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4-職場

どうやらあのまま寝てしまったらしい。 寝落ちだろうとキッカリ朝の7時に目が覚めるのは職業病と言うのか、はてさて。 ともかく床で一晩過ごした体がガチガチに冷えて固まっていたので軽くストレッチをして、尻に一応軟膏を塗ってと、それから床掃除だな。 ウェットティッシュを数枚引き出し気合いを入れる。 昨日の懸念の通りシミのついていた衣服はクリーニングに出すのでほっぽっておき、床を綺麗に拭き上げる。 オソウジ〜は楽しいなっと、あらキュッキュッキュのキュ。 何が悲しくて朝から自分のカピカピを拭かなければいけないんだ、なんて考えてはいけない。 手早く拭き取りゴミ箱に捨てたあと、通常通り出勤の準備をする。 職場は自宅から徒歩20分の場所にある。 Yシャツ、スーツの上下に袖を通して、鏡で全身を確認。今日もバッチリ。体調も何も問題はない。腰以外。 トースト一枚を腹に収めて家を出た。 3ヶ月に一度の巨大な爆弾を背負いこんで産まれたΩの就職先と言えばフウゾク、水商売、低賃金重労働的な印象があるかもしれないが、それは大多数には当てはまらない。 なぜならΩが産まれるのはαとΩの親からだけ。Ω同士の結婚なんてのは聞いたことがないし、つまりは片親がほとんど必ずエリートとされるαであるということだ。 数十年前までは酷い時代で、Ωの捨て子がザラにいたなどという話も聞くけれど、国が補助金などの支援を行い差別は沈静化していき、今は比較的安全安心な世の中になった。とされる。 つまり両親αでボンボンの俺は超安心安全な環境にいるのだ。 職場も立地ヨシ賃金ヨシで文句ナシってな。 そんな訳で少し遅めに勤務先に到着した。 「オハヨウゴザイマース」 「ああ、三橋先生。おはようございます」 あ、俺の名前三橋ね。 向かい合うように設置されたデスクにはほとんどの面子が揃っている。 席に座るとちょうど朝礼が始まる。ここは高校の教員室。俺は教員。れっきとしたカタギなのだ。 そして、センセーというのも中々忙しい。生徒の相手にイベント企画に部活動に教材のうんぬんなどなど。俺は美術の教員、自称進学校で普通科しかないココは滅多に進路指導には縁がない訳だが、それにしてもいつだって仕事は山積みなのである。 「三橋先生!」 「あ、山本先生。おはよーございます。どうかしました?」 朝礼が終わり、授業へ向けての準備と洒落込もうと席を立ったところで心地良い低めの声に呼び止められる。振り返ると高身長で顔が良いと人気の高い山本先生。ちなみに担当教科は体育。 太い腕にバシンと背中を強めに叩かれてそのままつんのめるとアハハスンマセンとあんまり気持ち良く笑うのでこちらまでアハハーと笑う。 「おはようございます。相変わらず細いですねぇ〜ちゃんと食べてます?」 「食べてますよ。肉がつきにくいんですニクが。」 「三橋先生の食べたってハム一枚とかでしょ」 「馬鹿にしてるんですか?ステーキですよステーキ霜降りのやつ」 「今度スタミナ料理連れてってあげましょうか。」 またか。 この人スグ俺とランデブーしたがるからなあ。 ニコニコと屈託のない表情の山本先生の目が発言の瞬間鋭く光ったのを見たような気がして、薄ら寒いものを覚えつつ肩をすくめる。 俺がΩでキレイでカワイイってのは分かるけどね。あいにくと職場の人と致すほどリスキーメンではないのね。俺はね。 「僕、案外忙しいんですよ。そうですね、休憩のコーヒーでどうでしょうか」 「やった!それじゃ、また中休みに。」 笑うと目尻が下がって愛嬌がある。大型犬を相手にしているような気分になって、心なし癒されながら手をヒラヒラーと振る。通路で別れた。

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