思いついたことを突発的に言い返すような、気の強さもない。
そんなに不釣り合いなのだろうか。
小太郎は、そう考えると同時に、苦しさが込み上げてきた。
友達としている今の状態でさえこのざまでいるのに、それ以上かもしれないとなると深く傷つく予感に気持ちが沈んだ。
ゴミ箱の中のものを掻き出すと、今日スイートポテトを分けるときにに使った銀紙がまとまって出てきた。少しも残されている様子はなかった。
小太郎はそのことに救いを感じた。
その翌日の午前中に体育の授業があった。唯でさえ苦手な体育。そしてバスケットボールの日だった。小太郎はとにかく控えめにしておけばいいと、腹をくくる。
体育の授業そのものには、そうした割り切りで参加するがつい甘木の姿を追ってしまう。
運動神経も抜群の甘木はやはり格好良かった。
学校指定で流行遅れのデザインのジャージでもそうなんだから、困ってしまう。
この胸の高鳴りがばれないように、小太郎はそっと目を伏せるしか無かった。だが、そんな努力も虚しく甘木はふざけ半分に名前を呼ぶなどして、ちょっかいを出してくる。
「積極性が足りないな。小太郎ちゃん」
そう人の気も知らないで、助言じみたことを言ってくるので小太郎は言い返した。
「うるっさいな。お前みたいに、うまくできない俺なんか引っ込んでていいんだよ!」
「失敗なんて恐れなくていいのに。別に大きな大会でもないし」
「そうだけど……」
甘木は平気な顔をしている。
だが周囲は違った様子で小太郎を見ていた。卑屈さを表面化させたことに何かを感じているのかもしれない。昨日の件でクラスメイトたちからの視線が不安なものに変わってしまった。
どう思われたのかと、恐れを抱いた小太郎は甘木に謝ることにした。
「あ、ごめん甘木。確かにそうだよな、別にムキになることなかった」
「謝ることねえけど。なあ、そんなことより、今日俺チーズ激辛ダッカルビデニッシュ昼飯に食うんだけどさ、ひとくちどう?」
「な、なんだよ。よくそんなの見つけて……」
甘木の気軽な言動に戸惑っていると、視線の中に強面な体育教師がずかずかと入り込んできた。
注意しに来た。と反射的に思うと案の定そうだった。
「甘木! 食欲旺盛はいいけど、辛島に迷惑かけるな。困らせるな」
「はぁ?」
体育教師にも怯まない甘木の態度に、小太郎はひやりとしてくる。
「は、じゃねえ。俺より背デカイからって調子乗るんじゃねえぞ」
半ば脅迫めいた調子で言い捨てると、体育教師は甘木を一瞥して生徒を並ばせる号令をかけた。背の順で並ぶには小太郎と甘木は離れるしかない。
その去り際、甘木は微かに憎々しげに言った。
「あの野郎、小太郎を狙ってんのか」
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