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7-唐揚げ
「それじゃ、カンパーイ」
ビールジョッキが硬い音を立てて合わさる。
しっかりと突き出た喉仏を上下させて豪快に琥珀色の液体を減らした大柄な同僚は、照れたような笑顔で口の周りの泡を拭った。
15分ほど前、帰り際のロッカーでバッタリ出くわしたのだ。
お疲れ様です…あ、今お帰りですか?俺もなんですよ。
お疲れ様です。いや、こんな時間になっちゃって、びっくりです。じゃあまた明日、ですかね。お互い頑張りましょう。
また明日…そうだ。メシ食って帰りません?
とまあこんな流れで、最寄駅に近い居酒屋に入った。
彼には弁当の借りがあったしちょうど良い。
ジョッキをテーブルに置き、いくらかお通しのほうれん草のごま和えを口にした山本先生は、大分お疲れの様子。小さな溜息と共にスーツをパツパツに着た背中が丸まる。
普段元気な姿が印象的なだけに新鮮味がある。
こちらの物珍しげな視線を感じたためか、垂れ目が困ったように細く歪む。
「いやね、ちょっとありまして」
山本先生は、体育を教える以外にクラスと生徒指導も受け持っている。事情はわからないが色々とあるのだろう。
俺は、Ω赴任の前例がないため現状観察ということで、赴任から何年かは授業の他には部活以外受けもてないという契約になっている。うちの学校は、ほとんどの教師がβらしい。非常勤を除いて殆どの人は山本先生みたいに色々掛け持っていて、俺よりも忙しいことは間違いない。
「まあ、そんなこともありますよ。今日は存分に食ってください。俺の奢りですしね」
精一杯優しい声を出してポンとその肩に手を置くと、驚いたようにこちらを見てくる。一瞬何か言いたげに唇が薄く開くが、一度閉じて、また開く。
「もうそれ、忘れられたかと思ってました…」
呟くように言葉が零れる。いや、それはない。
“弁当”の日から何週間も経つってわけでもないだろ。俺の知り合いなんて数少ないし、やたらめったら人と会うわけでもないし、忘れるわけが無いのだが、どことなく嬉しそうな顔にこちらまで擽ったい気持ちになってくる。
誤魔化しついでにジョッキに口をつける。一気に三分の一ほど減らすと、目を見開いて驚かれた。
「結構イケる人なんすか」
「飲める寄りの弱いってところかな」
酒も入って心なしか双方口調も緩くなる。唐揚げとかシシトウとか、小皿で色々来たのでそれも次々と口にして行く。ウマイ。めっちゃうまい。
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