38 / 48
14-なろう
「そういえば、そろそろ発情期か」
掃除が終わり、まったりとソファで寛ぐ頃には、昼を過ぎていた。休日ってあっという間だなあ。
カレンダーを見ると、前回の発情期からちょうど3ヶ月まであと数日ほど。ズレは前後1週間くらいだから、いつ来てもおかしくない。
考えただけで気分がどんより落ち込むのはともかく、1週間前後家に引きこもることになる。学校が休みの時にぶちあたりそうなのは不幸中の幸いだろう。
──薬あるっけな…えーと、注射器は一本ダメにしたんだった
薬箱を漁り、即効性のある注射器タイプの数を確認する。
毎日飲む錠剤タイプもそろそろ数が少ない。病院へ行ってもいいかもしれない。
あー面倒くせ。
掃除とエッチの二度疲れが程よく気持ちよくて、あんまり動きたくない。つーかこのまま寝てえ。
「…」
まあ、発情したらそんなことも言ってらんないよなー…。
のろのろとクローゼットを開ける。
考えるよりも先に、体に巻いたタオルを取っ払い、テキトーな服を身につける。
帰ってきたら、即行動した自分を褒めてメチャクチャにえっちしよう。出発進行。
そう、この時俺は、あんなことになるとは夢にも思っていなかったのだ。
薬を貰った帰り道に、引きこもる時用の食べ物や消耗品をしこたま買い込んだ。
ゼリー飲料系を中心に、水、インスタント食品、それから医療用テープに湿布など。薬局へ行けば揃う物ばかりだ。
帰り道を歩きながら、黒灰色の道路と、動作に合わせてガサガサ揺れるビニール袋を眺める。
あとは、学校と家族に電話して、それで準備は終わり。
──あーあー、チンゲ。
ああ、黙ってると気分が落ち込むばっかりだ。
いや、体調悪くなるって分かってるのにハイな奴ってそれ、もう恋人がいるヒトくらいのもんでしょうけど。
番かぁ、番ができればイイのかなあ、俺も。
ステキなαの旦那サマができれば、少なくとも発情期からは解放される訳だし。
不意に、脳裏をよぎる、腰の手跡とメモ書き。
α、ねえ。
「チ、思い出しちった」
口の中で戯けて呟いてみたものの、ふわふわと足場の固まっていないような、そんな感覚は消えなかった。
「っつ!」
「うお、大丈夫?」
衝撃、ぶわりと鼻腔に広がる人工的な甘い香り。混乱気味に見上げると、整った顔立ちの男が視界いっぱいに目に入る。
「うわ、すいません」
「いえいえ」
あんまりジロジロ見るのも失礼なので、すぐに目を逸らす。
よく見ずとも分かる、溢れるこのカリスマ性は、αだ。
物の良さそうなダウンに思い切りめり込んでしまった。
頭を下げて脇を抜けようとすると、肩を掴んで止められる。
結構な力だ。なんだコイツ。
冷たげな印象の切れ長の目が、こちらを見下ろしていた。
「ぶつかったついでに、ちょっと頼まれて欲しいんだけど」
ともだちにシェアしよう!