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15-隣人
「三橋さん、落ちてます」
見ると、ショートケーキの先っぽを削って口に入れたはずが、皿に落下してしまっていた。
「あ。…失礼。…でも、こんな早く家にお邪魔することになるとは思ってなかったです」
「私もです。…というか、私の都合で呼び出しちゃってすみません。三橋さんがケーキ好きみたいで助かりました…見てくださいよこれ。甘党って言っても、こんなに食べきれませんよ…」
五味がテーブルに置かれていた老舗ケーキ屋の箱をこちら側に開いて見せてくる。
俺が今食ってるショートケーキはないけど、まだまだいろんなケーキが残っている。フルーツタルトにチョコレートケーキ、あとはなぜかシュークリームだけ二個もある。
五味はシュークリームをそこから取り出す。
「友達がくれたんですよ。ケーキの消費期限知ってます?明日ですよ!」
「…あげる人いないんですか?昨日といい、なんていうか、災難ですね」
「年末だからか、どの人も都合がつかなくて…」
ため息をつく仕草も絵になるな、と漠然と見惚れてハッとした。
この人は隣人なのだ。
「まあ、三橋さんとはもっと仲良くなりたかったしいいんですけどね」
「はあ、仲良く」
「声が綺麗だったので」
「は…」
納得しかけたところで動きが止まる。
ちょっと待てよ。
…なんの、声だ?
「あ、はー…はは。…ウチの、猫ですかねぇ」
「ペット禁止のマンションですけどね」
ついに話に触れられた。触れられてしまった。
つーか、分かってたけどやっぱり直に言われると辛いものがある。
内心頭を抱えながら頭を下げる。
やはり俺から切り出すべきだった。
「…やっぱうるさかったですか」
「ちょっとだけ」
しっかりと言葉でも言われて、緊張で心拍が上がる。
冷や汗が吹き出してくる。顔をゆっくりと上げると、背筋が凍った。
こちらに注がれている鋭い瞳が、少しも笑っていない──。
「……エー、その、ホントに、…。すいません。クソ気をつけますんで…」
いたたまれずに目を逸らしてしまう。
のろのろとフォークを手に取り、生クリームがたっぷり乗ったスポンジを切り崩して口に詰め込むと、優しい甘さが口いっぱいに広がった。
旨い。うん、オイシイ。ケーキなんか久しぶりだ。
この状況でなけりゃ、もっと味わえたんだけど。
「三橋さん。クリームついてますよ」
その時、スッと長い腕が俺の頰を掠めていった。
柔らかい感触がして、唇の横のクリームを拭われる。
咄嗟に反応ができず目で追うと、人差し指についたものはあっという間に五味の口の中に消えた。
「はへ」
ポカンとしてその口元を眺めていると、フッと吹き出される。
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